初級翻訳・ねずみと猫 第6話

ねずみと猫

おもちゃの中で面白いのは、帯地を巻いておく桐の棒である。
前足でコロコロと転がすのは何でもないのだが、棒の片端をひょいと両方の前足で抱え込み、後ろ足で見事に立ち上がるのだ。
棒が倒れると、それをヒラリと飛び越えて、見向きもしないで知らん顔をして、のそのそと三、四尺も歩いていっては、ちょんとおすわりをする。
そんな遊びを何度も何度も繰り返すのである。
一体どんな気持ちでやっているのか、まったく見当がつかなかった。

二階に籐(とう)の椅子が一つ置いてある。
その四本の足の下の方を、筋交い(すじかい)につないでいる十字形の真ん中が、ちょっとした棚のようになっている。
ここが三毛のお気に入りの遊び場の一つだった。
何か紙切れのようなものを下に落としておいて、入り組んだ籐のさまざまなすき間から前足を出して、その紙切れを捕まえようとする。
ポロリと下に落ちると、今度は仰向けになって、今度は下からすき間に足を代わるがわる差し込んだりするのだ。
こうした遊びが何を意味しているのか、私たちには分からない。
おそらく、まだ自覚していない将来の「使命」に慣れるための練習を、無意識のうちにしているのかもしれない。

里帰りした二日間のうちにすっかり回復した体は、いつの間にかまたやせ細り、肩の骨が突き出て、横顔がツンととがって目玉が大きくなってきた。
あまりにかわいそうだから、もう一匹別の猫を飼って、三毛の過重な負担を分散させようという意見が出て、これには賛成する人が多かった。

ある日の夕暮れ時、庭に出ていると、台所あたりが急ににぎやかになった。
女中や子どもたちの笑い声に交じって、聞きなれない男の笑い声も聞こえてきた。
「いい猫だねえ」と、「いい」に妙なアクセントをつけた妻の声がはっきりと聞こえた。
それは、出入りの牛乳屋さんがどこかからもらってきて、小さな虎毛の猫を連れてきてくれたのだった。
まだ本当におチビちゃんで、手のひらにすっぽり収まるくらいの子猫だった。
光沢のない長いうぶ毛のようなものが、背中に逆立っていた。
その顔がまた、非常に変わった顔だった。
額が出っ張っていて、全体的に押しつぶされたように短い顔なのだ。
そして、体に不釣り合いなほど大きく突っ立った耳が、この顔にいい知れぬ独特の表情を与えていた。
どうしたのか、不気味に大きくふくれたお腹の両側に、私たちの小指くらいの細い後ろ足が、つっかい棒のように突っ立っていた。
なぜだか、ススキの穂で作ったミミズクを思い出させる姿だった。

三毛はあからさまな驚きと疑い、そして不安をあらわにして、この新入りの仲間をじっと見つめていた。
チビ猫のほうは、三毛を自分の親とでも勘違いしたのか、なんだか懐かしそうにちょこちょこ近寄っていき、小さな片方の前足を上げて三毛に触れようとする。
三毛は、毒虫にでも触れたかのように驚いて尻込みする。
それを追いかけるようにして近づいては、また片足を上げる。
この様子があまりにユーモラスだったので、みんなが笑いこけるのに釣られて、自分も近ごろ珍しくお腹の底から大笑いしてしまった。

少し慣れてくると、今度は三毛のほうが攻勢に出て、襲いかかるようになった。
いきなり飛びかかって首を羽交い締めにし、頭でも足でも噛みつき、後ろ足で引っかくのである。
それはまさに、タカと小さなスズメの争いのようだった。ちびは、さすがに参って逃げ出してしまうかと思いきや、なかなかそうはなりませんでした。
ときどき小鳥みたいな「ピーピー」という可愛い鳴き声をあげながらも、負けじと噛みついたり引っかいたりして応戦するのです。
三毛がパッと離すと、ちびはすぐに向き直ってその場にちょこんと座り、短いしっぽの先で空中に「∞(無限大)」の文字を描きながら、三毛がまたかかってくるのを待ち構えるのでした。
ときどき、ちびはタンスとフスマのすき間にスポッと入り込んでしまいます。三毛は自分では入れないので、まるで気がおかしくなったように前足を突っ込んで大騒ぎします。
そのすき間に、小猫のほうはすっかり落ち着き払って反対側からひょっこり出てくるのです。
そして相変わらず短いしっぽで、まるで不器用な指揮者のように、いろんな「∞」の字を描いているのでした。

名前を「ちび」にしようという意見もありましたが、家畜にそんな名前をつけるのはちょっとデリカシーに欠けるのではないかという声もあり、それはボツになりました。
そこで、適当に「たま」と呼ぶことに決まりました。
「オスの猫なのに『たま』なんて変じゃないか」と言う人もいましたが、「それなら『玉吉』とか『玉助』にすればいいじゃないか」ということになりました。

こうして二匹の猫の性格の大きな違いが、日が経つにつれてはっきりと見えてきました。
三毛が食べ物に対してものすごく欲がなくて上品で、まるで貴族のようなのに対し、たまはもう文句なしの庶民派であり、まるでボリシェビキ(革命派)のように、自分の体には似合わないほど激しい食欲を持っていました。
三毛がまったく見向きもしないような魚の骨や頭でも、まるで飛びかかるようにしてガツガツ食べるのです。
そして、だれかが少しでも触れようものなら、背中の毛を逆立てて、恐ろしいうなり声をあげるのでした。
「ウーウー」という、本当にものすごくて、とてもこの小さな子猫の声とは思えないような低い声を出すのです。
そして、まわりにある食べ物をできるだけたくさん独り占めしようと、前足の指をめいっぱい開いて、しっかりとお皿を押さえつけるのでした。
この点では、彼はすっかり資本家(キャピタリスト)のようでした。
そんなふうに押しのけられた三毛は、あきれたように少し離れたところからじっと眺めているのでした。
サバの血合いの一切れでもやろうものなら、それをくわえるが早いか、だれも取ろうとしないのに例のうなり声を出しながら、すぐにその場から逃げ出そうとするのです。
どうやら、生まれつきの泥棒猫のような性質をしっかりと持っているようでした。

そのうえ、この猫はちょっと品性(下性)がよくありませんでした。
毎晩のように座布団や布団のすそを汚してしまうのです。
その後始末をしなければならない台所の人たちの間では、早い段階から「たまを追い出そう」という声が高まっていました。
そうでない家族でさえ、物を食べているときのたまのガツガツした様子を、あさましくて不愉快に感じずにはいられませんでした。
特におとなしい三毛が、たまのせいで食べ物を奪われたりしているのを見れば、なおさらそう思えたのです。
たまを連れてきた牛乳屋さんの責任問題まで持ち上がっていました。
「たまを牛乳屋さんに返して、もっとましな猫をもらってこよう」というのが、みんなの共通の希望のようでした。
それどころか、もう次の猫の候補まで見つけてきて、私に賛同を求めてくるほどでした。

しかし、牛乳屋さんが正直にもとの家へ返したところで、あるいはまた別の新しい飼い主の手に渡るにしても、結局はのら猫になるよりほかの運命は考えられないようなこの猫を、みすみす手放してしまうのもかわいそうに思えました。

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