初級翻訳・かもめ 第20話

かもめ

大名旅行じゃあるまいし」
ポリーナ (カルタの机をトントンとたたいて)「さあ、皆さんどうなさいます? のんびりしていると、すぐ夜食の知らせが来ちゃいますよ」
(シャムラーエフ、マーシャ、ドールンがカルタの机に座る)
アルカージナ (トリゴーリンに話しかけて)「秋の夜長になるとね、ここではみんなでロトー(数字合わせゲーム)をして遊ぶんですよ。ほら、見てちょうだい、すなんて古いゲーム盤なの。私たちが子供のころ、亡くなったお母さんがいっしょに遊んでくれたものなんです。夜食の時間まで、あなたも一勝負どうですか?」
(トリゴーリンといっしょに席につく)
「たかが知れた遊びだけど、慣れてくるとこれがなかなか悪くないんだから」
(一同に、数字が書かれた紙の盤が三枚ずつ配られる)
トレープレフ (自分の小説が載った雑誌をパラパラとめくりながら)「自分の小説のページは読んでいるくせに、僕のほうはページすら切り開いてもいないや」
(雑誌を机の上にぽんと置き、左手のドアの方へ歩き出す。母親のそばを通りかかり、その頭に軽くキスをする)
アルカージナ 「あら、コースチャ、あなたもどう?」
トレープレフ 「ごめんなさい、なんだかそういう気分になれないんだ……ちょっと外を歩いてくるよ」
(そのまま退場する)
アルカージナ 「賭け金は十コペイカよ。ドクトル、私の分もたて替えておいてちょうだいね」
ドールン 「かしこまりました」
マーシャ 「みなさん、もう賭けました? じゃあ始めますよ……はい、二十二!」
アルカージナ 「はーい」
マーシャ 「三!」
ドールン 「はあい」
マーシャ 「三をお持ちの方はいらっしゃいますか? 次、八! 八十一! 十!」
シャムラーエフ 「おいおい、そんなに急がなくてもいいだろう」
アルカージナ 「ねえ皆さん、私がハリコフで大歓迎を受けたときのことを思い出すと、今でも頭がクラクラしちゃうわ!」
マーシャ 「三十四!」

(舞台裏で、もの悲しいワルツの調べがひびく)

アルカージナ 「大学生たちがね、それはもうすごいお祭り騒ぎで迎えてくれて……花籠が三つに、花束が二つ、それからほら――」
(自分の胸からブローチを外して、机の上にポイと投げだす)
シャムラーエフ 「ほう、こりゃまた大したもんだ……」
マーシャ 「五十!」
ドールン 「五十ぴったりかい?」
アルカージナ 「私の舞台衣装なんて、本当に豪勢なものだったんだから! ……なんたって、着付けのセンスじゃ誰にも負けなかったんだからね」
ポリーナ 「コースチャがピアノを弾いてるわ。また気がめいっちゃってるんだわね。本当に可哀そうに……」
シャムラーエフ 「新聞の批評じゃ、ボテンボテンに叩かれてるじゃないか」
マーシャ 「七十七!」
アルカージナ 「あんなの、気にしなきゃいいのにねえ」
トリゴーリン 「あの青年は、どうも運が向いてないらしい。いまだに自分らしい本当の調子がつかめていないんだ。なんだか変てこで、あいまいで、ときどき寝言みたいなセリフさえある。登場人物がちっとも生きていないんだよなあ」
マーシャ 「十一」
アルカージナ (ソーリンを振り返って)「ペトルーシャ、あなた退屈してない?」
(少し間があく)
「あら、寝てるわ」
ドールン 「四等官閣下は、すっかり夢の中でおねんねのようだな」
マーシャ 「七! 九十!」
トリゴーリン 「もしも僕が、こんな湖畔の素敵な屋敷に住んだとしたら、とても物を書こうなんて気にはならないだろうな。そんな欲はすっかり捨てて、一日中魚ばかり釣っているに違いないよ」
マーシャ 「二十八!」
トリゴーリン 「ボラやマスを釣りあげるなんて――あれはもう、何とも言えない最高の気分だからね!」
ドールン 「しかし私は、トレープレフ君の才能を信じていますよ。彼には何かがある! 確かな何かがね! 彼はイメージでもってものを考える。だから彼の小説はとても絵画的で、鮮やかで、私はいつも強烈な印象を受けるんだ。ただ惜しいことに、彼にははっきりと定まった『テーマ』がない。読む者に印象を与えるだけで、それ以上には踏み込んでいかない。なにぶん印象だけでは、大きな仕事は成し遂げられないからねえ……アルカージナさん、作家の息子さんを持って、さぞや嬉しいでしょうねえ?」
アルカージナ 「それがねえ、あなた、私まだ彼の小説を読んだことがないのよ。毎日忙しくて、ひまがなくてねえ」
マーシャ 「二十六!」

(トレープレフが静かに部屋に入ってくる。自分の机へと向かう)

シャムラーエフ (トリゴーリンに向かって)「そうそう、トリゴーリンさん、あなたのお忘れ物がありましたっけね」
トリゴーリン 「はて、なんだっけ?」
シャムラーエフ 「ほら、いつぞやトレープレフさんが撃ち落としたあのカモメですよ。あれを剥製にしてくれって、あなたご注文だったでしょう」
トリゴーリン 「覚えがないなあ」
(しきりに首をひねりながら)
「覚えがないなあ!」
マーシャ 「六十六! 一!」
トレープレフ (窓をパッと勢いよく開け、耳をすます)「なんて暗い夜なんだ! どうしてこう胸騒ぎがするのか、自分でもさっぱりわからない……」
アルカージナ 「コースチャ、窓を閉めてちょうだい! 風が吹き込んじゃうじゃないの」
(トレープレフは無言で窓を閉める)
マーシャ 「八十八!」
トリゴーリン 「はい、これで揃いました」
アルカージナ (うきうきした様子で)「やった、お見事! さすがね!」
シャムラーエフ 「ブラボー!」
アルカージナ 「この人はね、いつどこへ行ったって本当に運がいいんだから!」(立ちあがる)じゃあちらで、何かちょっと頂きましょう。
うちの有名な先生は、今日は夕飯ぬきでしたからね。
お夜食のあとで、またやりましょう。
(息子に)コースチャ、原稿はやめて、食堂へ行きましょう。
トレープレフ 欲しくないよ、ママ、おなかがいっぱいだから。
アルカージナ ご勝手に。
(ソーリンをおこす)ペトルーシャ、お夜食ですよ!(シャムラーエフと腕を組む)話してあげるわね、ハリコフでどんなに歓迎されたか……

ポリーナ、カルタ机の上の蝋燭を消してから、ドールンといっしょに椅子を押して行く。
一同左手のドアから退場。
舞台には、デスクに向ったトレープレフだけ残る。
トレープレフ (書きつづけようとして、今まで書いたところに目を走らせる)おれは口ぐせみたいに、新形式、新形式と言ってきたが、今じゃそろそろ自分が、古い型へ落ちこんでゆくような気がする。
(読む)「塀のポスターに曰く……。
蒼白い顔が、黒い髪の毛にふちどられて……」曰く、ふちどられて……。
ふん、なっちゃいない。
(消す)いっそ主人公が、雨の音で目をさますところから始めて、あとはみんな切っちまおう。
月夜の描写が長たらしく、凝りすぎている。
トリゴーリンは、ちゃんと手がきまっているから、楽なもんだ。
……あいつなら、土手の上に割れた瓶のくびがきらきらして、水車の影が黒く落ちている――それでもう月夜ができあがってしまう。

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