初級翻訳・発明小僧 第3話

海野 十三

あの長江の出口を止めちまうのです。
するとあの夥しい水量は、海へ注ぐことが出来なくなってしまう。
するともう向うは一遍で降参をしてしまいます。
」
社長「どうも判らないですナ。
」
小僧「判ってるじゃないですか。
いつか長江の流域八百里にわたって大洪水があって困ったということがありましたろう。
あれの十倍も二十倍も恐ろしいやつをやろうというのです。
あの流域全体が水漬(みづ)かりになっては、もう戦争は出来ません。
」
社長「そりゃ巧い話だが長江の出口を止めるなんて、そんな大変なことが出来るものですか。
」
小僧「そこがこの話ですよ。
いいですか。
大きな汽船の胴中に大きな製氷器械を据えつけるのです。
つまり舷側(げんそく)にふれる水は、直ちに氷となるような仕掛けをするのです。
そんな汽船をドッサリ作って――それの設備はみな貴方が国家へ寄附するのですが――それを長江の出口へ派遣して、昔あった閉塞戦(へいそくせん)に似た氷鎖戦(ひょうさせん)をやるのですよ。
貴方の名誉は大変なものですぜ。
」
社長「それはいいが、一体汽船はいくつ位あればいいのです。
」
小僧「まず二百艘(そう)ですかナ……これこれ気絶しちゃいけません。
起きて下さい。
」

 傷つかず拷問器

内相「お前かい、発明小僧ちゅうのは。
」
小僧「さいでごわす。
ところで本発明品は、まことに御便利でございましてナ、是非お買い上げを願いとう存じまするで、ヘエヘエ。
」
内相「買う買わぬは後にして、早く品物を見せなさい。
」
小僧「では……これでございます。
この鎖ベルトがドンドン走りますんで。
タンクの車輪の上を走るあの鎖ベルトと同じ様なものです。
」
内相「鎖の上に何かヒラヒラ附いているのは何じゃ。
」
小僧「これは皆、鷹の羽根です。
」
内相「鷹の羽根がどうしたのじゃ。
」
小僧「これが犯人の足の裏を、くすぐるのです。
まず犯인을椅子に縛りつけて置き、靴下を脱がせます。
そしてその足の下へ此の器械を据えつけます。
器械が動き出すと、鎖ベルトは輪になっていますから、羽根は犯人の足の裏を、いつまででもくすぐります。
遂に犯人はアハアハ笑い苦しんで、白状をいたします。
むろんこの拷問は、すこしも傷がつきませんです。
」
内相「ちょっと重宝じゃが、拷問器では買い上げんぞ。
何とか尤(もっと)もらしい名称に変えてこい」

 乗客吸収方式

鉄相「お前の名は知っとるがロクでなしの発明ばかりじゃないか。
」
小僧「そりゃデマでさア。
そこで早速ですが、お買い上げねがいたいものをぶちまけて、ロクでなしかどうか御批判ねがいましょう。
これこれ、この乗客吸収方式というやつです。
」
鉄相「ナニ乗客吸収方式だア、名称はたいへんいいじゃないか。
どうするのだい。
」
小僧「つまり切符へミシンを入れるのです。
」
鉄相「ほう、ミシンを入れて……。
」
小僧「それだけのことです。
切符を買った乗客は、そのミシンのところから、ひきちぎって切符の半分を保管します。
それには賃金が書いてあります。
それを溜めるんです。
」
鉄相「溜める? 溜めてどうする。
」
小僧「一定の金額以上溜めると、そこで今までに買った切符の金額合計の一割に相当するだけの金額を乗客に払い戻します。
」
鉄相「そんなことは出来ない。
」
小僧「それも現金で払うのではなく、鉄道旅行券で払う。
だから貰った方の乗客は、その切符で思い懸けない旅行が運賃ナシでやれる。
」
鉄相「うん、なるほど。
」
小僧「だから乗客は殖える。キセル乗りをきっぱりとやめて、日頃の楽しみとしてちゃんと全線の切符を買うようになる。
鉄道省の収入はぐんと増えて、一割の切符の払い戻しなんて、まったく痛くもかゆくもならなくなる……というのはどうでしょう?
」
鉄道大臣「面白い。
では、それを実行しよう。
どうもありがとう。
」
発明小僧「おやっ。
買ってくださったなら、お金をくださいよ。
」
鉄道大臣「それは素晴らしいアイデアだが、発明とは言えないな。
発明というものは工業的でなくてはならんのだ。
」
発明小僧「十分に工業的ですよ!
……はい、こちらがそれを行うために必要な専用の切符ミシン器です。
すごく素早く、きれいに、正確に穴が開きます。
とっても安くしておきますから、どうぞお買い上げください!
」

 鉄の切手

逓信大臣「ここへは、いろんな連中がいろんな発明を持ち込んでくるが、面白いものがあったためしがない。
君、手早く用件を喋って、さっさと帰ってくれたまえ。
」
発明小僧「はーい、これなんかどうですか?
」
逓信大臣「なんだ、そりゃあ?
」
発明小僧「これは『鉄の切手』です!
」
逓信大臣「鉄の切手だって? そんな重い切手じゃあ、配達なんかできやしないじゃないか。
」
小僧「そう思うのが、あなたの認識不足ってやつですよ。
この鉄の切手を使えば、いままでの十分の一の時間で配達ができるんです!
」
逓信大臣「おいおい、大法螺を吹くんじゃないよ。
」
小僧「本当ですよ、法螺なんかじゃありません!
つまりですね、ハガキにこの鉄の切手をペタッと貼ります。
それを配達するときは、郵便配達員がサイドカー付きのオートバイで配って回るんです。
しかもそのバイクには、『機関銃式郵便物射出器』というものが付いているんですよ。
引金をグッと引けば、通りを歩きながらでも、はるか向こうの家の戸口めがけて、郵便物がピュッと飛び出す仕組みになっています!
」
逓信大臣「機関銃式とは、また思い切った考え方をしたものだな。
しかし、そんな勢いよく郵便物が戸口にぶつかって、バラバラと下に落ちたりしたら、サービス問題を引き起こして困るじゃないか。
雨の日なんか、せっかくファンが送ってくれたブロマイドが泥だらけになったりしたら、申し訳が立たないだろう。
若い女の子たちに恨まれた日には、私だってもう生きていけないよ。
」
小僧「なに、大丈夫ですよ!
戸口のところには『磁石式郵便受』を取り付けるんです。
大きな磁石がぶら下がっているわけですね。
配達車から撃ち出されたハガキには鉄の切手が貼ってありますから、戸口へ飛んでいくとピシリ、ピシリとこの磁石に吸い寄せられて、地面には絶対に落ちないんです!
この方式を使えば、まるで上海の市街戦のように超スピードで――」
逓信大臣「おい、誰かいないか!
この野郎のおでこに『通信事務』のハンコをペタリと押して、さっさと家へ追い返してしまえ!」

   多忙病の人に捧げる

 千手観音装置

秘書「そりゃあ私も忙しくて本当に参っているんだよ。
だが、失礼ながら君の名前は業界じゃなかなかの「要注意人物(ノトーリアス)」として知られていてね、ロクなものを持ってこないというもっぱらの評判だが、そのことは知っているのかね?
」
小僧「言い訳している暇なんてないほど忙しいので、弁解はしません!
まずはこの品物をご覧なさいよ。
」
秘書「こりゃ何だ、義手じゃないか。
君、相手を間違えちゃいけないよ。
私にはちゃんと、左右に二本ずつの正しい手があるんだからね。

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