どうしたの、あんなところで二人で突っ立って? (クスクス笑いながら)薪(まき)を拾いに外へ出てきたら、上の方でなんだかケンカみたいな声がするから、ふっと見上げたら二人だったの。どうしたの?」
新一「次郎が、あまりにもわけのわからないことを言うからさ」
次郎「わけがわからないのは、新ちゃんの方だろ!」
サダ「ふふふ、甲州(山梨県)の栃沢(とちざわ)と、中込(なかごみ:長野県)の栃沢が久しぶりに会ったと思ったら、すぐにケンカを始めちゃうなんて、しょうがないねえ。さあ、家に入ろうよ。よっこらしょっと。 (と、薪のたばを抱えてお庭を斜めに歩き始めます。新一と次郎の二人も、そのあとに続きます) ずっと二人でいっしょに来たの?」
新一「ううん、僕は野辺山(のべやま)駅で電車を降りて、オサキの分かれ道にあるお地蔵さんのところで休んでいたら、次郎がひょっこり現れたんだ」
サダ「そうだったんだ」
次郎「おばあちゃん、いる?」
サダ「うん、いるよ。今はね、お客さんが来てるんだ。海の口(うみのくち)の喜十(きじゅう)さんっていう人と、農業の指導をしてくれる森山(もりやま)さんと、その案内役で川上(かわかみ)のおせん伯母さんが来てるよ」
新一「おじいちゃんは?」
サダ「おじいちゃんは半月くらい前から、川上のお家に行ってるよ。だから最近は、私とおばあちゃんの二人きりなんだ。こんな山奥の一軒家だからさ、人が来てくれると、うれしくてたまらないよ。 (家の土間に入ります)」
おせん「(上がり口のところから)おや、だれだい? あれまあ、甲州の新一ちゃんと、中込の次郎ちゃんじゃないの!」
新一「おばさん、こんにちは」
次郎「ご無沙汰してます。お元気そうで何よりです」
おせん「さあさあ、上がっておくれ。 (おりきおばあさんに向かって)おばあさん、今日は大入り満員だよ! 孫が三人そろったよ」
おりき「よく来たねえ。甲州のみんなも、中込のみんなも、変わりはないかい?」
新一「うん、元気だよ。お母さんがね、おばあちゃんに分けてもらって開墾(かいこん)した畑に植えた男爵イモ(ジャガイモ)が、すごくよく育ったから、よろしくお礼を言っておいてくれって」
おりき「そうかい、それはよかったねえ」
新一「これ、お茶だよ。前におばあちゃんと約束してたんだ。お給料をもらったから、すぐに買って持ってきたよ」
おりき「おや、それはありがたいねえ! ちょうど四、五日前からお茶が切れちゃってね。お茶が飲めないと、なんだか寂しくてねえ。ほう、お給料で買ってきてくれたのかい?」
森山「新一さん、お久しぶりですねえ。ははは、覚えていますか? カイコ(お蚕様)の指導で、一、二度甲州へ行った森山ですよ」
新一「覚えていますよ。こんにちは」
おりき「次郎も、突っ立ってないで、ここに座りなさい」
次郎「うん。……これ、お母さんから」
おりき「なんだい?」
次郎「お餅だよ。この秋に穫れたもち米を、おばあちゃんに初物(はつもの)として食べてもらおうと思って、少し準備して、お母さんと俺で今朝ついたんだ」
おりき「そうかい。そりゃあ、ありがたいねえ! お茶とお餅が一度にわいて出てきたみたいだ。まるであつらえた(注文した)みたいだよ、ははは! サダ、さっそくだ、お茶をいれておくれ」
サダ「(少し離れた土間のすみで、ガチャガチャとお茶碗の音をさせながら)はーい!」
森山「すると、これが中込の松造(まつぞう)さんのところの……へえーっ、こんなに立派な跡取り息子(長男)がいたかなあ?」
おせん「長男じゃないですよ、二男(二番目の男の子)ですよ」
森山「ええっ? そいつは二度びっくりだ。そうかい。いやはや、自分が年をとっていくことには気づかないくせに、若い人たちが大きくなるのには、びっくりさせられてばかりだねえ。ははは!」
おせん「はははは!」おりき「どうしたんだい、次郎?」
次郎「えっ?」
おりき「どうしてそんなに、暗い顔をしているんだい?」
次郎「ううん、なんでもないよ」
サダ「(パタパタと土間を歩いてきて、クスクス笑いながら)一緒について来たのにさ、次郎ちゃんと新ちゃん、そこの坂の上でつかみ合いの大ゲンカを始めそうになってたんだよ!」
おせん「あらまあ、それはまた、どうしてだい?」
次郎「俺、おばあちゃんに相談したいことがあって来たんだ。そのことを新ちゃんに話したら、俺のことをバカだって言うから……」
新一「そんな言い方してないだろ! 僕が言いたかったのはさ……」
おりき「よしよし、わかったよ。それで、どんな話なんだい? 言ってみなさい」
次郎「……あとで話すよ」
森山「ははは、僕たちに遠慮なんてしなくていいんだよ」
次郎「ううん、あとでいいです」
おりき「まあ、いいさ。ゆっくり遊んでいきなさい。……」
(おりきおばあちゃんは、森山さんと、ずっと黙り込んでいる喜十さんに向き直って言いました)
おりき「ということは、なんだい? 芹沢(せりざわ)の金五郎(きんごろう)のやつは、どうしても自分の意見を曲げようとしないって言うんだね?」
森山「そうなんですよ、全然ダメなんです。さっきからお話ししている通り、これは昨日や今日始まったことじゃないですからね。たとえば、一昨年の大きな選挙のとき、海の口の須山(すやま)さんが、ルール違反のお金の問題でピンチになったことがありましたよね。あのとき、そのルール違反を警察にチクった(告げ口した)人が村に3、4人いたらしいんですが、そのうちの1人がこの喜十さんなんじゃないかって、須山さんたちに疑われちゃったみたいなんです。それで、芹沢の金五郎は昔から須山さんの子分みたいなものですから、須山さんにそう言われて、喜十さんの家をいじめ始めたというわけなんですよ。もっと昔にさかのぼれば、戦争中にもありました。喜十さんの家が須山さんから借りてお米を作っていた田んぼを、須山さんが『返せ』って言い出したんです。そうなると喜十さんの家は生活できなくなっちゃうから、『山梨(甲州)へ引っ越すしかない』とか、『娘を遠くへ働きに出すしかない』って大騒ぎになったことがあったでしょう? あのときは確か、おばあちゃんがわざわざ間に入って話をしてくれたおかげで、須山さんも田んぼを取り上げるのをやめて、丸く収まったんですよね?」
おりき「おや、そんなこともあったかねえ」
森山「ありましたよ! 実はあのとき、喜十さんから取り上げるはずだった田んぼを、芹沢の金五郎がすぐに横取りして借りる約束になっていたんです。だけど、おばあちゃんが出てきたものだから、須山さんも言うことを聞かないわけにいかなかったんですね。さあ、そうなると芹沢は予定が狂ってしまって、喜十さんの家を目の敵(かたき)にするようになりました。それ以来、何かあるたびにケンカになって、ずーっと不満が積み重なってきたんです。根っこがものすごく深い問題なんですよ。そこへきて、今度は田んぼに水を引き入れる『水口(みなくち)』の場所のことで揉めて、ついに大爆発しちゃったんです。僕たちとしても、もう見て見ぬふりはできなくなってしまいましてね。
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