新しい襟飾りを付けて、新しい手袋をはめて、新しいハンケチを持って、何もかも新しずくめだ。
姉さんたちは会の心得を三十分も説教して、もしお行儀が悪いならすぐにベッドに入れてしまうといって脅かした。
広間へ行ったときは、靴がギュウギュウ鳴ってやたらに賑やかな位だった。
ランプがたくさんついている。
あちこちに綺麗な花が飾ってある。
ピアノを弾く人も来ていた。
ぼくはアイスクリーム、お菓子、みかん、ゼリー、サイダー、サンドイッチ等の事を考えたらよだれが出た。これは決してぼくが食いしん坊だからじゃない。
誰だって風邪をひけば咳が出る。
悲しい事を考えれば涙が出る。
甘い物の事を想えばよだれが出る。
当然の話だ。
下品だなんて言ったら、とんでもない目にあわせてやるからな。
姉さんたちは白いドレスを着て、普段より何倍も美しく見えた。
頭には花を飾っている。
ぼくの耳を引っ張ったりしそうには全然見えない。
そのうちに、お客様たちが集まりだした。
知り合いの婦人たちが大体揃った。
時計が九時を打った。
しかし、男性の客は一向に姿を見せない。
森川さんが一人来たばかりだ。
ぼくは心当たりがあるから、少し足が震えてきた。
ピアノを弾く人が何度もピアノを弾いた。
婦人たちも仕方がないので、女同士で組んで踊った。
けれど、女ばかりじゃつまらないと見えて、すぐにやめてしまった。
時計が九時半を知らせた。
ぼくはますます震えてきた。
しかし、黙っていると怪しまれるから、
「きっと電車が停電したのでしょうよ。それから、あそこの道で工事をしているから車が通れないのでしょうよ」
と、ごまかした。
お客様たちはコソコソ話を始めた。
姉さんたちは眉をひそめて困り果てていると、突然呼び鈴が鳴った。
いよいよ来たか、やれやれと、みんなが急に元気づいたけれど、なんだよ、ばかばかしい。
お島がすまし顔で名刺を持って部屋に入ってきた。
大方お断りの挨拶だろうと思っていると、さあ大変、猫がとうとう袋から飛び出した。
先日の写真が戻ってきたのだ。
それに続いて、呼び鈴が十二、三回も鳴った。
お島はその都度いい気味だと言わんばかりに写真を持ってくる。
最後に男の人が二人来た。
この人たちの写真の裏には「まあ好い口付だこと」「洋服屋の看板」と書いてあった。
しかし、そのおじさんたちは落書きをすっかりおめでたい本通りの意味に解釈して、のこのこやって来たのだ。
男三人手、女五人を相手に、代わる代わるランサースを踊った。
雪子さんは終始クスクス笑っていた。
お歌さんは泣きそうな顔をした。
やがて一同は食卓についたが、何だか奥歯にものが挟まったような変な空気だった。
ぼくはあまりにかわいそうだったので、五杯目のアイスクリームが喉を通らなかった。
お客様が帰ったあと、お春さんは、もう世間に顔向けができない、こんなイタズラをした犯人が分かったらただじゃ置かないと言った。
すると、森川さんがぼくの顔をジロジロ眺めて、
「太郎さんが知っているだろう」
と言った。
ぼくが知っているもんか。
「いいえ、僕が知っているもんですか。ポチですよ。ポチが悪いのです。僕がこの間ポチに写真を食べさせたら、ポチがくわえて外へ持っていったんです。きっとどこかに落としてきたんだ。本当に困ったやつだなあ」
「それじゃあ、お前が写真を配ったんだね!」
とお春姉さんがものすごい剣幕で迫ってきた。
再び言う、猫は袋から飛び出した。
ぼくは命がけで布団の中に潜り込んだ。
ぼくは今度、遠くの学校へやらることになった。
三月の休暇までは帰ってこられないんだ。
けれども、家にいて姉さんたちにいじめられるよりはずっとマシだと思う。
学校にはぼくくらいの子供も大勢いるそうだ。
広告には「土地は高燥にして空気新鮮、遠く都会の雑沓を離れ、児童の勉学並びに健康に適す。汽車並びに電車の便あり」と、温泉場の案内みたいなことが書いてあった。
さらに、小さい子供たちのための特別な設備もあると書いてあるから、まんざら悪い学校でもなさそうだとお父さんが言っていた。
家を出る時は少し切ないものだ。
お母さんや姉さんたちが玄関まで見送りに来てくれた。
「よく先生の言うことを聞いて、風邪をひかないようにね」
とお母さんに外れていたボタンを留めてもらった時、ぼくは喉に団子が詰まったような気持ちになって、黙って頭を下げた。
馬車がかなり進んでから振り返って見たら、みんなまだ立っていた。
お島はハンカチを振っていた。
お父さんは学校まで一緒に来てくれて、校長先生にいろいろと頼み込んでくれた。
腕白で困るなんて言っていたけれど、校長先生は「子供は活発に限る、少し腕白なぐらいが良いのです」と言ってくれた。
なかなかわかっているやつだ。
今夜は初めて寄宿舎で寝るのだ。
持ってきたお菓子をみんなで食べた。
みんなぼくより大きい。
お菓子を食べるのが早いのには驚いちゃった。
家では今頃、姉さんたちがあの部屋でおしゃべりしているのだろうか。
お母さんはもう寝たかしら。
お島は、世話が焼けないって喜んでいるだろうな。
きっと手紙をくれと言われていたけれど、それは明日にしよう。
ぼくは背が低いものだから、食事の時には椅子の上に辞書(ウェブスター)を置いて、その上に腰を掛ける。
ぼくは奥さんのすぐ隣の席に座る。
今朝、奥さんがちょっと立った時、ぼくは手早く椅子を引いてやった。
すると奥さんは椅子があると思って腰を下ろし、スプーンを持ったままお尻餅をついた。
幸い人間だったからよかったけれど、もしせとものだったら粉々に割れてしまっていたところだ。
ぼくは地理を習い始めた。
先生が「地球は丸い」と言うけれど、ぼくにはどうしてもそうは思えない。
教室に地球儀がある。
これは確かに丸い。
しかし、中が詰まっているのか空っぽなのかわからないから、近いうちに穴を開けて確かめてみよう。
ぼくは中身は空っぽだということにしておく。
それから算数を教わる。
これは奥さんが先生だ。おかしなことが書いてある本だ。
太郎が五つ凧を持っている、二郎は十持っている、三郎は十五持っている。
三人のを合わせると三十になるのは文句ないけれど、十五は嘘に決まっている。
凧屋じゃあるまいし、十個も十五個も凧を持っている子どもがいるものか。
校長先生と奥さんのほかに、もう一人先生がいる。
お花姉さんよりも少し年上で、名前を大内さんという。
ぼくはこの先生が好きだけれど、善ちゃんは彼女のことを「オールドミス(行き遅れ)だ」と言った。
オールドミスだって構わない。
ぼくが家にいた頃の話をして聞かせたら、すごく同情してくれた。
そして「寂しい時はいつでも遊びにいらっしゃい」と言ってくれた。
そのうち遊びに行こう。
ホームシックはつらいものだ。
昨夜はいろんなことを思い出して、三十分ばかり眠れなかった。
お島のことを考えたら、ふとお島の従兄だという彼のヤブにらみの顔が目の前に浮かんだ。
ヤブにらみなんて、便利なものだ。
あれなら右の目で本を見て、左の目で外が見られるから、校長先生に見つかるっこない。
ぼくもヤブにらみに生まれてくればよかった。
それにしても、みんな乱暴で困る。
初級翻訳・いたずら小僧日記 第5話
いたずら小僧日記
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