初級翻訳・ぽつぽのお手帳 第2話

ぽつぽのお手帳

すずちゃんは、目が覚めて蚊帳をどけてもらうと、黒いきれいな目を開けて、その赤いひもをじっと見ていました。
お母さまはときどき立って、そのひもをこちらの方へ少し引いて見ました。
そうすると、すずちゃんの黒い目はすぐに斜めの方へ、こちらを見ました。
今度は向こうへやると、すずちゃんはまた黒目を動かして、そちらの方を見ました。
鈴はひもが動くたびにリンリンと鳴りました。
お母さまは、
「まあ、ちゃんと見えるのですね」
と言って、うれしそうに笑いました。
お父さまはこちらの椅子にかけて見ていました。
お部屋の三方には、真っ白な薄いカーテンがかかっていました。
その中に、すずちゃんの着ている赤いおべべと、つるした赤いひもとが、際立って真っ赤に見えました。

お父さまは、それからまたある日、すずちゃんをぽつぽの前へ抱いていきました。
ぽつぽは喜んで、
「すず子ちゃん、すず子ちゃん、こんにちは。ぽっぽー、ぽっぽー」
と言ってお辞儀をしました。
お父さまは、
「こっちだよ、すずちゃん。こっちをごらんなさい」
と言いながら、すずちゃんをかごの前に座らせるようにして、ぽつぽを見せようとしました。
しかし、すずちゃんは片手を固めてしゃぶりながら、違った方を向いたきりで、いくら教えても少しもぽつぽを見ようとはしませんでした。
ぽつぽは、
「まあ、まだまだお小さいんですね。いつになったら、すずちゃんが『ぽつぽ』とおっしゃるでしょうね」
と、さも待ち遠しそうにこう言いました。
お母さまは、
「本当にいつのことでしょうね」
と言いながら、お乳の時間が来たので、すず子をお膝にとりました。
「なに、じきですよ。今にすずちゃんが一人でぽつぽのところへ来るようになりますよ」
ちょうどいらしていたおばあさまは、こうおっしゃりながら、お乳をいただいているすずちゃんの黒い髪の毛をおなでになりました。
「ああ、ぽつぽにいいものをあげてよ」「はい、これ」とお母さまは、ふと思い出したように、帯の間から小さな赤いお手帳を取り出して、ぽつぽに手渡しました。
お父さまとお母さまは、すずちゃんが早く大きくなることを、いつも心待ちにしていました。
ぽつぽも、そのことばかりを口にして待っていました。
その年の十一月、ぽつぽはまた、すずちゃんやみんなと一緒に、別の町へと引っ越しました。
それは、もうすぐ玉木の大叔母ちゃんが、遠くからひいおばあさまを連れて、すずちゃんに会いに来てくださることになったからです。
それに、あき子叔母ちゃんも一緒に住むことになったので、すずちゃんが生まれたお家では手狭になってしまったからでした。
すずちゃんは、ときどきあき子叔母ちゃんのお膝に抱っこされて、ぽつぽのかごのところへ行きました。
ぽつぽは、こちらのお家でもまた、ガラス戸の中に入れられていました。
すずちゃんがぽつぽのかごの横に立たせてもらうと、ちょうどお口がちょうどかごのふちのところに来るのです。
すると、すずちゃんはいつの間にか、ちゅっちゅっと、かごのふちをしゃぶっていました。
それから、手にもっているガラガラを振りました。
「まあ、すず子ちゃんは、この前と比べると、ずいぶん大きくなりましたねえ」
ぽつぽはそう言って、叔母ちゃんとお話をしました。
それからまた、寒い冬がやってきました。
その冬が明けると、すずちゃんはそろそろハイハイをし始めました。
そしてまた、青い八月が巡ってきました。
すずちゃんは、歩いては転び、歩いては転びしながら、よちよちと十歩くらいは歩けるようになっていました。
その頃には、すずちゃんに会いたい会いたいと大騒ぎをしていたひいおばあさまも、もうこちらへいらしていました。
ある日、すずちゃんは、よちよちとすだれの外へ駆け出しました。
あき子叔母ちゃんは、「あら、危ない!」と言いながら、あわてて追いかけていきました。
すずちゃんは、もう少しで転びそうになったところを、パタリとぽつぽのかごにつかまりました。
「すず子ちゃん、こんちは。ぽっぽー、ぽっぽー」
と、ぽつぽがお辞儀をしながら、二人でそう言いました。
するとすずちゃんは、かごにつかまったまま、そのまねをして「ぽっぽー、ぽっぽー」と言いながら、お辞儀をしました。
あき子叔母ちゃんはそれを聞いて、「おや、今のはすずちゃんでしょうか」と、不思議そうな顔をしてぽつぽに聞きました。
ぽつぽはにこにこ笑いながら、「ええ、最後のはすず子ちゃんですよ。まあ、お上手ですねえ。さあ、もう一度言ってみてごらんなさい。ぽっぽー、ぽっぽー」と言いました。
すずちゃんはまたまねをして、「ぽっぽー、ぽっぽー」とお辞儀をしました。
あき子叔母ちゃんはびっくりして、「あら、まあ、ほほほ! ちょっと、すずちゃんが『ぽっぽー、ぽっぽー』って言いましたよ!」と、思わず大きな声でお母さまを呼びました。
すずちゃんはその声にびっくりして、「わああん!」と泣き出してしまいました。
これが、すずちゃんが言葉を話した一番最初のことでした。
お父さまやお母さまはそれを聞いて大喜びしました。
ぽつぽもそれはもう嬉しくて、来る人ごとにその同じお話をしました。
すずちゃん、あの二人のぽつぽは、こんなときからのぽつぽですよ。
お母さまは、前のお家にいた頃から、すずちゃんが生まれてから今日までのことで、二人のぽつぽが知らないことは、すっかり話して聞かせました。
ぽつぽは、それをみんな、お母さまからいただいた小さな赤いお手帳に書きつけておきました。
二人が見て知っていることは、もちろんすべて書いてあります。
ですから、すずちゃん、大きくなって、ご自分の小さかった頃のことがわからなくなったときには、いつでもぽつぽのお手帳を見せてもらってくださいね。
にゃあにゃあや、黒が来たのは、ぽつぽと比べればずっと後のことです。
にゃあにゃあは、すずちゃんがやっとハイハイをする頃に、あるおじいちゃんが持ってきてくださったのでした。
黒は、ついこの間、お家の犬になったばかりで、もとはその辺を歩いていた野良犬だったのです。
その次に、一番最後に、君がお守りにやってきたのですよ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました