「せめて、雀の里のお土産のしるしに、この葛籠のうちどれでもお気に召したものをお持ち帰りくださいませ。お邪魔かもしれませんが」
「いらないよ、そんなもの」「いらないよ、そんなもの」とお爺さんは不機嫌そうにつぶやき、そのたくさんの葛籠(つづら)には目もくれませんでした。「おれの履物はどこにあるんだ」
「困りますわ。どれか一つ持って帰ってくださいよ」とお鈴さんは今にも泣き出しそうな声で言いました。「あとで私は、お照さんに怒られてしまいます」
「怒りやしないさ。あの子は、決して怒るような子じゃない。おれは知っている。ところで、履物はどこだ? きたない藁靴をはいて来たはずだが」
「捨てちゃいました。はだしでお帰りになるといいわ」
「それは、ひどいなあ」
「それじゃあ、何か一つお土産を持って帰ってくださいよ。お願い、一生のお願い!」とお鈴さんは小さい手を合わせて拝みました。お爺さんは苦笑して、座敷に並べられている葛籠をちらりと見て言いました。
「みんな大きい。大きすぎるよ。おれは荷物を持って歩くのはきらいなんだ。ふところに入るくらいの、小さいお土産はないのかい?」
「そんなご無理を言われたって……」
「それなら帰る。はだしでもかまわない。荷物はごめんだ」そう言って、お爺さんは本当にはだしのまま、縁の外へ飛び出そうとするそぶりを見せました。
「ちょっと待って、ねえ、ちょっと! お照さんに聞いてくるわ」
パタパタとお鈴さんは奥の間に飛んで行き、やがてすぐに、稲の穂を口にくわえて戻ってきました。
「はい、これはお照さんの簪(かんざし)です。お照さんのことを忘れないでね。またいらしてください」
ふと、気がつくと――お爺さんは、竹藪の入り口にうつ伏せに倒れて眠っていました。なんだ、夢だったのか。しかし、右手には稲の穂がしっかり握られています。真冬に稲の穂があるなんて、とても珍しいことです。しかも、まるでバラの花のように、とてもいい香りがします。お爺さんはそれを大事そうに家に持ち帰り、自分の机の上の筆立てに挿しました。
「おや、それは何ですか」家で針仕事をしていたお婆さんが、鋭い目でそれを見つけて問い詰めました。
「稲の穂だ」とお爺さんは、いつもの口ごもるような調子で言いました。
「稲の穂? 今どき珍しいことじゃありませんか。どこから拾ってきたのです?」
「拾ってきたんじゃない」と低く言ったきり、お爺さんは本を開いて読み始めました。
「おかしいじゃありませんか。このごろ毎日、竹藪の中をうろついて、ぼんやり帰ってきて、今日はまたなんだか、妙に嬉しそうな顔をしてそんなものを持ち帰って、もったいぶって筆立てに挿したりなんかして。あなた、私に何か隠していますね。拾ったのでなければ、どうしたのですか。ちゃんと教えてくれたっていいでしょう?」
「雀の里から、もらってきたんだ」お爺さんは、うるさそうにプツンと言いました。
けれども、そんな言葉で現実主義のお婆さんが納得するはずもありません。お婆さんはしつこく次から次へと問い詰めました。嘘をつくのが苦手なお爺さんは、仕方なく自分の不思議な経験をありのままに話しました。
「まあ、そんなこと、本気で言っているのですか!」お婆さんは、最後にはあきれて笑い出しました。
お爺さんはもう何も答えません。頬杖をついて、ぼんやりと本に目をそそいでいます。
「そんなデタラメを、この私が信じると思っているのですか? 嘘に決まっていますよ。私は知っています。このあいだ、そう、あの若い娘のお客さんが来た頃から、あなたはまるで別人のようになってしまいました。妙にそわそわして、ため息ばかりついて、まるで恋わずらいの若者みたいです。みっともない! いい年をして。隠したって無駄ですよ、私にはわかっているのですから。いったい、その娘はどこに住んでいるのです? まさか、藪の中ではないでしょう? 私はだまされませんよ。藪の中に小さい家があって、そこにお人形みたいに可愛い娘さんがいて……そんな子供だましのような話でごまかそうとしたって無駄です。もしそれが本当なら、今度いらした時に、そのお土産の葛籠とかいうものでも一つ持ってきて見せてくださいな。できないでしょう? どうせ作り話なんだから。その不思議な宿の大きい葛籠でも背負ってきてくれたら、それを証拠に信じないこともないけれど、そんな稲の穂などを持ってきて『お人形さんの簪だ』なんて、よくもまあそんな馬鹿げたデタラメが言えたものだわ。男らしく、さっさとお白状なさいよ。私だって、物わかりの悪い女じゃないつもりです。なんのお妾さんの一人や二人……」
「おれは、荷物はいやだと言っただろう」
「おや、そうですか。それなら、私が代わりに参りましょうか。どうですか? 竹藪の入り口でうつ伏せになっていればいいのでしょう? 私が参りますよ。それでもいいのですか? あなたは困りませんか?」
「行くがいい」
「まあ、図々しい! 嘘に決まっているのに『行くがいい』だなんて。それでは、本当にやってみますからね。いいのですか?」と言ってお婆さんは、意地悪そうにニヤリと笑いました。
「どうやら、あなた、私が葛籠(つづら)を欲しがっていると思っているようね」
「ええ、そうですとも、その通りですよ。私はどうせ欲張りですからね。そのお土産とやらが欲しいのですよ。それではこれからちょっと出かけて、お土産の葛籠の中でも一番重くて大きいやつをもらってきましょう。おほほ。馬鹿らしいけれど、行ってきます。私はあなたの、その聖人君子みたいな澄ました顔つきが憎らしくて仕方がないんです。今にその、偽善者の皮を剥いでやりますからね。雪の上にうつ伏せになっていれば雀のお宿に行けるなんて、あははは、馬鹿げたことですが、でも、どれ、それではひとつお言葉に従って、ちょっと行ってまいりましょうか。あとで、あれは嘘だなんて言っても聞きませんよ」
お婆さんは、もう後には引けないとばかりにお針の道具を片づけて庭へ下り、積もった雪を踏みわけて竹藪の中へ入っていきました。
それから、どのようなことになったのか、筆者も知りません。
たそがれ時、重くて大きい葛籠を背負ったまま、お婆さんは雪の上にうつ伏せに倒れ、冷たくなっていました。葛籠が重すぎて起き上がれず、そのまま凍死してしまったようです。
そして、その葛籠の中には、まばゆいばかりの金貨がいっぱい詰まっていたといいます。
この金貨のおかげかどうか、お爺さんは、その後まもなく仕官して、やがて一国の宰相の地位にまで昇りつめました。
世間の人々はこれを「雀大臣」と呼び、この出世も、彼が昔、雀に対して見せた愛情の結果だと噂しましたが、お爺さんは、そのようなお世辞を聞くたびに、かすかに苦笑して「いや、女房のおかげです。あれには苦労をかけました」と言ったそうです。
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