高輪やあべ川町に肩代わりしてもらい、まずひと落ち着きしてからのことにしただろう。けれども――留守のお前たちは、大留を立て直す一心で請け負った。その気持ちがわかるから、無理だとは思ったが何も言わなかったんだ」
三人は頭を垂れました。
「これこれの家を建てますと請け負ったら、約束通り家を建てて、施主に引き渡すのが棟梁の仕事だ」と茂次は言いました。「こっちが手詰まりになったからといって、途中で謝るなんて真似は、おやじは一度だってやったことはない。おれはまだ若造だが、おやじの息子だ。べらぼうめ、このくらいのことで音を上げてたまるか」
そしてすぐに、「ついでだから言っておこう」と調子を変え、高輪やあべ川町、同業仲間や町内の義理付き合いを断ったのは、単なる意地っ張りではなく、みんなに迷惑をかけたくないためである、と説明しました。
「大留」時代の古い関係をそのまま続けていれば、彼らは義理でも助力しなくてはならないでしょう。
それは彼らにとっても軽い負担ではないはずだし、こちらにとっては一生の重荷になる。
他人の助力で立ち直るなどということは、死んだおやじも喜ばないだろうし、自分たちだって恥ずかしい。
付き合いを断ったのはこういうわけだから、覚えておいてくれ、と茂次は言いました。
三人は顔を見合わせました。彼らの顔は、まるで冷たい水で洗ったばかりのような、すがすがしい色をしており、藤造は微笑さえ浮かべていました。
「もう一つ余計なことを聞きますが」と大六が言いました。「金の工面はどうするのですか」
「そんなことを気にするな」
「私たちに何かできることはありませんか」
「仕事のほうを頼む」と茂次が言いました。「金のほうは大丈夫だ」
それから、火事で一緒に亡くなった二人の職人、銀二と倉太の七十五日の法要をしてやりたいから、彼らの実家を調べておくように、と助二郎に言いました。
その日、夕食のあとで、茂次は福田屋を訪ねました。
仮に庇(ひさし)へ上げておいた「大留」の看板を包んで持ち、店側から入って、主人の久兵衛に会いたいと伝えました。
店には番頭の伊助がいて、いま奥では食事中だが、こんなところから来ずに奥へ直接行ってくれ、と言いました。
だが茂次は「今夜は店の客として来たんだ」と答え、店の隣にある小部屋――そこは他の客と顔を合わせるのを嫌う者のために使う場所なのですが――その小部屋へ通されて待ちました。
小僧が知らせたのでしょう、まもなくおゆうが茶を持ってやって来ました。
「いらっしゃい、どうしてこんなところで頑張っているの」
「旦那に用があるんだ」
「旦那だなんて、いやな人」とおゆうはにらみました。「いったいどうしたの、なぜこんな他人行儀なことをするのよ」
茂次はむっとした顔でおゆうを見ました。
おゆうは唇で微笑しながら頷きました。
「いいわよ」と彼女は立ち上がりました。「あんたって、ずいぶん我が強いのね」
茂次は何も言いませんでした。
おゆうが出ていってしばらくすると、自分の茶碗を持って久兵衛がやって来ました。彼はそこへ座りながら、「吉川町の普請場が焼けたそうだな」と言いました。
「そのことで頼みがあって来たんです」そう言って、茂次はきちんとかしこまりました。
彼はいつものぶっきらぼうな調子で、しかしすべてを隠さずに話しました。
それから包みを解いて「大留」の看板を出し、これで五百両貸してほしいと言いました。
久兵衛は黙って聞いていて、聞き終わってからもゆっくりと茶をすすりながら、茂次の話を吟味するように、かなり長いこと考えていました。
「一つ聞くが」とやがて久兵衛が言いました。「高輪やあべ川町とのことはわかったが、私のところへ来たのはどういう気持ちからなんだね」
「こちらは質屋でしょう」と茂次は言いました。「あっしはこれをカタに金を借りる、旦那はこれをカタに金を貸す――もちろん貸してくれるという話だが、この貸し借りは商売だから、はっきりけじめがつくと思うんです」
まるで「大留」の看板さえあれば、どこでも五百両のカタになると信じきっているような口ぶりでした。
「いいだろう、御用立てしましょう」と久兵衛は言いました。「だが茂次さん、この金には利息が付きますよ」
「もちろんそのつもりです」
久兵衛は立ち上がっていきました。
明くる朝、助二郎が出てくると、茂次は五百両の金を渡し、二人で必要な経費の割り振りをしました。
そして大六が来るとすぐに、吉川町の手配をするように言い、自分は二百両を持って、木場の「和七」のところへ出かけていきました。
こうして三日後には吉川町の再建工事を始めましたが、それから十日あまり、茂次は弁当持ちで普請場へ通い、手が足りないとみると自分でもノミやカンナを使い、材木を動かすのにも肩を貸したりしました。
また、この間に倉太と銀二の法事も行いました。
ほんの形だけの七十五日でしたが、二人の両親を招き、精進料理で酒を出し、お経の代金として二両ずつ包んで渡しました。
――茂次は二人を自分の両親と一緒に死なせてしまったことを詫び、彼らはまた、親方の葬式も済まないのに自分たちの息子の法事をしてもらったことを喜び、繰り返し礼を述べました。
その夜のことですが、夜具を敷きに来たおりつが、ひどくつんけんしていて、顔も青白く強張って見えるので、茂次は不審に思い、どうしたのかと聞きました。
「何がですか」とおりつはたいそうな剣幕で言いました。「あたしがどうかしたんですか」
茂次はかっとなり、立ち上がって歩み寄ると、いきなりおりつに平手打ちを食らわせました。
おりつの頬で高い音がし、茂次が言いました。
「なんでもねえなら、そんなふくれっ面をするな」
おりつは打たれた頬へ手をやりながら、口をあけて茂次を見ました。
その大きく見開かれた目を見ると、茂次は急に、自分が殴られでもしたようなびっくりした顔になり、「悪かった」と言いながら横を向きました。
「済まなかった、気が立っていたんだ」と彼は不器用に言いました。「いろいろと事が重なっているものだから――勘弁してくれ」
「あたしに謝ることはないわ」とおりつが震えながら言いました。「謝るんなら、仏さまに謝ってちょうだい」
茂次はゆっくりと、おりつを見つめました。「仏に、――どうしろって言うんだ」
「あんたを、棟梁を怒らせたのはあたしよ。ぶたれるのは当たり前だから、なんとも思っていないわ。でも――」おりつは前掛けで顔を覆い、その場に座り込んで言いました。「倉さんや銀さんの法事をしてあげるのに、どうして親方やおかみさんをあのままにしておくんですか」
茂次は「そのことは言うな」と言いながら、敷いてある夜具の横に座りました。
「いいえ、言います」おりつは前掛けを膝の上へ下ろしながら続けました。「あなたは仏壇に構うなと言って閉めたまま、お線香も水もあげないし、命日が来ても供養もしない。そんなことってありますか。あの仏壇の中にあるのは、あなたの両親のお骨ですよ。葬式も出さず、お寺へも預けないのなら、せめてお供え物をするとか、灯明やお線香ぐらいあげるのが当たり前じゃないの。――それさえもしないでいて、倉さんや銀さんの法事をするなんて、あんまりだわ。
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