初級翻訳・のら犬 第2話

のら犬

「逃げたか?」
「はい、逃げました」
「正観」
「はい」
「おまえは一体、こんな時間に何で鐘楼なんぞへ上がっていたんだ?」
「さびしかったから……」
「鐘楼へ上がっていれば、さびしくなくなるのか?」
「鐘をゲンコツで叩くと、おん、おん、おんと、和尚さんの声みたいな音がするんです」
「何を言っておるんだ」
和尚さんは衣を脱ぐと、囲炉裏のそばでお膳に向かい、ざぶざぶとお茶漬けをかき込み始めました。
正観はおみやげのお団子を広げました。
「和尚さん、あの犬はどこからついてきたのですか?」
「となり村から、しつこくあとをつけてきたのだよ」
「どうしてですか?」
「どうしてだか、そんなことは知らんよ」
「和尚さん、化かされはしませんでしたか?」
「このおれが、きつねなんぞに化かされてたまるものか」
「……本当にきつねだったのでしょうか、あれは」
「…………」
「犬みたいに見えたけれどな。その証拠に、正観がそばへ寄っても、ちっとも怖くはなかったしなあ」
常念御坊は箸を置いて、考え込んでしまいました。
行灯(あんどん)の明かりが、その丸い頭を赤く照らしています。
しばらくして、常念御坊は少し決まり悪そうに言いました。
「正観、その提灯をつけなさい」
「はい」
「わしは、ちょっと行って探してくるからな。おまえは本堂の縁の下へ、わらをどっさり敷き詰めておいてくれ」
「何を捜しに行くのですか?」
「あの犬を、連れてくるんだ」
「きつねでしょう、あれは」
「かわいそうに。犬なら、のら犬だ。食いものもろくに食べていないようで、ひどくやせこけていた。はるばるとなり村からわしについてきたのだから、温かくして泊めてやろうよ」
それに、わしが落としたお団子まで、ちゃんとくわえて持ってきてくれたんだもの。
「おれが悪かったよ」と、これだけは心の中でつぶやいて、常念御坊は提灯を手に、外へと出て行きました。

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