初級翻訳・てがみ 第1話

てがみ

ユウコフは、まだ九つの男の子です。
少し前まで、お母さんと一しょに、いなかの村のマカリッチさまというご主人の家で暮らしていました。
お母さんはその家で、女中として働いていたのです。
けれど、そのお母さんが亡くなってしまったため、ユウコフもその家にはいられなくなり、人づてに頼まれて、三か月前からこの靴屋の店へ、見習いとしてやってきたのでした。
今日はクリスマスの夜です。
ユウコフは、親方や兄弟子たちが教会から帰ってくるまでは、どんなに夜遅くなっても、眠らずに待ち続けなければなりません。
ユウコフはひとりぼっちで、さびしくてたまらなかったので、戸だなからこっそり親方のインキつぼを持ち出し、先のささくれたペンを手にして、しわくちゃの紙に手紙を書き始めました。
だれよりも大好きな、あのマカリッチのご主人にあてようと思いついたのです。

「コンスタンチン、マカリッチのだんなさま。」
と、ユウコフは首をひねりひねり書き出しました。
「だんなさまのところは、クリスマスでにぎやかなことでしょう。
神さまが、だんなさまに、たくさんの良いことをしてくださるように祈っています。
だって、わたしにはお父さんもお母さんもいなくなってしまったから、あとはだんなさまだけなんです。」

ユウコフはここまで書くと、顔を上げて、暗い窓の外を見上げました。
ロウソクの薄暗いあかりが、ガラスにぼんやりとうつっています。
それをじっと見つめていると、マカリッチのご主人の姿が、ガラスの中にありありと浮かんできました。
マカリッチのご主人は六十五歳です。
背が低くてやせているけれど、とても元気なおじいさんです。
いつも楽しそうにニコニコしてばかりいます。
昼間は台所に寝ころんで、料理人をからかったりしていますが、夜になると、大きな羊の毛皮のコートに包まって、家畜の見まわりに出かけます。
ご主人のうしろには、いつもカシュタンカとエールという二ひきの犬がついて歩いています。
今ごろご主人はどうしているだろうと、ユウコフは思いました。
村の教会の窓は明るくかがやいていることでしょう。
ご主人は家の門のところに、フェルトの靴をパタパタさせながら立って、女中たちを笑わせているかもしれません。
「どうだい、一服いかがかね。」
ご主人は、かぎタバコの箱を女中にわたします。
女中はそれを受け取ってくんとにおいをかいで、とてもうれしそうにハッハと笑うのです。
「くさいだろう。あとで鼻の先をよくふくんできな――おやまあ、ものすごく冷え込むじゃないか。みしみしと凍りつくようだ。」
それから、ご主人は、かぎタバコを犬にもかがせます。
カシュタンカは鼻をクンクンならしてにげだします。
エールはむやみにしっぽを振って、かかがせないでくれというようにお世辞をつかいます。
夜空は深く水色に晴れわたっていて、村じゅうがはっきりと浮かび上がっています。
まっ白に雪をかぶった屋根や、煙をはいている煙突や、霜で銀色になった木立などが、まるで幻灯のようにすっきりと見えます。
空では星さまが、おどけたようにまたたいています。
天の川も、クリスマスがやってきたので、雪できれいにみがいたように、白くはっきりと光り輝いています。

ユウコフはため息をついて、また書き続けました。
「きのう、わたしは親方に頭の毛をつかまれて、裏へ引きずり出されてぶたれました。
あかちゃんのかごをゆすぶりながら、居眠りをしてしまったからです。
このあいだも、おかみさんが『ニシンを洗いなさい』と言うので、しっぽの方から洗ったら、いきなり顔をそのニシンでたたかれました。
どうしてニシンをしっぽから洗ってはいけないのか、ぼくにはわかりません。
職人たちも、よくぼくに『キュウリを盗んでこい』と命令します。
このあいだもそれが親方に見つかって、ものすごくぶたれました。
ぶたれるのはがまんできるけれど、ぶたれたあとは、きまって罰として、何も食べさせてくれません。
毎日食べるものは、朝はパンだけで、お昼はスープのような煮込み料理、夜はパンだけです。
お茶やスープは、親方とおおかみさんがみーんな飲んでしまって、ぼくにはくれません。
夜は店先で寝ます。
でも、あかちゃんと一しょに寝かされるので、あかちゃんが泣くと眠れません。
泣きやむまでゆすり続けていなければ、またぶたれます。
マカリッチのだんなさま、お願いですから、わたしをまた村へ連れて帰ってください。
本当にお願いします。」

ユウコフは口をゆがめながら、きたない袖口で目をこすりこすり、泣き出しました。
「だんなさま、わたしは毎日あなたのタバコもきざみます。
あなたのことを、神さまにお祈りもします。
どうか、お願いですから、たすけてください。
働かなければいけないのなら、うちの小僧さんの代わりに、靴みがきをさせてください。
でなければ、畑仕事に出ます。村へ逃げて帰ろうと、ユウコフは何度も思いました。
本当になんどもです。
だけど、ぼくには靴がないんだ。
外はすごく寒いから、はだしじゃ絶対に無理です。
ぼくが大人になったら、だんなさまのためなら何でもします。
だんなさまがもし亡くなったら、ちゃんとおいり(お墓参り)をしてあげます。
本当にお願いです。
ぼくを迎えに来てください。

モスクワはとっても大きな町です。
どの家も、だんなさまのおうちよりずっと立派だし、そのうえ馬が山ほどいます。
羊は一匹もいません。
犬はいます。
だけど、村の犬みたいに、人にほえたりなんかしないんだ。
このあいだ、町でつりざおを売っているお店を見ました。
つりざおには針と糸がついていて、針には作りもののお魚がぶらさがっていました。
針はどれも大きくて、かかっているお魚も、ものすごく大きなサメなんかです。
鉄砲を売っているお店も見ました。
だんなさまが持っているのよりもずっとすごい、百円よりももっと高い鉄砲です。

それから、だんなさまのところのクリスマス飾りの、金色のクルミをすこしだけ取っておいてください。
そしてそれを、ぼくの青い箱の中にしまっておいてください。
おじょうさんが「これなに?」ってきいたら、「ユウコフにあげるんだよ」って、そう言ってあげてください。

ユウコフはまたため息をついて、窓を見上げました。
すると今度は、だんなさまとふたりで、森へクリスマスの飾り木を取りに行ったときのことが、ガラスの中にうかんできました。
その日はとってもいいお天気でした。
だんなさまはオノをかついで、雪の上を「ぜいぜい、ふうふう」言いながら歩いていきます。
すると雪も「ぜいぜい、ふうふう」ときしみます。
だからユウコフも、わざと「ぜいぜい、ふうふう」言いながらついていきました。
飾りにする木を切り倒す前に、だんなさまはまずパイプで一服して、それから、かぎタバコをゆっくりかいで、「にこにこ」しながら、どの木を切ろうかなとまわりを見まわします。
雪につつまれた若いもみの木は、じっと立ったまま、自分が切られやしないかと心配しているようです。

そのとき、矢のように雪の上を飛んでいったものがありました。
ウサギです。
「まてッ!」
だんなさまは大声でなりながら追いかけます。

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