初級翻訳・グスコーブドリの伝記 第7話

グスコーブドリの伝記

老技師はしずかにすべての観測機を調べ、それからブドリに言えました。
「きみはこの山はあと何日ぐらいで噴火すると思うか。
」
「一月はもたないと思います。
」
「一月はもたない。
もう十日ももたない。
早く工作してしまわないと、取り返しのつかないことになる。
私はこの山の海に向いたほうでは、あすこがいちばん弱いと思う。
」老技師は山腹の谷の上のうす緑の草地を指さしました。
そこを雲の影がしずかに青くすべっているのでした。
「あすこには熔岩の層が二つしかない。
あとは柔らかな火山灰と火山礫の層だ。
それにあすこまでは牧場の道も立派にあるから、材料を運ぶことも造作ない。
ぼくは工作隊を申請しよう。
」
 老技師は忙しく局へ発信をはじめました。
その時足の下では、つぶやくようなかすかな音がして、観測小屋はしばらくぎしぎしきしみました。
老技師は器械をはなれました。
「局からすぐ工作隊を出すそうだ。
工作隊といっても半分決死隊だ。
私はいままでに、こんな危険に迫った仕事をしたことがない。
」
「十日のうちにできるでしょうか。
」
「きっとできる。
装置には三日、サンムトリ市の発電所から、電線を引いてくるには五日かかるな。
」
 技師はしばらく指を折って考えていましたが、やがて安心したようにまたしずかに言いました。
「とにかくブドリ君。
一つ茶をわかして飲もうではないか。
あんまりいい景色だから。
」
 ブドリは持って来たアルコールランプに火を入れて、茶をわかしはじめました。空にはだんだん雲が広がってきて、それに日ももう沈んでしまったのか、海はさびしいねずみ色に変わり、たくさんの白い波のてっぺんが、一斉に火山のふもとに押し寄せてきました。
 ふとブドリは、すぐ目の前に、いつか見たことのあるおかしな形の小さな飛行船が飛んでいるのを見つけました。
 老技師も「はっ」と飛び上がりました。
「おっ、クーボーくんがやって来たぞ」
 ブドリもあとに続いて小屋を飛び出しました。
 飛行船はすでに小屋の左側の大きな岩の壁の上にとまっていて、中から背の高いクーボー大博士がひらりと飛び降りました。
 博士はしばらくそのあたりの岩の大きな裂け目を探していましたが、やっとそれを見つけたと見えて、手早くねじをしめて飛行船をつなぎとめました。
「お茶をごちそうになりに来たよ。
ここは揺れるかい?」
 大博士はニヤニヤ笑いながら言いました。
 老技師が答えました。
「まだそれほどでもないんです。
けれども、なんだか岩がぼろぼろと上から落ちてきているらしいんですよ」
 ちょうどその時、山は急に怒り出したように鳴り出し、ブドリは目の前が青くなったような気がしました。
 山はぐらぐらと揺れ続けました。
 見るとクーボー大博士も老技師もしゃがみこんで岩にしがみついていましたし、飛行船も大きな波に乗った船のようにゆっくりと揺れていました。
 地震はやっとおさまり、クーボー大博士は起き上がって、スタスタと小屋の中に入っていきました。
 中ではお茶がひっくり返り、アルコールが青くぽかぽかと燃えていました。
 クーボー大博士は機械をすっかり調べてから、老技師といろいろ話をしました。
 そして最後には言いました。
「もうどうしても、来年は潮汐発電所をぜんぶ作り上げてしまわなければならない。
それができれば今度のような場合でもその日のうちに仕事ができるし、ブドリくんが言っている沼ばたけの肥料だって降らせることができるんだ」
「干ばつだってちっとも怖くなくなるからな」
 ペンネン技師も言いました。
 ブドリは胸がワクワクしました。
 山まで踊り上がっているように感じられました。
 じっさい山は、その時はげしく揺れ出して、ブドリは床へ放り出されていたのです。
大博士が言いました。
「やるぞ、やるぞ。
いまのはサンムトリの市へも、かなり伝わったにちがいない」
 老技師が言いました。
「いまのはぼくらの足もとから北へ一キロばかり、地表の下七百メートルくらいの所で、この小屋の六七十倍くらいの岩の塊がマグマの中に落ち込んだらしいんだ。
だけどガスがいよいよ最後の岩の皮をはね飛ばすまでには、そんな塊を百も二百も、自分の体の中に取り込まなければならないんだよ」
 大博士はしばらく考えていましたが、
「よし、それじゃあ僕はこれで失礼するよ」と言って小屋を出て、いつの間にかひらりと船に乗ってしまいました。
 老技師とブドリは、大博士が明かりを二、三度振って挨拶しながら山を回って向こうへ行くのを見送ってから、また小屋に入り、交代で眠ったり観測したりしました。
 そして夜明けにふもとへ工作隊が着くと、老技師はブドリを一人小屋に残して、きのう指さしたあの草地まで下りていきました。
 みんなの声や、鉄の材料がぶつかり合う音は、下から風が吹き上げるときには、手の取るようによく聞こえました。
 ペンネン技師からはひっきりなしに、向こうの仕事の進み具合も知らせてよこし、ガスの圧力や山の形の変わりようも尋ねてきました。
 それからの三日間は、はげしい地震や地鳴りの中で、ブドリのほうもふもとのほうもほとんど眠るひまさえありませんでした。
 その四日目の午前、老技師からの連絡が入りました。
「ブドリくんかね。
すっかり準備ができた。
急いで下りてきたまえ。
観測の機械は一通り調べてそのままにして、外にあるものは全部持ってくるんだ。
もうその小屋はきょうの午後にはなくなってしまうんだから」
 ブドリはすっかり言われたとおりにして山を下りていきました。
 そこにはいままで局の倉庫にあった大きな鉄材が、すっかり立派なやぐらに組み立てられていて、いろいろな機械はもう電気が来さえすればすぐに働き出すばかりになっていました。
 ペンネン技師の頬はげっそりこけ、工作隊の人たちも顔を青くして目ばかりギラギラ光らせながら、それでもみんな笑ってブドリに挨拶しました。
 老技師が言いました。
「では引き上げよう。
みんなしたくして車に乗りたまえ」
 みんなは大急ぎで二十台の自動車に乗り込みました。
 車は列をつくって山のすそを一直線にサンムトリの市へと走りました。
 ちょうど山と市との真ん中あたりで、技師は自動車をとめさせました。
「ここへテントを張りたまえ。
そしてみんなですぐに眠るんだ」
 みんなは言葉ひとつ発することもできず、そのとおりにして倒れるようにぐっすり眠ってしまいました。
 その午後、老技師は受話器を置いて叫びました。
「さあ、電線が届いたぞ!
ブドリくん、始めるよ!」
 老技師は力強くスイッチを入れました。ブドリたちは、テントの外に出て、サンムトリの中腹を見つめました。
野原には、白百合がいちめんに咲き、その向こうにサンムトリが青くひっそり立っていました。
にわかにサンムトリの左のすそがぐらぐらっとゆれ、まっ黒なけむりがぱっと立ったと思うとまっすぐに天までのぼって行って、おかしなきのこの形になり、その足もとから黄金色の溶岩がきらきら流れ出して、見るまにずうっと扇形にひろがりながら海へはいりました。

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