初級翻訳・ガリバー旅行記 第12話

ガリバー旅行記

皇帝は思いとどまってはどうかと言われましたが、ついに喜んで許してくださいました。
さて、リリパット国では、私がブレフスキュ国皇帝のところへ行ったのは、ただ前の約束を果たすためだけで、二、三日すれば帰って来るだろうと思っていました。
ところが、いつまでたっても私が戻らないので、とうとうやきもきして、大臣一同が会議を開きました。
その相談のあげく、一人の使者がリリパット皇帝の手紙を持って、ブレフスキュ皇帝に会いにやって来ました。
その手紙は、私の手足をしばってリリパットへ送り返してくれというものでした。
その返事はこうでした。
私をしばって送り返すことなどとてもできないことはすでにリリパット皇帝もご存じのとおりだし、おまけに間もなく私はブレフスキュ国を去ることになっているのでご安心ください、というものでした。
とにかく、私はなるべく早く出発しようと思いました。
宮廷の方でも一日も早く行ってもらいたいので、いろいろと手助けをしてくれます。
五百人の職人がかかって、ボートにつける二枚の帆をこしらえました。
私の指図にしたがい、一番丈夫な布を十三枚重ねて縫い合わせました。
私は一番丈夫な太い綱を、十本、二十本、三十本と、一生懸命により合わせました。
それから海岸を探し回って、いかりの代わりになりそうな大きな石を見つけました。
ボートに塗ったりそのほかいんなことに使うため、三百頭の牛の脂をもらいました。
何より骨が折れたのは、オールとマストにするため大きな木を切り倒すことでした。
しかし、これは陛下の船大工が手伝ってくれて、私がただ粗削りすれば、あとは大工がきれいに仕上げてくれました。
一月もすると、準備はすっかり出来上がりました。
いよいよ出発の許可の御命令がいただきたい、と私は陛下に願いました。
陛下は皇族たちといっしょに宮殿からわざわざ出て来られました。
私は皇帝の手にキスしようとして、うつぶせに寝ました。
陛下は快く手を貸してくださいます。
皇后も、皇子たちも、みな手にキスを許してくださいました。
それから、皇帝は二百スプラグ入りの金袋を五十個と、陛下の肖像画をくださいました。
肖像画の方は傷まないように、すぐ片方の手袋の中にしまっておきました。
私はボートの中に、牛百頭、羊三百頭の肉と、それに相当するパンと飲み物を積み込みました。
それから四百人のコックの手でととのえてくれた肉なども積み込みました。
それから、生きた雌牛六頭と雄牛を二頭、それから雌羊六頭と雄羊二頭を、これらは国へ持って帰って飼ってみようと思って積み込みました。
船の中で食べさせるために、干し草を一袋と麦を一袋用意しました。
私はこの国の人間も十人ばかり連れて行きたかったのですが、これはどうしても陛下がお許しになりません。
それどころか、私のポケットをすっかり調べられ、たとえ志願する者があっても人民を決して連れて行ってはならないと誓わされました。
そんなふうにできるかぎりの準備をととのえ、いよいよ一七〇一年九月二十日の朝六時、私は出帆しました。
風は南東だったので、北へ向けて四リーグばかり行くと、ちょうど午後六時ごろ、小さな島の影が見えてきました。
ぐんぐん進んで行って、その島のそばでボートのいかりをおろしました。
ここは誰も住んでいない無人島らしいのです。
私は軽い食事をすませ、ぐっすり眠りました。
六時間も眠ったころ目が覚め、それから二時間ばかりすると夜が明けました。
日の出前に朝飯をすませ、いかりを上げて、風向きもよかったので羅針盤を頼りに昨日と同じ進路をつづけて行きました。
私の考えでは、ヴァン・ディーメンズ・ランドの北東にある群島のどれか一つにたどり着こうと思っていたのです。
だが、その日はついに何も見えませんでした。
翌日、午後三時ごろ、ブレフスキュから二十四リーグばかりも来たかと思える海上で、一隻の帆船を見つけました。
船は南西に向かって進んでいます。
私は大声で呼んでみましたが、返事をしてくれません。
しかしちょうど風が凪いだので、私の船はだんだん向こうへ近づいて行くのでした。
私はありったけの帆を張りました。
半時間もすると向こうの船でも気がついて、合図に旗を出し鉄砲を撃ちました。
私はもう一度故国が見られ、あの懐かしい人たちとも会えるのかと思うと、うれしさがこみ上げてきました。
船は帆をゆるめました。
それで私はその船に追いつきました。
その時刻は九月二十六日の夕方の五時か六時ごろでした。
私はイギリスの国旗を見ただけで胸がワクワクしました。
牛と羊を上衣のポケットに入れると、私は食料の小さな荷物を抱えて、向こうの船に乗り移りました。この船はイギリスの商船で、北海、南海を通って、日本から帰る途中でした。
船長のジョン・ビデルはデットフォッド生まれで、たいへん親切な男でした。
乗組員は五十人ほどいましたが、その中に私の以前の仲間のウィリアムがいたのです。
このウィリアムが私のことを船長にたいへんよく言ってくれました。
船長は私を手厚くもなしてくれました。
いったい、どこから来て、どこへ行くつもりだったのかと話してくれと言うので、私は今までのことをごく簡単に話しました。
だが、船長は私の頭がどうかしていると思ったようです。
いろんな危険に遭ったので気が変になったのだと思い、本当にしてくれません。
そこで私はポケットから黒い牛や羊を出して見せてやりました。
これには船長も非常に驚いて、私の言うことが嘘ではないと納得したようです。
それから私は、ブレフスキュ皇帝からもらった金貨や肖像画や、その他いろいろ珍しい品を取り出して見せました。
私は二百スプラグ入りの金袋を船長にやりました。
船は無事におだやかに進み、一七〇二年四月十日、私たちはダウンスに着きました。
ただ、途中でちょっと不幸な事件が起きました。
それは船にいるネズミどもが、私の羊を一頭、引っ張っていってしまったことです。
きれいに肉をむしり取られた羊の骨は、穴の中で見つかりました。
残りの家畜はみんな無事にイギリスへ持って戻りました。
私はそれをグリニッジの球場の芝生に放してやりました。
ここの草でも食べるかしらと心配でしたが、放してみると、家畜たちはここの草がきれなので喜んで食べるのでした。
私が長い航海の間、この家畜を無事に飼ったのは、まったく船長のおかげでした。
私は船長から特別製のビスケットを分けてもらい、それを粉にして水でこねて、家畜に食べさせていたのです。
イギリスにしばらく滞在している間に、私はこの家畜を見世物にしてかなりお金をもうけました。
が、また私は航海に出ることになって、六百ポンドで売り払いました。
私が妻子といっしょに暮したのはたった二ヵ月でした。
もっともっと外国を見たいという気持ちがうずうずして、どうしても私は家にじッとしていられなくなりました。
そこで私は商船『アドベンチュア号』の乗組員になりました。
この航海の話は、次の『大人国』を読んでください。
第二、大人国(ブロブディンナグ)

1 つまみ上げられた私

私はイギリスに戻って二ヵ月もすると、また故国をあとにダウンスを船出しました。

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