もうご飯がうまく蒸れている頃です。蓋をとると、ふわっと白い湯気が顔を撫で、美味しそうな匂いが鼻をくすぐりました。上出来のようです。
「詩はまずくできたが、飯はうまくできた」
一人でそんな冗談を言いながら、良寛さんはささやかな朝食をとりました。
朝ご飯を済ませると、机の前に座りました。さっきできた詩を、忘れないうちに書き留めておくためです。一通り紙の上に書いてみました。なかなかよくできたと嬉しくなります。しかし、どうしても一箇所だけ気に入らないところがあります。最初からすらすらと読んでいくと、そこでつっかえてしまうのです。ここがどうも良くない。
「飯はうまいが、詩はまずい」
と独り言を言いながら、良寛さんは詩の創作に一生懸命になってしまいました。もう庭先に来て鳴いているウグイスの声も聞こえず、窓から迷い込んできては裏口から抜けていく蝶々にも、全く気づかないほどでした。ただ、詩のまずいところを、もっと良くしようと、良寛さんは一生懸命でした。
すると、さっきから心の片隅で、何か別のことが気になっているのに気がつきました。
何だか分からないけれど、あることが頭のどこかに引っかかっているのです。
それが何なのかはっきりしないので、気持ちが悪くてたまりません。
ちょうど、ノミに背中を食われているのに、まだそれがどこだか分からなくて、なんとなくイライラするような感じです。
――何か気になる。
一体なんだろう、それは。
良寛さんは、持っていた筆を投げ出して、首をかしげました。
――そいつが、詩を作ろうとするわしの邪魔をしているのだ。
早くその始末をつけてしまわないと、これではとても立派な詩なんて書けやしない。
「あッ、そうだ!」
いろいろ考えていて、突然ピンときたので、良寛さんは大きな声をあげました。
――タケノコのことです。
縁の下から生えてきて、頭がつかえてしまったあのタケノコのことでした。
……
「道理で、わしは何となく頭を抑えられているような気がしたわけだ。そうだ、これは放っておけないぞ。」
良寛さんはすぐに外へ飛び出すと、同じ山の少し上にある国上寺(こくじょうじ)まで、駆け足で向かいました。
「すまないが、ノコギリを貸しておくれ。」
寺男の姿を見つけると、良寛さんはそう頼みました。
「何になさるんですか?」
寺男はノコギリを持ってきて渡しながら聞きました。
「いや、縁の下にタケノコが生えておってな。」
「タケノコですか。タケノコなら鍬(くわ)で掘り起こしたほうがいいですよ、良寛さん。」
「いやいや、これで十分、これで結構。」
ノコギリを借りた良寛さんは、また走るような足取りで五合庵(ごごうあん)へ帰ってきました。
間もなく、麓(ふもと)の村へ使いに行く国上寺の寺男が、五合庵に立ち寄りました。
「良寛さん、タケノコはうまくいきましたかな。」
「ああ、うまくいったよ。」
庵の中から良寛さんの声がしました。ところが、寺男が縁側を見てびっくり仰天してしまいました。
切られていたのはタケノコではなく、縁側のほうだったのです。
タケノコの頭が当たるところが、四角く切り抜かれていたのでした。
「いやはや、これはどうも……。」
寺男はあきれ果てて立ち尽くしてしまいました。
「それならタケノコも、せいせいしただろうよ。わしも頭が軽くなった気がする。そいつの頭が縁側に押さえつけられているうちは、どうも他人事とは思えなくてな。わし自身の頭まで、誰かに抑えつけられているような気がしてならなかったのじゃ。」
「なるほどねぇ……。」
「まあ、これでいい。おかげで詩もうまく出来上がったよ。」
――良寛さんは変わったお人だ。いや、本当に変わったお人だ。
縁側よりもタケノコを大事にするなんて。そう思いながら、寺男は坂道を下りていきました。
寺男の驚きは、それだけでは済みませんでした。
半月ほどして、また五合庵にやってきた寺男は、前回よりも一層びっくりしました。
タケノコはぐんぐん伸びて軒先に届き、そこにもまた一つ穴を開けてもらって、悠々と屋根の上に頭を出していたからです。
そして良寛さんは、タバコをすぱりすぱりと吸いながら、まるで頼もしい若者でも眺めるような眼差しで、その若竹を見上げたり見下ろしたりしていたのです。
――いやはや、良寛さんは驚くようなお人だ。なんとも、あきれたお人だよ。
寺男はそう心の中でつぶやきながら、国上寺の方へと登っていったのでした。
次の日、良寛さんがその若竹を見ながら竹の詩を作っていると、坂の下から馬の蹄(ひづめ)の音が聞こえてきました。
――いずれ国上寺へ行く人だろうが、馬で来るのは珍しいな。武家かな?
そう思っていると、音はだんだん近づいてきて、国上寺へは向かわず、五合庵の庭へと入ってきました。
「おお、由之(よしゆき)か。」
良寛さんのすぐ下の弟です。
小さかった頃は左衛門と呼んでいましたが、今は名を改めて由之といいます。
もう由之さんも良寛さんと同じように、働き盛りの時期を過ぎて老人になりかけています。
なんといっても家には、もう名主(なぬし)の見習いをしている馬之助という大きな息子がいるほどなのですから。
「兄さん、その竹は一体何なんですか。」
由之さんも縁側の竹を見て驚き、馬を庭の木につなぎながら尋ねました。
「なあに、こいつは間違えて縁の下から芽を出してしまったのさ。切って味噌汁に入れて食べてしまおうかとも思ったが、せっかくわしの側へやってきたのだから、そんなことをするのは可哀想だと思ってね……。」
「そんな馬鹿な。相手はただの竹じゃありませんか。」
「うん、竹には違いないが、竹でもいいじゃないか。」
「馬鹿馬鹿しくて、あいた口がふさがりませんよ。縁や軒先にまで穴を開けるなんて。たかが一本の竹のために……。」
由之さんは縁側にやってきて腰を下ろしました。
「たかが一本の竹と言うが、わしには、竹もスズメも猫も、そして人の子も、みんな同じように命のある可愛いものに思えてな。」
「本気で聞いていると疲れますよ、そんな話。とんだ酔狂だ。」
由之さんは、もう竹の話には興味がないといった様子で、庵の中をキョロキョロと見回しました。
そして言いました。
「兄さん、庵の中って、こんなに何もないものなんですか。」
「うん。」
「まるでさっぱりしていますね。」
「うん、さっぱりしているよ。」「不自由はしていないか。」
「別に不自由はない。」
「これで生活ができるのか。」
「この通り、できているよ。」
「そうですか。」
由之さんは感心して、中を一層よく見るために、上がって歩いて回りました。
歩いて回るといっても、五歩か六歩歩けばもう一周してしまえる、大変小さな庵なのです。
「兄さん、本当に不自由はありませんか。欲しいものがあったら、何でも遠慮なくそう言ってください。すぐに届けさせますから。」
「うん、ありがとう。でも今のところ何も不自由はない。わしは、これで満足している。あたりは静かで心を乱すものはない。よい大気は自由自在に吸うことができる。水は泉でいつも湧いている。寝ていても鶯やほととぎすのいい声を聞くことができる。托鉢に行けば、みんなが米を恵んでくれる。子供たちは喜んでわしと遊んでくれる。
初級翻訳・良寛物語 手毬と鉢の子 第29話
新美 南吉
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