背後には躑躅の花がぽつりぽつりと咲き、青い草がまばらに生えていました。お堂の裏にたどり着いたときには、もう赤い花は一株もなく、たそがれ時(夕暮れ)の暗さが、境内の手洗い場のあたりを包み込んでいました。
柵で囲った井戸がひとつあり、古い銀杏(いちょう)の木が立っていて、そのうしろには人の家の土塀がありました。
ここは裏木戸のある空き地で、向かいには小さなお稲荷さんのお堂があります。
石の鳥居と、木の鳥居がありました。
この木の鳥居の左の柱には割れ目があって、そこに太い鉄の輪がはまっているのをはっきりと覚えています。ここからはもう家が近いと思うと、先ほどまでの恐怖はすっかり忘れてしまいました。
ただ、夕日に照らされた躑躅の花が、背丈よりも高いところで前後左右を埋め尽くしていたこと。その赤い花の中で、緑や紅、紫や青白い光を帯びてキラキラと飛んでいた毒虫の姿。そんな広大な景色だけが、まるで絵のように小さな胸に焼き付いていました。
かくれあそび
さっき私が泣き出して、お姉さんに助けを求めたのを、あの子たちに見つけられたのは幸運でした。
お姉さんの言うことを聞かずにひとりで外へ出たのに、怖くて泣いていたなんて知られたら、「それ見たことか」と笑われてしまうでしょう。
優しいお姉さんは恋しいけれど、顔を合わせて負け惜しみを言うのは悔しいですから。
嬉しくて楽しい気持ちで胸がいっぱいになると、急いで家に帰ろうという気持ちもなくなりました。
ひとりで境内に立っていると、「わっ」という声や笑い声が聞こえてきました。木の陰、井戸の裏、お堂の奥、回廊の下から、五歳から八歳くらいの子供が五、六人、前後になって走り出てきました。かくれんぼの「鬼」が見つかったのだとわかりました。
二、三人走ってくると、私がそこに立っているのを見つけました。
みんなの視線が集まる中、
「お遊びな、いっしょにお遊びな」
とせまってきました。
あちこちの小さな家に住む、このあたりの子供たちです。
少し風変わりな子たちでした。親の家が裕福なわけでもなく、いい服を着ているわけでもありません。たいていは裸足です。
三味線を弾いてときどき我が家の門に来る人や、溝川でドジョウを捕まえる人、付け木や草履を売りに来る人たちは、みんなこの子たちの母親や父親、おばあさんなどでした。
「そういう人たちとは遊んではいけませんよ」と、友達はいつも私を戒めていました。
でも、町方の子供として、彼らは私のことを尊び敬ってくれて、少しでも一緒に遊ぼうと親しく優しく誘ってくれるのです。普段は私から遠ざかっていましたが、その時はあまりに淋しくて、誰かと遊びたいという気持ちが抑えられませんでした。さっきの恐怖から解放された楽しさもあって、私は断らずにうなずきました。
子供たちは大喜びで騒ぎました。
さて、もう一度かくれんぼをすることになり、ジャンケンで鬼を決めることになりました。私がその役にあたりました。
言われた通りに顔を覆いました。
あたりはひっそりと静まり返り、お堂の裏の崖を流れ落ちる滝の音が、松や杉の梢をゆらす夕風とともに響き渡っています。
かすかに、
「もういいよ、もういいよ」
と呼ぶ声が、こだまのように響きました。
目を開けるとあたりは静まり返り、夕暮れの暗さが一段と深まっていました。
大きな木がすくすくと並ぶ薄暗い場所へ、隠れようとしました。
声がしたほうへ行ってみても、誰もいません。
ここかしこを探しましたが、人の気配はまったくありませんでした。
またさっきの境内の中心に立って、淋しく見渡しました。
山の奥まで響き渡るような恐ろしい音を立てて、お堂の扉が閉まる音がしました。そして、何も聞こえなくなりました。
親しい友達ではありません。
普段から苦手な子供たちですから、この機会を利用して私を困らせようと企んだのでしょうか。
身を隠したまま、こっそり逃げ去ったのなら、探したところで捕まるはずもありません。
馬鹿らしいことをしたと思い、そのまま踵(かかと)を返して帰ることにしました。とはいえ、万が一あの子たちが私が隠れているのを見つけようと待ち構えているのなら、いつまで経っても出ていくことはできません。かといって、ずっとここにいるのもどうしたものか……。そうやって迷い、行ったり来たりしながら、ただ立ち尽くして困り果てていたその時です。
どこからともなく現れたのか、暗くなった境内の、きれいに掃き清められた灰色の地面に際立って、顔の白い、美しい人がいつの間にか私のそばにいて、うつむき加減に私を見下ろしていました。
背がすらりと高い女性で、その手を懐に入れ、肩を少し落としています。
優しい声で、
「こちらへおいで。こちら」
と言って、私の前を歩いて案内してくれました。
見知らぬ人でしたが、美しい顔に笑みを浮かべていて、親切な人だと思えたので、少しも疑わず、隠れている子供たちの場所を教えてくれるのだと思って、いそいそとついていきました。
魔が差す時
私の思った通り、お堂の前を左に回って少し行った突き当たりに、小さなお稲荷さんのお社がありました。
青い旗と白い旗が二、三本その前に立っていて、後ろはすぐに山の裾野になっており、雑木が斜めに生えてお社の上を覆っています。その下の薄暗い場所、穴のような空き地を、女性はそっと目配せしました。
瞳が水に濡れたように潤んで、じっと私の顔をのぞき込んでいるので、その考えていることがはっきりと分かりました。
私は少しもためらうことなく、スタスタと社の裏をのぞき込みました。すると、鼻を突くような冷たい風が吹きつけてきました。
落ち葉や腐葉土の、水っぽく湿ったにおいがするだけで、人の気配はまったくありません。首筋が冷やりとして、ハッとして振り返ると、さっきまでいたはずの女性はもうどこにも見当たりませんでした。
どこへ消えてしまったのか、あたりはすっかり暗くなっています。
鳥肌が立って、思わず「ああっ」と叫んでしまいました。
人の顔がはっきりと見えない時間帯には、暗い隅っこへ行ってはいけない。たそがれ時の影には、怪しいものが潜んで人を惑わすのだと、姉さんが教えてくれたことを思い出しました。
私は茫然として目を閉じました。
足が震えて動けません。体が石のように固まって立ちすくんでいると、左手に坂がありました。
まるで穴のように、その底から風が吹き上げてくるような真っ暗な坂の下から、何かが登ってくるような気配がします。ここにいたら捕まってしまうと恐ろしくなり、良し悪しを考える余裕もなく、お社の裏の狭い隙間に逃げ込みました。
目を閉じて、息を殺してじっとしていると、四足の動物が歩くような足音がして、社の前を横切っていきました。
私は生きた心地もせず、見つかりたくない一心で手足を小さく縮めました。
それにしても、さっきの女性の美しい顔や、優しい目を忘れられません。
あそこを私に教えたのは、隠れている子供たちの場所ではなく、何か恐ろしいものから私を捕まえようと……いや、逆にここへ隠れさせれば助かるだろうと導いてくれたのではないか、などと、とりとめのないことを考えました。
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