普通の子どもにはそんなに学校を変えるのはとても辛いのですが、正一君もミヨ子ちゃんも慣れっこになってなんとも思っていません。
ふたりのお母さんは三年ほど前になくなって、いまは、お父さんだけなのです。今度は東京の中で場所を変えて、長く興行することになったので、三ヵ月以上も同じ学校に通えることになりました。ふたりは、とても喜んでいました。その学校で、正一君と同じクラスに、少年探偵団員のノロちゃん(野呂一平君)がいたことは、まことに不思議な縁でした。ノロちゃんは人なつっこい子ですから、新しく転校してきた笠原正一君と、すぐに一番のお友だちになってしまいました。そのことから、この『サーカスの怪人事件』に、少年探偵団が深く関わることになるのです。
さて、大型バスの中には、団長とふたりの子どものベッドが取りつけられてあり、一方の窓ぎわには長い板がついていて、そこが正一君たちの勉強机にもなり、また、その上に鏡などを置いて化粧台にもなるのでした。あまり明るくない車内の電灯が、そこを照らしています。正一君とミヨ子ちゃんは、そこのベッドに腰かけてお父さんの帰りを待っていましたが、ふと気がつくと、ミヨ子ちゃんがかわいい目をまんまるにして、うしろのガラス窓を見つめていました。そして、にいさんの正一君に両手でしがみついてくるのです。
正一君もギョッとして、その窓を見ました。窓の外は真っ暗です。闇の中に、ボーッと白いものが漂っています。それがだんだん、窓ガラスへ近づいてくるのです。近づくにつれて、正体が見えてきました。アッ、骸骨です! あの恐ろしい骸骨がやってきたのです。ふたりはベッドを飛びおりて、だきあって、バスのすみに身をちぢめました。骸骨は窓ガラスにぴったりと顔をつけて、こちらを見ています。黒い穴のような目、三角の穴になった鼻、長い歯をむき出した口、その口がキューッとひらいて、けらけらと笑っているではありませんか。
正一君もミヨ子ちゃんも、あまりの怖さに声を立てることもできず、まるで磁石で引きつけられるように、窓の骸骨をじっと見つめていました。動悸が恐ろしく速くなり、のどがカラカラに乾いて、今にも死ぬかと思うほどでした。しばらくすると、骸骨の顔が窓ガラスからスーッとはなれていきました。立ち去ったのでしょうか? いや、そんなはずはありません。入り口のほうへ回って、ドアを開けて入ってくるのかもしれません。やがて、こつ、こつと足音が聞こえてきました。きっと骸骨の足音です。アッ、音が変わりました。バスの後部の出入り口にある木の段を上がる音です。いよいよ、骸骨が入ってくるのです。正一君とミヨ子ちゃんは、そう思っただけでも息が止まりそうでした。
ドアの取っ手がクルッと回りました。そして、ギーッとドアの開く音。アッ、暗闇の中に立っています。ボーッと、人の姿が立っています。「おまえたち、そんなところでなにをしているんだ?」 ドアから入ってきたのは骸骨ではなくて、お父さんの笠原さんでした。正一君とミヨ子ちゃんは、「ワアッ!」と叫んでお父さんに飛びついていきました。そして、今、窓の外から骸骨がのぞいたことを、震えながら告げるのでした。
「なにッ、骸骨が?」 笠原さんは、いきなりバスの外へとび出していきました。そして、そのへんにいたサーカス団員たちを集めて、懐中電灯で照らしながらあたりをくまなく捜しましたが、怪人の姿はどこにも見えないのでした。骸骨男は、いつでも姿を消す術を心得ているのですから、どうすることもできません。
少年探偵団
骸骨男がなんのためにサーカスに現れるのか、その目的は少しもわかりませんが、こんなことが知れわたったら見物人が来なくなってしまうので、笠原団長は警察に訴えて、なんとかしてこのお化けみたいな怪物を捕らえようとしました。警察でも大勢の制服・私服警官をサーカスに入り込ませて、手をつくして怪物の捜索をしましたが、なんの手がかりをつかむこともできないのでした。
笠原正一君は、なんだか自分たちきょうだいが怪物に狙われているような気がして、怖くてしかたがありません。学校で友だちのノロちゃんにそのことを話しますと、ノロちゃんはそれを少年探偵団長の小林君に知らせました。そこで、いよいよ少年探偵団がこの怪事件に乗り出すことになったのです。この事件の主任は警視庁の中村捜査係長でしたが、小林少年は中村警部と親しい間柄なので、警部に会って、少年探偵団に正一君とミヨ子ちゃんの見はりをやらせてくれと頼みました。「そうか。野呂君と団長の子どもと仲よしなのか。それなら、昼間と宵のうちだけ、きみたちに見はりを頼もう。警察でも見はっているけれども、大人では目についてしまうからね。」「君たちのような少年諸君のほうが、相手にさとられなくていい。それに、君の腕前はわたしもよく知っているからね。しかし、夜なかはだめだよ。まあせいぜい、夜の八時ごろまでだね。そのあとは、わたしの部下にかわらせる。君の団員は小学五、六年から、中学一、二年の子どもだ。そんな子どもに、夜ふかしをさせちゃ、おとうさんたちにしかられるよ。それから、わたしの部下たちが、いつも近くにいるからね。もし、あやしいやつをみつけたら、よびこの笛をふくんだよ。子どものくせに、怪物に手むかったりしたら、ひどいめにあうかもしれないからね。いいかい? わかったね。」
中村警部は小林少年に、くどくどと、いいきかせるのでした。小林君も、ひごろ明智先生からいわれているので、そのことはよくこころえていました。大勢の団員の中から、からだが大きくて力の強い少年で、おとうさんやおかあさんがゆるしてくださるものだけを六人えらび出し、小林君が隊長になって見はりをやることにしました。
骸骨の顔が窓からのぞいた日の翌日です。小林少年と六人の団員は、学校から帰るとせいぞろいをして、正一君とミヨ子ちゃんのバスのまわりに集まりました。みんな変装をしています。浮浪少年のようなきたない服を着て、顔も黒くよごしています。明智探偵事務所には、そういう変装用のきたない服がたくさんそなえてあるので、小林君がそれを持ちだして、みんなに着かえさせたのです。
バスのおいてある原っぱには、いちめんに草がはえ、小さな木もありますし、バスがたくさんならんでいるのですから、かくれるところはいくらでもあります。少年団員のあるものは小さな木のかげに、あるものはバスの車体の下に、あるものは長くのびた草の中に腹ばいになり、また、あるものはバスの後部の出入り口の木の階段のかげに身をかくすというふうに、はなればなれになって四方から正一君のバスを見はっていました。
昼間はなにごともなく、やがて夜になりました。少年たちは、べんとうのかわりにポケットに入れてきたパンをかじって、じっとかくればにがまんをしています。あたりがまっ暗になってきました。見あげると、空に星がキラキラかがやいています。むこうの大テントの中には、あかあかと電灯がついて、バンドの音がはなやかに聞こえてきます。まだサーカスはおわらないのです。やがて、最後のよびものの空中曲芸がはじまるところでしょう。
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