あいたたた。いいかい、忠告するよ。お前はまだ若いようだから、俺のような年寄りの言うこと――いや、別に年寄りじゃないが、とにかく、馬鹿にしないで、この友人の忠告だけは大切にしてくれよ。何せ、体験者の言葉なんだから。あいたたたた」
「ありがとうございます。気をつけますね。ところで、どうしましょうか、お薬は。ご親切な忠告をいただいたお礼として、薬代はいただきません。とにかく、その背中の火傷に塗ってあげましょう。ちょうど運よく私が通りかかったからよかったものの、そうでなければ、あなたはもう命を落とすようなことになっていたかもしれません。これも何かの導きでしょう。縁ですね」
「縁、かも知れねえ」とタヌキは低くうなるように言いました。「ただなら塗ってもらおうか。俺もこのごろは貧乏でね。どうも、女に惚れると金がかかってかなわんよ。ついでに、その塗り薬を一滴、俺の手のひらに乗せて見せてくれないか?」
「どうなさるおつもりですか?」ウサギは不安そうな顔になりました。
「いや、なんでもない。ただ、ちょっと見たいだけだよ。どんな色合いのものかなと思ってね」
「色は、他の薬と変わりませんよ。こんなものですが」
ウサギはほんの少量を、タヌキが差し出した手のひらに乗せてやりました。タヌキは素早くそれを顔に塗ろうとしたので、ウサギは驚きました。そんなことでこの薬の正体がバレてしまっては大変だと、タヌキの手を遮り、こう言いました。
「あ、それはいけません! 顔に塗るには、その薬は少し強すぎます。とんでもないことです!」
「いや、放してくれ!」タヌキはもうやけくそになって、「後生だから手を放せ! お前には俺の気持ちが分からないんだ。俺はこの色黒のせいで、生まれてから三十何年間、どれほど味気ない思いをしてきたか分からないんだ。放せ! 手を放せ! 頼むから塗らせてくれ!」
ついにタヌキは足を挙げてウサギを蹴飛ばすと、目にも留まらぬ速さで薬を顔に塗りたくりました。
「少なくとも俺の顔は、目鼻立ちは決して悪くないと思うんだ。ただ、この色黒のせいで気が引けていただけなんだよ。もう大丈夫だ。うわっ! これはひどい、ヒリヒリするぞ。強い薬だ。しかし、これくらい強い薬でなければ、俺の色黒は治らないような気もする。わあ、ひどい! しかし、我慢するんだ。ちくしょうめ、今度あいつが俺と会った時、うっとりと俺の顔に見とれて……うふふ、俺はもう、あいつが恋わずらいしたって知らないぞ。俺の責任じゃないからな。ああ、ヒリヒリする! この薬は確かに効くぞ。さあ、もうこうなったら、背中にでもどこにでも、体じゅうに塗ってくれ! 俺は死んだってかまわん。色白にさえなれるなら死んだっていいんだ。さあ塗ってくれ! 遠慮なく、べたべたと威勢よくやってくれ!」
まことに悲惨な光景になってきました。けれども、美しく高ぶった処女の残忍性には限りがないものです。ほとんどそれは、悪魔に似ています。ウサギは平然と立ち上がると、タヌキの火傷に例の唐辛子を練り込んだものを、こってりと塗りたくりました。タヌキはたちまち七転八倒して、うめきました。
「ううむ……なんともない。この薬は、確かに効く……」「わああ、ひどい。水をくれ。ここはどこだ。地獄か。かんにんしてくれ。おれは地獄へ落ちる覚えはねえんだ。おれはタヌキ汁にされるのが嫌だったから、それで婆さんをやっつけたんだ。おれに、罪はねえのだ。おれは生まれて三十何年間、色が黒いばかりに、女に一度もモテやしなかったんだ。それから、おれは、食欲が、ああ、そのために、おれはどんなにきまりの悪い思いをしてきたか。誰も知りやしないのだ。おれは孤独だ。おれは善人だ。目鼻立ちは悪くないと思うんだ」と苦しみのあまり哀れなうわごとを口走り、やがてぐったりと意識を失ってしまいました。
しかし、タヌキの不幸はまだ終わりません。作者の私でさえ、書きながらため息が出るくらいです。おそらく、日本の歴史においても、これほど不運な後半生を送った者はあまり例がないように思われます。タヌキ汁の運命から逃れて、やれ嬉しやと思う間もなく、「ボウボウ山」で意味もない大火傷をして九死に一生を得、這うようにしてどうやら我が巣にたどりつき、口をゆがめてうめいていると、今度はその大火傷に唐辛子をべたべた塗られ、苦痛のあまり失神し、さて、それからいよいよ泥舟に乗せられ、河口湖の底に沈むのです。実に、何のいいところもありません。これもまた一種の「女難」に違いありませんが、それにしてもあまりに野暮な女難です。粋なところがひとつもありません。
彼は穴の奥で三日間は虫の息で、生きているんだか死んでいるんだか、それこそ全くこの世とあの世の境をさまよい、四日目に猛烈な空腹感に襲われ、杖をついて穴からよろめき出て、何やらぶつぶつ言いながら、あちこち食べ物を探して歩いているその姿の気の毒さといったら、比べるものがないほどでした。しかし、もともと骨太で頑丈な体だったので、十日も経たないうちに全快し、食欲は昔のように旺盛で、色気などもちょっと出てきて、よせばいいのにまたもやウサギの家にのこのこと出かけるのです。
「遊びに来ましたよ。うふふ」と、照れていやらしく笑います。
「あら!」とウサギは言い、ひどく露骨に嫌な顔をしました。
「なんだ、あなたなの?」という気持ち。いや、それよりもひどい。
「なんでまたやって来たの、図々しいじゃないの」という気持ち。いや、それよりもなおひどい。
「ああ、たまらない! 厄病神が来た!」という気持ち。いや、それよりももっとひどい。
「汚い! 臭い! 死んじまえ!」というような極度の嫌悪が、その時のウサギの顔にありありと見えているのに、しかし、とかく招かれざる客というものは、その訪問先の主人のこんな憎悪感に気づくことがはなはだ疎いものです。
これは実に不思議な心理です。読者諸君も気をつけるがよい。あそこの家へ行くのはどうも大儀だ、窮屈だと思いながら渋々出かけていく時には、案外その家で君たちの来訪をしんから喜んでいるものです。それに反して、「ああ、あの家はなんて気持ちのよい家だろう。ほとんど我が家同然だ。いや、我が家以上に居心地がよい。我輩の唯一の憩いの巣だ。なんともあの家へ行くのは楽しみだ」などといい気分で出かける家に限って、諸君はたいてい迷惑がられ、汚らわしがられ、怖がられ、襖の陰に箒など立てられているものです。他人の家に憩いの巣を期待するのが、そもそも馬鹿者の証拠なのかもしれませんが、とかくこの「訪問」ということに於いて、私たちは驚くべき思い違いをしているものです。格別の用事でもない限り、どんな親しい身内の家にでも、やたらに訪問などすべきではないのかもしれません。作者のこの忠告を疑う者は、タヌキを見よ。タヌキはいま明らかに、この恐るべき勘違いを犯しているのです。
ウサギが「あら!」と言い、そうして嫌な顔をしても、タヌキには一向に気がつきません。タヌキには、その「あら!」という叫びも、自分の不意の訪問に驚き、かつは喜悦して、おのずから発せられた処女の無邪気な声のように思われ、ぞくぞく嬉しく感じたのです。
コメント