初級翻訳・青いポアン 第4話

神西 清

すべては、曇った日の白っぽい光に似ていました。
彼女の心の内側にあったはずの脂分は、すっかり枯れ果ててしまったかのように見えました。
明子は、永遠に未完成な母親として取り残されたのです。
お腹の皮膚は、やはり薄いまま残りました。
それは、あまりに悲しい薄さでした。
その薄い肌の上を、黄色く透き通るような秋風が吹き抜けていきました。
明子の皮膚を、あのような処女の豊かさにまで張り詰めさせた幼児は、母体である彼女の心臓を死から救うために、白い影となって医者の秘密のポケットへと滑り落ちました。
少なくとも医者は、そうやって滑り落ちたのだと信じました。
ですが、彼は空を掴んだに過ぎなかったのです。
その幼児は、いつも宙に浮いていました。
神話のように奇妙な光景でした。
色あせた幼児が、いつも明子のまぶたの斜め上の空間に浮いているのです。
明子は、自分の中に歪められた母性と戦いました。
母性と同時に、処女としての自分が花開いたかのようでした。
もし母性の歪められた痕跡が彼女に残るのなら、処女の花だって、どうしてそのまま枯れ果てていいはずがあるでしょうか。
明子はこの神聖な特権に、死にものぐるいでしがみつきました。
彼女の額には、蒼白い神聖さが百合の花のように咲き誇りました。
恋愛というものは、まだ新たな息吹を吹き返さなければなりませんでした。
ですが、黄色く透き通る秋風が遠慮なく彼女の皮膚をなでていき、彼女のあらゆる花房を吹き散らしてしまいました。
皮膚には、もう少女らしい血の巡りはありませんでした。
踏み荒らされた皮膚に、感性の不透明さが日増しに広がっていきました。
彼女は、自分が盲目になっていくのを感じていました。
いつの間にか明子は、自分の皮膚から酸っぱい匂いさえも発見していました。
彼女は黒い靴下を椅子の傍らに蛇のようにうねらせたまま、窓際に立ちました。
ひだのない服が、明子の太ももの線をふくよかに描き出していました。
彼女は肉体だけで立っているように見えました。
疲れ切って。
明子は幼児の幻影を追い払おうとして、何度も手のひらを、まぶたの斜め上の空間に向かって振りました。
しかし彼女の手は、ただ空しく冷え冷えとした秋の風を切るだけでした。
ときに彼女は、自分の手が幼児を透かすあたりに、ほのかに温かい触感を手のひらに感じることがありました。
彼女が赤ん坊の形の代わりに幼児を空間に見たのは、彼女が未完成の母親だったからです。
その幼児は、幾ヶ月かを地上で過ごしたかのような皮膚を持っていました。
明子の体が回復するにつれて、この幼児の幻影も次第に丸みを帯びた完成を見せていきました。
それは憂鬱症の表れではありませんでした。
それはむしろ、母性のふくよかな成長として彼女に影響を与えているようでした。
村瀬は、明子が回復し始めた頃から、再び手紙を送ってくるようになっていました。
明子の母は、相変わらず過敏な警戒を娘の身辺に怠りませんでしたが、村瀬の手紙だけは開封もせずに渡しました。
ときには部屋の隅で何か口実を見つけて佇んだまま、手紙を読んでいく明子の顔をそれとなく窺ったりしていました。
そして母は、娘の表情から比較的明るい印象を得ていたようでした。
母の警戒は伊曾に関することなら一切で、たとえそれが展覧会についての新聞の二三行の記事であっても、決して娘の目に触れさせませんでした。
その一方で、村瀬を許すような素振りさえ見せました。
明子には、この母の態度がひどく神経に障りました。
彼女は母の見え透いたやり方を侮蔑しました。
今さらながら、明子は苦い思いを反芻しました。
――
モナ・リザの微笑に惑わされた伊曾が結婚について夢中になり出したとき、明子はむしろ冷ややかにそれを利用したのです。
彼女は自分自身で、そのモナ・リザの微笑がすぐに消えてしまうだろうことをよく知っていました。
そんな微笑の脆さを自分自身で見抜いていた彼女は、ただ冷ややかに成り行きを見ていたのでした。
この結婚が成就することは、彼女にとって一つの欲望を満足させる道を開くだけのものに過ぎないことを、彼女は感じていました。
彼女は伊曾の肉体も感情も、その両方を所有していました。
その上にあるもう一つの、そして最後の欲望は、彼を独占することでした。
これは強い欲望でした。
ですが、それを遂げるための戦いは、むしろ結婚のあとに開始されるに違いありませんでした。
彼らは別々の意味でその結婚を急いでいましたが、どちらかといえば、子供のような単純さで自分自身を騙されていた愚かさは、伊曾の方にあったと言えるでしょう。
果たして彼女が期待した通り、結婚はあまりに早いモナ・リザの消失に過ぎませんでした。
これは覚悟の上でした。
彼女は自ら用意していたと信じた第二の武器にすがりました。
しかし間もなく、それが彼女の過信であったことが明らかになりました。
明子は敗れたのです。
明子が女性としての武器を確かに握りしめていると思っていた自分の手の中は、空っぽでした。
伊曾が愚かな洪水のようになって、彼女を越えて奔流していきました。
冷たい理知でこの機会を待ち構えていたに違いない劉子が、伊曾を奪い返し始めていたのです。
つい六ヶ月ほど前、劉子の歴史に一つのポアン(句読点)を打ったばかりの明子は、再び硬いポアンとして青空の真ん中へ弾き出される運命を自覚することになりました。
明子は歯を食いしばって、この変化の中で身をよじりました。
ですが、身をもがけばもがくほど、彼女には自分が痩せて蒼白い一人の少女に過ぎないということが、はっきりと感じられたのです。劉子の呪いにかかったのか、自分自身が固い一つの「句読点(ポアン)」になって、かじかんでしまったような気がしました。
村瀬が明子のまわりに現れはじめたのは、ちょうどそんな争いの前後のことでした。
彼女はある会館のプールの端で、この青年が彼女に近づきたがっているのを見つけました。
明子は青年の姿を、藍色の層をなす水の中に映して眺めたとき、鼻を鳴らして慕ってくる一匹の小犬を連想しました。
実際、青年は小犬のように潔白でした。
けれど明子はこの青年に、彼が欲しがっている肉体は与えませんでした。その一歩手前のものは、投げるようにして早くから与えていたけれど。
青年は従順に彼女の後をついてきました。明子の女としての本能が、期待を失いながらも次第に目を開きかけていたのです。

一方、危機は明子の心臓の鼓動とともに、確実な足どりで近づいていました。それは主に伊曾に起きた、新たな欲望によるものでした。
伊曾と劉子は、日ごとに白い死の方へと堕ちていきました。
白い格闘が果てしなく繰り返され、ついにある時、明子はその終わりの兆しを見たように思いました。
不幸なことに、全く同時に彼女は心臓の激しい発作で倒れそうになりました。突然、一つの腕が彼女を支えました。村瀬の腕でした。
明子は村瀬と一つ影になって失踪しました。白痴的ともいえるこの最後の芝居が、一つの決定的な出来事を促すことになりました。
彼らの失踪の翌夜、伊曾と劉子の心中が行われたのです。
伊曾の手で鋭いメスの一撃が劉子の首に加わりました。

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