初級翻訳・いたずら小僧日記 第7話

いたずら小僧日記

いくら見せしめのためだと言っても、あまりに人を馬鹿にしている。
「これでもカツラよりはましだ」と言ったら、奥さんは火のようになって怒った。
あのカツラ事件以来、ぼくを目の敵のように思っているらしい。
ぼくが焼き捨てたりしなければ、校長であんな新しいやつを買わずに済んだのに、というわけだ。
その恩も忘れずに、ただわけも分からずにがみがみ言っている。
馬鹿な女だ。
今日は大内さんの部屋へ遊びに行った。
大内さんは親切な方だ。
「さあ、こちらへお入りなさい。遠慮しないでね、家にいるつもりで何でもしてお遊びなさい」と言ってくれたから、ぼくは突然逆立ち(鯱鉾立)をしてやった。
何でも大内さんはあまり幸福ではないらしい。
ぼくが入っていったとき、涙を流していた。
おそらく泣いていたのだろう。
それとも栄太楼の玉だれ(飴)でも舐めていたのか知らないけれど。
舐めるといえば、奥さんはよく間食をする人だ。
あんなに食べ通しに食べているから、あんなに太っているのだろう。
大内さんはいろいろなことを聞いてくる人だ。
とくに姉さんたちのことを尋ねるから、ぼくはさまざまないじわるな悪口を言ってやった。
「それじゃあ大きい姉さんはすぐに御婚礼なさるんですね」
「ええ、そうですよ。春子姉さんだって、森川さんがもう少し病人ができたらお嫁に行くんです。けれど、先生、先生はどうして御婚礼なさらないんですか。みんながオールドミスだって言ってますよ」
大内さんは「オホホ」と笑った。
「そしてまあ面白いことをおっしゃる太郎さんね」と話をはぐらかしてごまかしてしまった。
ぼくは甘納豆を一掴みもらって帰ってきた。
今日は学校に文学会があった。
文学会のおかげで、ぼくはいよいよ退学に決定してしまった。
明日は一番列車で家に帰れる。
村の人が大勢傍聴に来た。
校長はフロックコートを着て司会者をつとめる。
奥さんは自慢のバイオリンを弾く。
大内さんは生徒のお世話を焼く。
生徒たちは代わる代わる文章を読んだり、演説をしたり、詩を暗唱したりする。
ぼくは演説をした。
三日ばかり前に奥さんが演説の下書きをしてくれたものだ。
題は「学校」というものである。
「学校! 一生の中で一番楽しいのは学校生活でありましょう。子どもを学校に行かせることのできる両親は、神に感謝しなければなりません」道端で遊んでいる貧乏人の子どもたちは、どれほど学生のことをうらやましく思っていることでしょう。私たち生徒というものは、若い時期にしっかり勉強しなければなりません。
せっかく親が与えてくれた特権をうまく活かさないなら、何の意味もなくなってしまいます。
我が国の偉大な繁栄は教育によるものです。
その中でも、大学進学のための準備をするこの寄宿学校こそが、国の土台となるのです」
 たったこれだけのことだった。
けれどもぼくは、自分の思った通りに書き直しておいたのだ。
演壇に上がってお辞儀をしたときにはなんだか変な気分だったが、向こうの方に立っていた大内さんが、早く始めろというような目くばせをしてくれたので、ぼくは大きな声で、次のようにしゃべった。
「学校! 一番恐ろしい所は学校です。
何も知らないで子どもを学校にやる親御さんは本当に可哀想です。
お気の毒としか言いようがありません。
道端で遊んでいる貧乏人の子どもの方がよっぽどいいんです。
朝から晩まで遊べますから、幸せそのものです。
とくに寄宿舎生活にはまったく感心できません。
毎日お豆腐ばかり食べさせられます。
それよりもさらにいけないことがあります。
それはつまり、私は一日おきに罰則を受けるということです。
しかも、自分では何も悪いことをしていないのにです。
もし私が大人になって先生になるなら、奥さんのような意地悪は絶対にしません。
学校とは、本当にどうしようもない所だと思います」
 みんなは盛んに手を叩いた。
校長先生も奥さんも、感心したように笑っていた。
ぼくはなんだか嬉しくなった。
会が終わったあとで、奥さんが「ちょっと」と言うので、ぼくはその後について行った。
演説のご褒美をあげるからこの部屋に入りなさいと言って、にやにや笑っている。
にやにやしてはいるが、とにかく笑っているのだから大したことろくでもないことにはならないだろうと思って、ぼくは部屋に入っていった。
ぼくはここで夕方のご飯の時間まで算術の勉強をさせられるのだそうだ。
問題を十個ほど言い渡されて、奥さんは外から鍵をかけてどこかへ行ってしまった。
ぼくは問題を一つ半ほど解いたところで、すっかり嫌になってしまった。
三時と四時の間で時計の針が重なる場所を知りたければ、時計を実際にぐるっと回して見ればすぐにわかるじゃないか。わざわざぼくにしつこく聞いてくるような話ではない。
光線が太陽から地球まで届く時間を知っていればそりゃあ偉いかもしれないが、目の前で飛んだ跳ね返りの炭の火の行方がわからなくて、火事にはならないかと心配するようなやり方は、どう考えても馬鹿げている。
ぼくだって時計の針の位置くらい自分でわかるけれど、寒くて手がしもやけでかじかんでいて、石筆がうまく持てないからどうしようもないのだ。
ふとストーブを見ると、灰の中で猫の目のような光る火が二つ赤々と点滅していた。
ぼくはさっそく机の上にあった本を破り取って、ストーブの中にくべてみた。
しかし、なかなかうまく燃え上がらない。
煙るばかりで目が痛くなってきた。
ぼくは腹が立ったので、どんどん容赦なく本をくべ続けた。
くべればくべるほど激しい咳が出てきてどうしようもない。
そのうちに、「これは失敗したぞ」とようやく気がついた。
実は昨日、ぼくは特にやることがなかったので、このストーブの煙突に土を詰めてふさいでおいたのだった。
これでは煙がこもって燻るはずだと気づいて火を消そうとしたが、そう簡単には消えてくれない。
ぼくは煙にむせ返り、あまりの苦しさにたまらず大声を上げた。
するとみんなが駆けつけてくれたが、奥さんが鍵をかけたまま買い物に出かけてしまっていたので、ドアが開くわけがない。
ぼくはさらに大きな声を出して、「火事だ! 火事だぞー、誰か助けてくれ!」と叫びまくった。
窓が開くならとうの昔に飛び下りているのだが、あいにく凍りついていてびくとも動かない。
ぼくは本当にこのまま死んでしまうのではないかと本気で思い、ますます大声を張り上げた。
すると、
「太郎さん、太郎さん! 窓のガラスをぶち割って外に出なさい。
構わないから、早く割るのよ!」
という大内さんの呼ぶ声が聞こえてきた。
ぼくは椅子を振り回し、ガラスを一枚残らずめちゃめちゃに粉々にしてから、外へ飛び出した。
右手の手のひらに、ガラスの破片が二箇所も深く刺さっていた。
間もなく校長と奥さんが帰ってきた。
大内さんから一部始終の事情を聞いて、さっそくぼくが呼び出された。
「太郎さん」
と、校長は恐ろしい顔をした。
校長は人を呼びつけて叱るときには、いつもまず「太郎さん」と一応名前を呼んでから、ゆっくりと眼鏡を外し、ハンカチを取り出して、レンズのガラス玉を丁寧に拭きながら、じわじわと小言を繰り返すのが決まりだった。

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