初級翻訳・青いポアン 第3話

神西 清

「それ? まあ、半分半分なの。本当を言うと、それは私の体なんです」
伊曾は少女の顔を凝視していました。
明子の顔はこのとき一層青ざめて見え、その目はまるで睨むように彼を見返していました。明らかな反抗がそこに見られました。
「僕もそうだろうと思った。だが、どうして自分なんか描いたんです?」
「鏡に映して……。あ! なぜと仰ったの? だって、一番手近なモデルではありませんこと? それに私は、自分の体が憎らしかったのです」
伊曾は真っ白な壁に突き当たったような気分になりました。
もし伊曾が明子の過去について知っていたら、彼はあるいは不幸から救われたかもしれません。
だが彼は知りません。彼は引きずられて堕ちていくしかなかったのです。
その次、明子が伊曾を訪問したとき、彼女は目に見えて快活でした。
これは少なくとも装った快活さではありません。強いて言えば、不自然な快活さです。何かの理由で今までせき止められていた快活さの翼が、急に目覚めたかのような……。
伊曾は鋭い眼差しで少女を見据えながら、そう直感しました。
明子は、今度は二、三枚の静物の素描を持ってきていました。
だが彼女は、壺を人間のように描いていました。
彼女が言いました。
「私の絵は、お兄様の真似なのよ。どうしてこの前のとき、お兄様がそのことをおっしゃらなかったのか、私、不思議な気がして帰りましたの」
「でも、そんなこと言ったって仕方がないからです」
伊曾はむっつりした調子で答えました。
実際、明子の素描の線が伊曾のそれの、少女らしい模倣に過ぎないことぐらい、彼はとっくに見抜いていました。
けれど伊曾としては、そこに並々ならぬ感受性が現れていることに、より多く気を取られていました。彼はこの秘密を解く方に、ほとんど全ての注意を向けていたのです。
急に明子が声を立てて笑い出しました。
今まで彼女につきまとっていた憂鬱さが消えて、初めて丸やかな女の肉声をその笑いの中に聴くように、伊曾は思いました。
「なぜ急にそんなに可笑しくなったんです?」「怒らないでくださいね。本当は真似をしているわけじゃないの。絵と言ったら、私、お兄様の絵しか知らないんですもの。展覧会に行っても、お兄様の絵ばかり見てしまうの。別にそうしようと決めたわけじゃないけれど、自然とそうなってしまったんですもの。……そんなにおかしいかしら?」

二人は思わず顔を見合わせました。

明子はその後も、たびたび伊曾のアトリエに通うようになりました。少なくとも、素描を見てもらうことが目的でないのは明らかでした。そのたびに、伊曾の目には明子の持つあらゆるちぐはぐさが、より強まっていくように映りました。それと同時に、そのちぐはぐな様子が不思議な方法で整理され、まるで二つの相反する極に吸い寄せられていくようにも思えました。

伊曾は心の中で、細胞分裂の直前に染色体が二つの極へと引き寄せられ、きれいな列に並ぶ様子を思い浮かべました。彼は、明子がそのうち目の前で、黒と白の二つの要素に分身してしまうのではないかとさえ思いました。彼は妙な恐怖に捉われました。

明子は、自分の体を本当に投げやりに扱っていました。手の甲にも顔の皮膚にも、その青白く鈍い質感をなめらかにするような、少女らしい手入れの跡は全く見当たりませんでした。彼女は自分の素足のすねを、伊曾の目の前で平気で組んで見せました。それはどう見ても「美しい」とは言えない足でした。青白い彼女の足は、すらっとしているというよりは、むしろ痩せていると言うのが正解でした。その十三歳の少女のような足にも、成長の予感がほのかに現れ始めているのは隠せませんでした。それにもかかわらず、明子は足をあらわに晒すことに何の恥じらいも示しませんでした。自分の皮膚を捨てて顧みないような、そんな無関心さがあったのです。あるいは、それ以外の何かにいつも気を取られているため、そう見えたのかもしれません。

皮膚に対する態度とは反対に、明子は自分の心を実に大切そうに包み隠していました。伊曾にはそれがたまらなくもどかしく感じられました。

ある時、伊曾は明子の喉元の皮膚の白さを凝視していました。彼女が何かを熱心に話している間、そこは絶えず動いていました。伊曾の目には、投げやりな調子でブローチを低すぎる位置に留めているせいで開いた、胸元の皮膚の一部も映っていました。その、むしろ骨張った胸の部分にも、成長の影は見逃せませんでした。謎は、その部分に比較的はっきりと現れているように伊曾は思いました。彼は執拗に視線を送り続けました。明子が彼の視線の先に気づいていることは疑いようもありませんでした。伊曾はその効果を待ちました。しかし彼女は、子供っぽい調子で何かをしゃべり続けていました。それがどんな内容なのか、伊曾は全く捉えていませんでした。彼は自分の耳が空洞になったような感覚を覚えながら、何かを待ち続けました。だが結局、明子の巧みに隠された心は、皮膚の表面には現れてきませんでした。

いつの間にか、明子は話をやめていました。伊曾は彼女の顔を茫然と見つめました。彼の目には、不用意な卑屈さが混じっていました。明子は、そんなぼんやりした彼の視界の中心で、彼を見返していました。静かな薄笑いさえ浮かべて。その表情のどこかに、温かさが漂っているのを伊曾は感じました。謎めいた温かさのようでもあり、また母性の温かさのようでもありました。

伊曾は、この微笑にどこかで会ったことがあることに気づきました。何度も自分の夢の中に現れたことのある微笑です。自らの乱れた行いに疲れ果てた彼の夢の中で、この微笑は彼を優しく叱責したのです。

あの微笑だ。彼はそれが「モナ・リザの微笑」であることに気づきました。彼は明子を発見したのです。

数日後、明子は伊曾の長椅子の上にいました。伊曾が明子に尋ねました。
「君はどうして自分の体なんか描いたの?」
「自分の体が憎らしかったからよ」
痩せたモナ・リザは、むしろ快活にそう答えました。

ちょうどその頃、劉子は女性らしい勘から伊曾の肉体に明子の匂いを嗅ぎ取り、遠ざかっていきました。蒼白になりながら、彼女は明子が「青いポアン」として、自分の歴史に一つの句読点を打ったことを悟ったのです。

第二部

黄色く透き通るような秋風が彼女の服をくぐり抜け、遠慮なく肌をなでていきました。明子はその秋、自分の皮膚が非常に薄くなったのを感じました。爪紅のように、しかしもっと感情的な赤みをたたえながら、ピンと張り詰めた自分のお腹の皮膚。その印象が、彼女の目にはあざやかに映りました。

さらに日が経つと、皮膚は薄い膜のように透き通り始めました。学校の実験室で見た繭の透き通りを思わせました。明子は、ねばねばした幼い手足がその奥に透けて見える様子を想像しました。それに伴い、彼女の内心から搾り出される脂分が、皮膚に艶やかさを与えました。彼女の皮膚は、生まれて初めての不思議ななめらかさを帯びました。まるで処女が、母性の肉体へと花開いたかのようでした。

明子は、自分の体の変化の美しさに驚嘆しました。それは罪悪感とは全く無縁のものだったのです。その脂質の赤みは、今は皮膚の底で静かに眠り込んでいました。

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