初級翻訳・ねずみと猫 第3話

ねずみと猫

恐ろしいほど大きな茶色をした親ねずみは、あたかも知恵の足りない人間を愚弄するように自由な横暴な挙動をほしいままにしていた。

二

春から夏に移るころであったかと思う。
ある日座敷の縁の下でのら猫が子を産んでいるという事が、それを見つけた子供から報告された。
近辺の台所を脅かしていた大きな黒猫が、縁の下に竹や木材を押し込んである奥のほうで二匹の子を育てていた。
一つは三毛でもう一つはきじ毛であった。
単調なわが家の子供らの生活の内ではこれはかなりに重大な事件であったらしい。
猫の母子の動静に関するいろいろの報告がしばしば私の耳にも伝えられた。
私の家では自分の物心ついて以来かつて猫を飼った事はなかった。
第一私の母が猫という猫を概念的に憎んでいた。
親類の家にも、犬はいても飼い猫は見られなかった。
猫さえ見れば手当たり次第にものを投げつけなければならない事のように思っていた。
ある時いた下男などはたんねんに繩切れでわなを作って生けがきのぬけ穴に仕掛け、何匹かの野猫を絞殺したりした。
甥のあるものは祖先伝来の槍をふり回して猫を突くと言って暗やみにしゃがんでいた事もあった。
猫の鳴き声を聞くと同時に槍をほうり出しておいて奥の間に逃げ込むのではあったが。
そんなようなわけで猫というものにあまりに興味のない私はつい縁の下をのぞいて見るだけの事もしないでいた。
そのうちに子猫はだんだんに生長して時々庭の芝生の上に姿を見せるようになった。
青く芽を吹いた芝生の上のつつじの影などに足を延ばして横になっている親猫に二匹の子猫がじゃれているのを見かける事もあったが、廊下を伝って近づく人の足音を聞くと親猫が急いで縁の下に駆け込む、すると子猫もほとんど同時に姿を隠してしまう。
どろぼう猫の子はやはりどろぼう猫になるように教育されるのであった。
ある日妻がどうしてつかまえたかきじ毛の子猫を捕えて座敷へ連れて来た。
白い前掛けですっかりからだを包んで首だけ出したのをひざの上にのせて顎の下をかいてやったりしていた。
猫はあきらめてあまりもがきもしなかったが、前足だけ出してやると、もう逃げよう逃げようとして首をねじ向けるのであった。
小さな子供らはこの子猫を飼っておきたいと望んでいたが、私はいいかげんにして逃がしてやるようにした。
わが家に猫を飼うという事はどうしても有りうべからざる事のようにしかその時は思われなかった。
それから二三日たって妻はまた三毛のほうをつかまえて来た。
ところがこのほうは前のきじ毛に比べると恐ろしく勇敢できかぬ気の子猫であった。
前だれにくるまりながらはげしく抵抗し、ちょっとでも足を出せばすぐ引っかきかみつこうとするのである。庭で遊んでいる時でも、こちらのきじ毛の子猫のほうが、ずっとすばしっこくて元気いっぱいだということだった。
猫の子であっても、やっぱりきょうだい間でいろんな性格の違いがあるものだなあと、私にはめずらしく面白く感じられた。
猫なんて、十匹いたら十匹とも毛の色は違っていても、性格に違いなんてないものなのだろうと、ぼんやり思い込んでいたからである。
動物のなかでの猫の地位が、自分のなかで少し上がってきたような気がした。
子供たちだけでなく、今度は妻までもが口を出して、この三毛猫をなでつけて飼いたいと希望したけれど、私はやっぱりそういう気にはなれなかった。
しかし、この気が強くて勇敢な子猫に対して、今までついぞ覚えたことのなかった、軽い親しみや愛着のような気持ちを感じるようになった。
猫というものが、きわめてわずかではあるけれども人格化されて、私の心に映り始めたようである。
それ以来、この猫の母子はいっそう人間の影を恐れるようになった。
それに比例して、子供たちの興味もますます増していった。
夕食のあとなどには、庭のあちらこちらに伏兵のように隠れていて、うっかり外に出てくる子猫を追い回してつかまえようとしていたけれど、もう子供たちなんかに簡単につかまりそうな様子ではなかった。
あまりに募る迫害におびえたのか、それとも子猫がもう一人前になったのか、縁の下の巣もいつの間にか見捨てて、どこかへ引っ越していってしまった。
それでも時々、隣家の離れの屋根のひさしの上に、母子の姿を見かけることはあった。
子猫は見るたびごとに大きくなっているようだった。
そしてもう、立派な一人前のどろぼう猫らしい用心深さとすばしっこさを発揮していた。
ねずみのイタズラは、その間もずっと続いていた。
とうとう二階の押し入れのふすまを食い破って、来客用に用意してあるいちばんいいお布団に大きな穴をあけているのを発見したりした。
もう子ねずみさえもかからなくなってしまったネズミ捕りは、フタの落ちたまま台所の戸棚の上に放り上げられ、金具につるしたサツマイモの天ぷらは、干からびたせんべいのようにそりかえっていた。

三

六月中旬のことだった。
ある日、仕事をしていると子供が呼びにやってきた。
猫をもらってきたから見に来いというのである。
行ってみると、すでにかなり成長した三毛猫だった。
大勢が車座になって、この新しい同居人の一挙一動を、好奇心いっぱいの目でじっと見つめていた。
猫に関する常識のない私には、すべてがただめずらしいことばかりだった。
妻が抱き上げて、あごの下や耳のまわりをかいてやると、胸のあたりでお湯が沸騰するような音を立てた。
猫がのどを鳴らすとか、ゴロゴロいうとかいうことは、本や人伝ての話でいくらでも知っていたけれども、それを自分の目で確かめるのは、四十を過ぎた今が初めてである。
これが喜びを表すサインだということは、初めて知る私にはどうもすぐにはすんなりと納得がいかなかった。
「この猫は肺でも悪いんじゃないか」と言ったら、ものすごく笑われてしまった。
実際、今でも私には、はたしてのどが鳴っているのか、肺の中が鳴っているのかよくわからないのである。
音に伴う一種の振動が、胸のまわり全体に伝わっていることが、手で触れてみるとはっきりと感じられる。
おなかのほうでは、その振動はずっと弱くなって消えていっている。
これは、振動が硬い肋骨(ろっこつ)に伝わって、それが外側まで感じられるのではないかと思うのだ。
それにしても、この音が鳴る仕組みや、こうした音を出すことの生理的な意味について、いろいろと知りたいことが浮かんできた。
中学校で動物学を教わったけれど、鳥や虫の声については雑誌や本で読んだものの、猫のゴロゴロについてはまだ知る機会がなかったのである。
これは何も現代の教育の欠陥ではなく、単に私の物足りなさ、世間知らずによるものなのだろう。
デモクラシーを神経衰弱のくすりと勘違いし、レーニンを毒クスの名前だと思っていた小学校の先生がいたそうだが、私の無知はそれよりももっとひどいかもしれない。
しかし、レーニンやデモクラシーや、猫のゴロゴロのことを本当にちゃんとわかっている人も、案外少ないのではないだろうか。
ともかく、このゴロゴロという音は、人間などが食べ物を美味しく食べた時の満足を期待して漏らすような、ただののどの雑音とは、本質的にも何か違うもののように思われる。
この音は私に、いろんな音を連想させる。

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