明子はこの二つの花が、まるで彼女自身の許しを得て開いたもののように感じました。
彼女の許しなしには、咲く機会などなかったはずの菊の花なのです。
せっかくこれほど麗しく花開いた菊を、今さらどこへ置こうかと迷いました。
敗北の感情も、憎悪の感情も、どちらもありませんでした。
明子は劉子の呪いの輪を抜け出して、今はもう硬い「青いポアン」ではありませんでした。
そんな窮屈な輪は苦渋の涙と一緒に消えて弾け、彼女はもっとふくよかに空間に広がった、一つの美しい円となっていました。
むしろ彼ら二人を憐れまなければならないのは、彼女の方でした。
彼らはお互いに菊の花を飾りながら、いつまでその子供らしい危険な遊戯を続けていくつもりなのでしょうか。
「その菊の花は、私が貰わなければならない」
……母親が危険な玩具を子供たちから取り上げるような気持ちで、明子はそう考えを巡らせました。
秋がのどかに天を渡っていました。
この豊かな光の下で、彼ら二人も美しい生活を織り始めているのに違いありませんでした。
明子は明子で、自らの美しい生活を振り返りました。
彼女の目に、村瀬の栗色の肉体がうっすらと浮かびました。
ただ一つ、菊の花のやり場が彼女を悩ませていました。
浮かび上がった村瀬の肉体が、このとき不思議な方法で変化しつつありました。
明子は夢見る瞳を空間に泳がせていました。
やがて変化が完成されました。
そこには彼女の天の幼児が、蒼ざめた肉体を横たえていました。
彼女は思い当たりました。
――そう、あの二つの菊の花は、あの子の両手にこそふさわしい。
彼女の思念から、この時何物かが音もなく溶け去っていきました。
彼女は豊かに胸を張り、満足した母親の眼差しを天の幼児に向けました。
幸福な一瞬がそこを訪れていました。
彼女は思い疲れて、いつしか目を閉じました。
村瀬が、急に変わった徴候をあらわし始めていました。子供じみた彼の顔から、血の気が引いていくのを明子は目の当たりにしました。
それとは対照的に、彼は以前にも増して子供っぽい反抗を彼女に見せるようになっていました。
何かに取り憑かれたかのように、両目を見開いては突然彼女の腕から逃れようと身をよじることも重なりました。
明子は、村瀬が確かに何かを見てしまったのだと確信しました。
ですが、この青年にそれほどの衝撃を与えるものとは、一体何なのでしょうか。
明子は或る時、思い切ってこのことを村瀬に問い詰めました。
――僕は、あなたの肖像画を見てしまったんです。
村瀬が子供じみた反抗心で唇を青ざめさせながら、そう答えました。
――それは、伊曾が描いたものだったの?
――もしそうだったとしたら、あなたはどんな気持ちがしますか。
彼は興奮で顔を真っ白にしながら叫びました。
――そうね。少しは寂しい気がするかもしれないわ。でも、なぜそれがそんなに必死にならなければならない問題なの? あの人にはあの人の世界があるわ。その世界で何を描こうと、私まで大騒ぎすることはないでしょう。
明子は落ち着いた調子で答えました。
その声には、幼児を慈しむ母親のような優しさが宿っていました。
ですが、その声とは裏腹に、この時明子の顔には不思議な表情が浮かんでいました。
青ざめた唇が歪み、彼女は久しぶりに、忘れ去られていたモナ・リザのような微笑を浮かべたのです。
村瀬は彼女の顔を見ましたが、もう何も言いませんでした。
明らかに村瀬は何かを隠していました。
彼は子供のような執拗さで秘密を守り抜きました。
世間から隔絶されている明子には想像もつかない、何か些細なものに違いありませんでした。
明子には、それを無理に問い詰める必要もありませんでした。
一つの事だけが、明子の目にははっきりと見えていました。
それは、村瀬が時機を逸しながらも、彼ら三人の物語の渦中へ駆け上がろうとして、何かに激しく鞭打たれているということでした。
嵐は三人の上をすでに通り過ぎていました。
三人の人間は、ある者は肉体に血紫色の菊の花を飾り、ある者は情感の喪服に身を包み、それぞれに静穏な秋の日を楽しんでいたのです。
それなのに今さら、村瀬は狂熱の発作に囚われた人のように取り乱し、すでに回転を終えてしまった伝説の輪の中へ、飛び込もうとしていたのです。
明子にはそれがはっきりと分かりました。
村瀬に訪れたこの危機を見つめながら、明子は妙に冷静でした。
彼女が経験してきた苦渋と疲労が、まだ肉体の片隅に残っていて、それが彼女を賢明にも興奮から遠ざけているようでした。
明子の失われない平静の中で、情感の炎がゆるやかに燃え続けていました。
彼女はもう一度、村瀬の肉体を桃色のランプのように燃え立たせようと試みました。
静かな桃色の炎の中に、この青年を眠り込ませたいと願ったのです。
彼女は以前にも増して熱い愛撫を村瀬に与えました。
明子の優しい心遣いにもかかわらず、村瀬の狂暴さは増していくばかりでした。
まるで手のつけられない子供のように、彼は明子のちょっとした言動にも反抗しました。
彼には近頃、眠れない夜が続いているようでした。
その後の、疲れ切った睡眠の中で様々な夢を見ているようでもありました。
夢のことを彼はよく明子に話すようになりました。
ですが、どれも手足だけに切り離されたような断片的な夢で、肝心な部分になると彼は、急いで菓子を隠す子供のような狡猾さを取り戻すのでした。
――そう、それだけだったの?
明子が穏やかな言葉遣いで、いつも彼の未完成な夢の話に決着をつけてあげました。
村瀬は意地の悪い嘲笑を口元に浮かべながら、黙り込んでいました。
彼の症状は日ごとに悪化していきました。
ある日、明子はとうとう決心して、村瀬を旅に連れ出しました。
彼は珍しく、明子の提案には素直に従いました。
彼女と一緒に、天の幼児もついてきました。
旅が終わりに近づいたある朝、村瀬が突然ホテルのベッドの上で喀血しました。
衝立の影で朝の化粧をしていた明子は、彼の叫び声に驚いて飛び出してきました。
白いシーツに、血が鋭く鮮やかな赤い矢を射たように飛び散っていました。
はじめ彼女は、村瀬が何か鋭利な刃物で自殺を図ったのだと信じました。
――コップ。コップを。
彼が咳き込みながら叫びました。
明子が枕元のコップを口に当てがってやると、彼は待ちわびたように二度目の多量の喀血をしました。
血がコップをあふれ、明子の手の甲を汚しました。
血は皮膚の脂分にはじかれて、斑らに残りました。
これで落ち着くのではないかと彼女は思いました。
明子にはまず、この血に満ちたコップをどう処理するかが非常に重要なことに思えて、じっとそれを握りしめていました。
しかし、第三の発作が起きました。
村瀬が胸を反らせて枕にしがみつきました。
明子はとっさに、自分の両手で吐き出される血を受け止めました。
彼女は血だらけになった両手を村瀬の口に押しつけながら、顔をすれすれまで近づけて囁きました。
涙が冷たく、青ざめた頬に散りました。
――どうしたの、一体。
今度は比較的量は少なかったのですが、それでも両手のひらをほとんど満たしました。
それでようやく、病人は落ち着いたようでした。
初級翻訳・青いポアン 第6話
神西 清
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