ぼくを布団蒸しにしたり、雪団子にしたり、ひどい事をする。
お島が見ていたら、きっと泣くだろう。
お気に入りの絹のハンカチは取られてしまった。
手袋は屋根の上に上がってしまった。
もっとも、これはぼくが猫の頭に無理やりかぶせたら、猫が屋根へ行って置いてきちゃったんだけれど。
けれども、これからは善ちゃんがこちらの味方になってくれる。
いじめるやつがいたらすぐに言いつけろと言うから、すごく心強い。
善ちゃんは一番大きくて一番強い。
寄宿舎のモニターだ。
あだ名でも何でも、この子が付ける。
用務員の金さんは、生存競争に負けた落胆した顔をしているそうだ。
校長先生は少なくとも日清戦争時代の人間で、今の時勢には気の毒だけど少々遅れているそうだ。
それじゃあやっぱりノアの方船から出てきたのかと聞いたら、善ちゃんにはノアの方船が通じなかった。
大内さんは失恋して、少しヒステリー気味だそうだ。
奥さんは新時代の婦人で、熱心なフェミニスト(女権論者)だそうだ。
女権論者って何だと聞いたら、何でもすごく難しいことで、子どもには話してもわからないと言った。
そして、その主張には半分の真理があるそうだ。
半分の真理ってのは何なのかと聞いたら、そんなにいちいち聞くものじゃないと言った。
とにかく奥さんはラテン語もなかなか達者で、校長先生よりもえらいそうだ。
今日は応接間の絨毯を台無しにして、校長先生に叱られた。
ぼくは猫の首にインキの瓶を結びつけただけで、三日間の外出禁止になってしまった。
そのうちあの猫をぶっ殺してやるからいい。
金曜日は悪い日だとお島がよく言っていたが、まったくその通りだ。
金曜日と言うと、必ずお目玉を頂戴するようなことが起きる。
今日も大変なことが起きた。
二時間目は歴史だった。
鈴が鳴って皆が教室に入っても、ミイラは出てこない。
ミイラは校長先生のあだ名である。
エジプトのミイラに顔が似ているというので、先日からみんなで「ミイラ、ミイラ」と呼んでいる。
ぼくはどうしたのだろうと思って、見に行こうとすると、皆は「やめろやめろ、忘れているんだ」とガヤガヤ話し合っている。
馬鹿な奴らだ。
一体お前さんたちは何しに学校に来ているんだ。
貴重な時間を無駄にして嬉しいのか。
ぼくはこっそり校長室に行ってみた。
来ないわけだ。
ミイラはストーブのそばで椅子にもたれて、気持ちよさそうに居眠りをしている。
こうなると校長先生も案外子どもっぽいものだ。
ぼくが近くに行っても気づかずにいる。
そのうちに首がカクンと下がった。
その拍子に頭の毛が1センチほど滑った。
ぼくはびっくりして逃げ出してきた。
「おい、大変だぜ。校長先生のカツラが滑ったぜ!」
「なにい、彼はカツラをかぶっているのか?」
「何をしているんだ?」
「大丈夫だ、よく寝ているよ」
ぼくには考えがあったので、すぐにまた引き返した。
そうか、あんな物をかぶっているのか、道理で歳の割に頭の毛が濃いと思っていたんだ。
もう目が覚めていないかと心配しつつこっそり行ってみたが、校長先生は相変わらずグーグーと熟睡していた。
ぼくがすぐ足元まで行っても平然といびきをかいている。
カツラに手をかけても、泰然と眠っている。
カツラを取り外しても、平然と舟をこいでいる。
この調子なら、一発くらい叩いても平気の平左衛門だろう。
校長の頭は丸薬を入れる薬缶だ。
先日、従兄がアフリカから土産に持って帰ってきたダチョウの卵にとてもよく似ていた。
ぼくはカツラをかぶって、大威張(だいいば)で教室へ戻った。
皆は拍手喝采した。
まるで東郷大将が帰ってきたような大騒ぎだった。
「大変だぞ!」
「怒られるぞ!」
「退学だぞ!」
「ひどい事をしたもんだ!」
皆はさらに感嘆して、「見せろ見せろ、どんなものだ!」
ぼくはカツラを脱いだ。
皆は代わる代わるかぶって大はしゃぎだ。
中にはちょっとかぶって「エヘン」と咳払いをするやつもいた。
カツラがぼくの手に戻ると、皆はぼくを講壇に立たせて、「どうだ、君、一つ講義をやってくれ。校長代理だ!」と言った。
そこでぼくはカツラをかぶって、両手を後ろへ組んだ。
これは上着の裾(しっぽ)の真似である。そして咳を一つして、こう続けた。
「若き紳士諸君、今日は諸君の注意を生物界に喚起したいと思います。生物の種類や形は本当に千差万別、種々様々でございまして、象は蚤よりも大きく、蚤は象よりも小さい。ここがまさに自然の妙でありまして、万が一、蚤が象より大きかったら、いったいどんな現象が起こるでありましょうか。夜中にあんな巨大な動物が私たちの背中を這い回ったら……」
このとき善ちゃんは、もうやめろ、カツラを返してこいと言った。
それでぼくも講壇から下りようとすると、
「来た来た!」
とみんなが騒ぎ始めた。
ぼくはすぐにストーブの中にカツラを放り込んで燃やしてしまった。
そしてフタをするかしないかのうちに、戸が開いて校長が顔を出した。
頭が丸薬鑵(きゅうかん)のようだから、見間違えようのない顔だった。
ぼくはすぐに校長室へ連れていかれた。
いろいろと追及されたが、ぼくは白状するものか、絶対に口を割らなかった。
そのうちに校長がくしゃみをし始めた。
「一体何のために学校へ、ハクシン、学校へ来ている、ヘキスン、ご覧なさい、私はお前さんのせいで風邪を引いてしまった。ハアクション!」
今日は学校はお休みだ。
校長は寝ている。
頭から風邪を引き込んでしまったんだそうだ。
そうでなくとも一校の校長たるものが、ダチョウの卵をかぶって教鞭をとるわけにはいかないだろう。
昨夜町へ電報を打ったから、新しいカツラは今日中に届くそうだ。
ぼくはきっと退学になるだろう。
もう覚悟をしている。
まったくぼくは運が悪い。
家から手紙が来た。
何も知らないと見えて、すごくぼくを褒めている。
この前の手紙は、学校の作文をそのまま清書して出したんだ。
ぼくにあんな上手な文章が書けるものか。
「先生ご夫婦は両親の如く慈しみ下さり候」なんてぼくが言うもんか。
けれども家ではぼくの頭脳から出たものと信じているらしい。
なおいっそう先生方の言うことをよく聞き、勉強を第一にし、寒いから風邪をひかぬようにしろ。
そして試験休暇には帰省するのを待っていると書いてあった。
試験休暇まで待っていなくとも、ぼくはもうすぐ退学になるんだろう。
ぼくは実際に学校が嫌になってしまった。
こういうところに長居をすると、ろくなことを覚えない。
善ちゃんは紙を丸めて人の頭にぶつけては知らん顔をする方法を教えてくれた。
仙ちゃんは試験のときに勉強しないで及第する術を伝授してくれた。
ボールを拾いに行くふりをして隣の屋敷の金柑(きんかん)を盗むことも覚え、算術がいやなときに頭痛がするというずる休みも習った。
ぼくはそんなことはしたくないが、みんながするから仕方がない。
とにかく人並みにしなさいとお母さんがくれぐれも言い含めて寄越したのだ。
昨日は書き取りの時間に奥さんの顔を描いていたら、石盤を取り上げられてしまった。
取り上げられただけでなく、立たされた。
立たせたまま、奥さんは新聞紙で帽子を作ってぼくの頭にかぶせた。
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