初級翻訳・アリスはふしぎの国で 第28話

アリスはふしぎの国で

純粋な子供時代へのなつかしさから、想像力そのものを描く物語へと変化したことで、作品としての性格が大きく変わったとも考えられるポイントです。

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これまでの視点を踏まえても、また体感的にも翻訳のしやすさは『地底』の方が上です。
ということは、『不思議』の翻訳には失敗がつきものだということになります。しかし、ミスがあったとしても「面白い」ということが伝わったり感じ取れたりするのは、根拠のない話かもしれませんが、翻訳という作業を超えて、言語の壁を突き抜けて伝わってくる「面白さ」がこの作品にはあるからかもしれません。
最後に、とてもくだらない話で恐縮ですが、このお話は「『賢者モード』の状態でないと訳せないのではないか」というのが正直な感想です。
「賢者モード」という言葉がどういう意味なのかを私から説明するのは難しいので、気になる方は検索などで調べてみてください。キャロル後期の作品は、訳者から見ても対象との距離感に少し疑問を感じる部分がまったくないわけではありません。しかし、『不思議』にはそうした雑念がありません。
牧師さん特有のものなのか何なのか、精神的にはとても静かなのです。
物語を語る際に黒い手袋をはめていたというキャロルには、いわゆる「美少女へのフェティシズム」など微塵もなく、むしろ主人公への態度は時に冷たく、儚げでさえあります。
階級社会における「上品でありながら嫌味で強気」な少女であるアリスは、一人の少女としては「怖がりなのに虚勢を張る」のですが、やがて「とんでもない状況をもすぐに楽しむ」ようになり、ついには「ふしぎ」の本質が「ナンセンス=からっぽ」であることを見抜き、その世界を壊すと同時に自分の夢をも崩してしまいます。
チェシャ猫を導き手としたその発展(あるいは成長)は、無自覚な異邦人から意識的なトリックスターへの変化にも見えます。その一方で、ある種の自傷や喪失もその先に透けて見えるからこそ、最後のなつかしさが痛ましいものとなっているのでしょう。
ともかくも、(ミュージカル版から数えれば2009年4月からなので)長かった翻訳もひとまず一区切りです。
何が大変だったかといえば、キャロルという作家の役作り(訳作りではなく)でした。
役者が演じるキャラクターの役作りをするように、私も(かつて役者でもあったので)作家に合わせて役作りをするのですが、とんでもない制約が多くてそれなりに苦労しました。
年齢や私生活、職業など色々とありますが、詳細は翻訳家の秘密ということで。
それにしても、訳し終えたあとに読み返した文章は、元々自分の持っていた文体とはあまりにも違いすぎて、驚くほかありません。
自分の身体を通して記したはずの言葉なのに、訳し終えてしばらく経ってから読み直す自分は、どこか別の世界に迷い込んだかのような気分でした。
そして何かを書こうとしても、あるいは訳文を直そうとしても、それまでと同じようには、思うようには綴れず、(このあとがきをまとめるだけでも)難儀してしまうのです。
翻訳してしまった私自身も、もう訳す前の自分には戻れず、かといって訳している最中の自分にも、もはやなれないのかもしれません。

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翻訳するにあたっては、各種の注釈も参照しました。
先に挙げたテクストに収録されているもののほか、もちろん定番であるマーティン・ガードナーの『詳注』――

Martin Gardner [ed.] (2000) The Annotated Alice: The Definitive Edition, New York: Norton.

そしてエリザベス・シューエルの二冊の著書――

エリザベス・シューエル/高山宏[訳](2012)『ノンセンスの領域』白水社
Elizabeth Sewell (2008) Lewis Carroll: Voices from France, New York: Lewis Carroll Society of North America.

また、日本語で書かれたものとしては、以下のものから学ぶところが大きく、参考になりました。井上秀子[註](1956年)『不思議国のアリス』(開文社出版)
渡辺茂[編注](1975年)『ALICE’S ADVENTURES IN WONDERLAND 「不思議の国のアリス」』(北星堂書店)
稲木昭子・沖田知子(1991年)『アリスの英語――不思議の国のことば学――』(研究社)
稲木昭子・沖田知子(2015年)『アリスのことば学――不思議の国のプリズム――』(大阪大学出版会)
楠本君恵(2001年)『翻訳の国の「アリス」』(未知谷)

そしてインターネット上のサイトでは、復活した『新「アリス」訳解』(http://book.geocities.jp/ohnishi_shousei/alice/)も、とても勉強になりました。
以上の著者のみなさまに、この場を借りて心から感謝いたします。

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インターネットで自由に読めるように翻訳するといっても、時間もお金も無限にあるわけではありません。そこで、私が教えている大学の授業のテキストとしてこの作品を選ぶことで、翻訳に必要な時間と費用をまかなうことにしました。
文学部の学生のみなさん、そして「aozorablog(青空ブログ)」で連載を読んでくださったみなさん、本当にありがとうございました。
翻訳のお供として、Naxos Audiobooksから出ているオーディオドラマ版の朗読CD(2006年新録版)を聴いていました。
アリス役のジョー・ワイアットさんの演技がとても素晴らしく、基本は強気なお嬢様を演じているのに、時折見せる子どもらしい素直さや弱さのメリハリがとても上手でした。
授業中にも毎回学生たちに聴かせていましたが、とても好評でした。
白黒の無声映画、ミュージカル版、『えほんのアリス』と訳し続けてきました。そして、偶然にも私がルイス・キャロルの生誕から150年後に生まれたという縁もあり、キャロルと同じ年齢になる時期に合わせて、『アリスの地底めぐり』とこの『アリスはふしぎの国で』に取り組んできました。
はじめに書いた計画書の通り、「アリスの物語が生まれて150年という節目の年に、30歳になった自分が『地底めぐり』を訳し始めよう」と決め、そして「その3年後の7月4日までに、『ふしぎの国のアリス』を訳し終えよう」という目標を、ここに達成することができました。
残るは『鏡の国のアリス』ですが、そちらもまた近い将来に、という希望(あるいは約束、または誓い)を胸に、ペンを置くことにします。

翻訳の底本:ルイス・キャロル(1865年)『Alice’s Adventures In Wonderland』
上記の翻訳底本は、著作権が切れています。

2014年10月1日~2015年4月4日 翻訳
2015年7月4日 青空文庫版公開
※挿絵は、ジョン・テニエル(1820-1914)によるものです。

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