初級翻訳・おやゆび姫 第3話

おやゆび姫

通りぬけるのにも、大変な苦労をしなければなりませんでした。
歩いている間も、寒くて寒くてどうしようもありません。
やがて、おやゆび姫は野ネズミの家の玄関を見つけました。
きりかぶの下にある、小さな穴ぐらが野ネズミの家でした。
ぽかぽかして、ゆったりとした穴ぐらに野ネズミは住んでいたのです。
穴ぐらには、麦がいっぱいつまっている部屋と、台所、それときれいな食事部屋がありました。
おやゆび姫はやっとのことでたどり着いたドアの前に立ちました。
そして、ものごいの少女のように「麦を一つぶだけでいいですから、いただけませんか」と頼みました。
なぜなら、二日間食べ物を一つも口にしていなかったからです。
野ネズミは穴から顔を出し、おやゆび姫を見ると、「こりゃあ、ふびんなむすめさんだねぇ」と言いました。
この野ネズミは、人のいいおばあさんネズミでした。
「さぁ、ぬくとい部屋にお上がりよ。
ごはんをいっしょに食べましょう」
野ネズミはおやゆび姫がとつぜんやって来たにもかかわらず、とても喜びました。
そして、こう言いました。
「よかったら、この冬が終わるまでここにいなさいな。
大歓迎だよ。
その間、ただわたしの部屋をきれいにせいりせいとんして、おそうじしてくれるだけでいいんだよ」「そして、ぼくに楽しいお話をたくさん聞かせておくれよ。
ぼくはね、だれかにお話してもらうのが大好きなんだ」
おやゆび姫は、お返しのつもりで、野ネズミのおばあさんから頼まれたことは何でもいっしょうけんめいこなしました。
おかげでおやゆび姫は、毎日とても楽しくすごしていました。
ある日、野ネズミがこんなことを言いました。
「ねえ、もうすぐお友だちのお客さまがここに遊びにいらっしゃるよ。
ご近所さんがね、週に一回こうして顔を出してくださるんだよ。
その人ね、わたしなんかよりずっとお金持ちなんだよ。
お部屋も大きなところがいくつもあるし、それに手ざわりがツヤツヤしててきれいな、まっくろなコートを着ているんだ。
お前さんがもし、あんな素敵なおむこさんをもらうことができたら、きっと一生何不自由なく幸せに暮らせるだろうねぇ。
でもね、あの人は目がすこし見えないんだよ。
だからお前さんは、知っているとびきりのお話を一つ二つ、その人に語ってあげておくれよ」
とは言っても、おやゆび姫はそのご近所さんには少しも興味がありませんでした。
だってお相手は、モグラだったからです。
それでもモグラは、自慢のツヤツヤした黒いコートを着て、おしゃれをしてやって来ました。
野ネズミが言っていたとおり、モグラは大金持ちで、ものすごく物知りでした。
おまけにモグラの家は、野ネズミの家の二十倍も大きな大きなお家なのだそうです。
モグラがお金持ちで物知りなのは、たしかにそのとおりでした。
でもモグラは、口を開けば「おひさまなんて、まったくばかばかしいね」とか、「花なんてちっともかわいくないよ」なんて言うのです。
だってモグラは、生まれてから一度もおひさまも花も見たことがないから、そんなふうに言うのでした。
おやゆび姫は、モグラに頼まれて歌をうたいました。
「てんとう虫、てんとう虫、おうちまでひとっ飛び」という歌や、ほかにもかわいらしい歌をいっぱい、心をこめてうたいました。
するとモグラは、おやゆび姫のことが一目で大好きになってしまいました。
おやゆび姫のあまりにも甘くすてきな歌声に、すっかり心を奪われてしまったのです。
でもモグラは、自分の気持ちをすぐには口に出しませんでした。
とても用心深かったからです。
ちょうどそのころ、モグラは野ネズミの家から自分の家までをつなぐ、新しい地下の通路を一生けんめいほっているところでした。
モグラはその通路について、こう言いました。
「おやゆび姫くん、この通路はいつでも好きなときに自由に通っていいからね。
ただし、通路のまん中に鳥の死がいが転がっているからさ。
それを見つけても、決してびっくりしたり怖がったりしないでくれたまえよ」
モグラの言ったとおり、くちばしもきれいな羽もちゃんとついた小鳥が、その通路に本当に横たわっていました。
どうやら死んでからまだそんなに時間はたっていないようでした。
モグラは口にくさった木のかけらをくわえました。
その木はまっくらやみの中で、まるで小さな火の玉みたいにぴかぴか光るのです。
まっくらな通路の先を明るく照らすため、モグラは二人の先頭に立って進みました。
そして、死んだ小鳥が横たわっている場所まで来ると、モグラは頭の上の土を鼻先でぐいと押して、天井に大きな穴を開けました。
すると、あたたかいおひさまの光が、地下の通路の中にパーッと差しこんできました。
道の真ん中に倒れていたのは、一羽のツバメでした。
美しいつばさはわきにぴったりと引き寄せられ、足も頭もかくれるようにうずくまっていました。
かわいそうに、このツバメは寒さでこごえ死んでしまったようでした。
おやゆび姫は、その小さな鳥の姿を見ると、胸がいっぱいになって悲しさと愛おしさがこみ上げてきました。
だってこのツバメは、夏のあいだずっと美しい声で歌い続け、おやゆび姫のためにすてきなさえずりを聴かせてくれたあのツバメだったからです。
しかしモグラは、ツバメを足でぽんとわきへ追いやってから、こう言いました。
「こいつはもう、二度と二言だって歌うことはないだろうさ。
この小鳥なんて、いったいどんないじけた不運な月にお生まれになったんだろうね!
ぼくの子どもが鳥じゃなくて、本当によかったよ。
だ鳥のやつらは、ただギャーギャー鳴くことしかとりえがないんだからね。
『キーヴィ、キーヴィ』ってさ。
そのくせ、冬が来たらはらぺこのままお星さまになってしまうんだからねぇ」
「まあまあ、モグラさま、本当にお上手なおしゃべりをなさいますねぇ!
さすがは物知りでかしこいモグラさまだわ!」
野ネズミは大きな声をあげて、うれしそうにそう言いました。
「鳥みたいにいくらきれいなさえずりをしたところで、いったいなんの役に立つというのかねぇ。
どうせ冬がくれば、食べるものもなくて寒さで死んでしまうというのにねえ。
いくら育ちがよくたって、そんなんじゃしょうがないよねぇ」
おやゆび姫は、だまって何も言いませんでした。
でも、モグラと野ネズミがツバメに背中を向けてスタスタと引き返していったあと、おやゆび姫はその場にひとり残り、しゃがみこみました。
そして、ツバメの頭をやさしくおおっていた柔らかな羽をそっと手でのけてあげると、冷たくなったまぶたにそっとキスをしたのです。
「もしかして……あなたは、あの夏のあいだ、ずっとわたしにステキな歌を聴かせてくれた鳥さんじゃありませんか?」
おやゆび姫は涙をこらえながら言いました。
「わたしをとっても楽しい気持ちにしてくれた、たいせつでいとしい鳥さん……」
そのころモグラは立ちどまり、おひさまの光が入ってくる穴を土でふさいでいました。
そして野ネズミの家まで、二人の女性を送り届けたのでした。
その夜、おやゆび姫はなかなか眠れませんでした。
おやゆび姫はベッドからこっそり起き出すと、ふかふかで大きな干し草の毛布を、一生けんめい編み上げました。

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