(そのまま退場していく)
ドールン あいつも、行ってすぐにお昼ごはんの前にウオトカを二杯ひっかけるんだな。
ソーリン 自分の人生に恵まれない不幸せな娘だからね、可哀そうに。
ドールン またそんな大げさな、閣下。
ソーリン ほら、それ見たことか。腹いっぱい食べてる人間の言うことはこれだから気楽でいいよな。アルカージナ あーあ、退屈って言ったら、この田舎の退屈さに勝るものなんてないわね! 暑いし、静かだし、誰もなにもしないで難しいことばっかり考えてるし。
……みんな、こうやっていっしょにいるのもいいし、お話を聞くのも楽しいわ。
だけどね……ホテルの部屋にこもって、ノートにいろんな文章を書き写しているときのほうが――どれだけマシかしれないわ!
ニーナ (うっとりして)すてき! わたし、その気持ちすごくわかりますわ。
ソーリン まあ、都会のほうがいいに決まってるさ。
書斎にひきこもってさ。
取次ぎなしには誰も部屋に入れない。
用事があるときは電話で話す……外には辻馬車が行き交う、って具合にな……。
ドールン (歌うように口ずさむ)「伝えておくれ、おお、花々よ」……
シャムラーエフが登場。
つづいて、ポリーナもやってくる。
シャムラーエフ ほう、みなさんお揃いで。
こんにちは!(アルカージナの手をとってキスをし、つづいてニーナの手にもキスをする)ご機嫌いかがですか。
うちの妻から聞いたんですが、今日あなたたちと一緒に町へ出かけるって本当ですか?
アルカージナ ええ、そのつもりよ。
シャムラーエフ ふむ。
……それも結構ですが、一体何に乗っていくつもりなんですか、奥さま? 今日はライ麦を運ぶ日だから、男手はみんなそっちに取られて手いっぱいでしてね。
いったい、どの馬を使うおつもりか、ちょっと伺いたいもんですがねえ。
アルカージナ どの馬だって? そんなの知るわけないじゃない――そんなこと!
ソーリン うちには、お出かけ用の馬車があるはずだろう。
シャムラーエフ (カッとなって)お出かけ用のだと? じゃあ、馬の首輪はどうするんです? どこから調達しろって言うんです?こりゃ驚いた! さっぱりわからん! ねえ奥さん! 失礼ながら、私はあなたの才能を心から尊敬しているし、あなたのためなら命だって投げ出してもいい。でも、馬だけは絶対にお貸しできません!
アルカージナ でも、どうしても今日出かけなきゃいけなかったらどうするのよ? 変なこと言わないでよ!
シャムラーエフ 奥さん! あなたは農家の経営がどういうものか、まったく分かっておられない!
アルカージナ (頭にきて)また始まったわよ、そのお説教が! それじゃあいいわよ、あたし今日すぐモスクワに帰るから!
村に行って、馬を雇ってくるように言いつけてちょうだい。
それがダメなら、駅まで歩いていってやるんだから!
シャムラーエフ (カッとなって)それなら私は管理人を辞職します! ほかの管理人を捜してください!(怒って退場)
アルカージナ 毎年夏になるとこれだわ。
毎年のようにここに来て嫌な思いをさせられるんだから! もう二度とここになんか足を踏み入れないんだから!(左手のほうへ退場。そちらには水浴び場がある。しばらくして、彼女が家の方へ歩いていくのが見える。そのあとを、トリゴーリンが釣竿とバケツを持ってついていく)
ソーリン (怒って)理不尽にもほどがある! 一体どういうつもりなんだ! もうこんなのうんざりだ、早い話がな。
今すぐここに、ありったけの馬を出させろ!
ニーナ (ポリーナに向かって)アルカージナさんのような有名な女優さんに逆らうなんて! お出かけしたいっていうご希望なら、たとえ気まぐれだとしても、お宅の農場経営よりよっぽど大切なんじゃありませんの? 呆れてものが言えないわ!
ポリーナ (どうしていいか分からず)私にどうしろって言うのよ? 私の立場も考えてちょうだい、どうすればいいって言うのよ?
ソーリン (ニーナに)さあ、妹のところへ行こう……。
みんなで、あいつが怒って帰ってしまわないように頼み込んでみようじゃないか。
ねえ、どうだろう?(シャムラーエフが去っていった方角をにらみながら)まったく、とんでもない男だ! 暴君め!
ニーナ (立ち上がろうとするソーリンを押しとどめて)座っていてください、座って……。
私たちが連れて行きますから……。(メドヴェージェンコといっしょに車椅子を押す)ああ、本当に嫌なことだわ……!
ソーリン まったくだ、嫌なことだ……。
でもね、あの男は自分から出て行ったりはしないさ。
ぼくが今すぐ、きっちり話をつけてやるからね。
(三人が退場。ドールンとポリーナのふたりだけが残る)
ドールン やっかいな連中だなあ。
本当なら、あんなご亭主はポイとクビにすればいいものを、結局最後には、あの年寄りじみたソーリンさんが、妹とふりがかりで謝りに行くことになるんだ。
まあ、見ていなさいって!
ポリーナ あの人は、お出かけ用の馬まで畑仕事に使っちゃったんだから。
それに、こんな行き違いは毎日なんだからね。
そのせいで私がどれだけ苦労してるか、わかってくれたらいいのに……これじゃ病気になっちゃうわ。
ほら、手が震えているでしょう……。
私、あいつのガサツさには愛想が尽き果てたわ。
(すがるような目で)エヴゲーニイ、ねえ、お願いだから私を連れて行ってちょうだい……。
私たちの時間なんてどんどん過ぎていくわ、お互いもう若くないんだから。せめて一生のおしまいだけでも、隠れたり、嘘をついたりせずにいたかったな……(ここで少し間が空く)
ドールン 私はもう五十五だ。今さら生き方を変えようなんて思っても、遅すぎるさ。
ポリーナ わかっているわよ。そうやって言い訳して逃げようとするのは、私のほかに身近な女の人が何人もいるからでしょ。
全員の面倒なんて見きれないわよね。
わかっているわよ。
こんなこと言ってごめんなさいね。もう私になんて飽き飽きしているんでしょうけど。
ニーナが家の近くに姿を現わす。
彼女は花を摘んでいる。
ドールン そんなばかなことを言うなよ。
ポリーナ 私、嫉妬で気がおかしくなりそうなの!
あなたが医者だから、女性の患者を避けて通れないのは頭ではわかっているわ。
わかっているけれど……
ドールン (近づいてきたニーナに向かって)どうだい。
中の様子は?
ニーナ アルカージナさんは泣いていらっしゃるし、ソーリンさんはまた喘息が出ているわ。
ドールン (立ちあがる)それじゃあ行って、カノコ草のエキスでもふたりに飲ませてやるとするか。
……
ニーナ (彼に花を差し出して)これ、どうぞ!
ドールン おや、これはありがたい。
(家の方へ歩いていく)
ポリーナ (いっしょに歩きながら)まあ、なんて可愛らしい花なんでしょう!(家のそばまで来ると、声を潜めて言う)その花をちょうだい! 早くこっちによこしなさいよ!(花を受け取ると、めちゃくちゃに引きちぎって、わきへ放り投げる。
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