浮浪児に変装した小林少年は、正一君のバスの出入り口の木の階段のかげに身をかくして、ゆだんなくあたりを見まわしていました。バスの中には、正一君とミヨ子ちゃんが、机がわりの台で本を読んでいるのです。
しばらくすると、むこうの大テントの中の電灯がだんだん暗くなっていきました。サーカスがおわったのです。見物たちが帰っていく足音や話し声が、ざわざわと聞こえてきます。それからまたしばらくすると、サーカス団の人たちがそれぞれのバスへ帰ってくるのが、うす明かりにながめられました。正一君たちのバスへも、おとうさんの笠原さんが帰ってきました。
笠原さんはむろん、少年探偵団が見はりをしていることをよく知っているので、バスの階段をのぼるとき、そこにかくれている小林少年をみつけて声をかけました。
「ごくろうですね。うちの正一たちのために、きみたちがこんなにしてくれるのは、なんとお礼をいっていいか、わかりませんよ。しかし、もう夜もふけたから、こんやは帰ってください。あとは警察のほうで、見はりをしてくれますから。」
と、やさしくいうのです。小林君は、「はい、もうじき帰ります。」と答えましたが、笠原さんがバスの中にはいってドアをしめても、持ち場を動くようすがありません。中村警部は八時ごろに帰れといいましたが、少年たちは八時半までがんばろうともうしあわせていたのです。いまはまだ八時ですから、もう三十分見はりをつづけるつもりなのです。
あたりはしいんと静まりかえってきました。大テントの電灯が消えたので、空の星がいっそうはっきり見えます。そのへんはにぎやかな商店街から遠いので、八時でも深夜のように静かなのです。じっとかくれていると、時のたつのがじつに長く感じられます。八時半までのわずか三十分が、二、三時間に思われるのです。
しかし、やっと、腕の夜光時計が八時半になりました。そこで、小林君はみんなを集めて帰ろうかと考えていますと、そのとき……、バスの中から「キャーッ」というひめいが聞こえて、いきなりバスのドアがあき、二つの小さいかげが、木の階段をころがり落ちてきました。正一君とミヨ子ちゃんです。小林君は、とっさに立ちあがり、ふたりを抱きとめるようにして「どうしたんだ!」と尋ねました。すると正一君は、声も絶え絶えにこう言いました。
「あいつがバスの中にいるんだ。骸骨が、僕らに掴みかかってきたんだよ。早く逃げなきゃ……」
ああ、一体どうしたことでしょう。誰もバスの中へ入ったはずはありません。それなのに骸骨男が現れたという正一君たちは、悪い夢でも見たのでしょうか。
【抜け穴の秘密】
小林少年はすぐに呼び子の笛を吹き、警官隊に知らせました。すると向こうの闇の中からバタバタとあわただしい足音がして、五人の警官が駆けつけてきました。
「バスの中に骸骨男がいるんです! 早く捕まえてください!」
小林君が叫びました。
「よしッ!」
警官の一人が、バスの後ろの出入り口へ突進しました。
「おいッ、開けろ! ここを開けるんだ!」
警官は握りこぶしで出入り口のドアを叩いて怒鳴っています。いつの間にかドアが閉まって、開かなくなっていたのです。怪物が中から鍵をかけてしまったらしいのです。しかし、バスの中にいるのは骸骨男だけではありません。正一君とミヨ子ちゃんのお父さんである笠原さんもいるはずです。骸骨男は、笠原さんをひどい目に遭わせているのではないでしょうか。
するとその時、バスの中から恐ろしい音が聞こえてきました。何かが倒れる音、メキメキと板が割れる音、ドシン、ドシンという重いものがぶつかり合う音! 笠原団長と骸骨男が取っ組み合って戦っているのに違いありません。物音はますます激しくなるばかりです。大型バスが揺れ始めたほどです。
「窓だ! 窓を破るんだ!」
警官の一人が叫びました。
「じゃあ、僕を肩に乗せてください。僕が破ります!」
少年探偵団の井上一郎君が、その警官のそばへ駆け寄りました。井上君は団員のうちで一番力が強く、お父さんにボクシングまで教わっている勇敢な少年でした。
「よしッ! 肩車をしてやるから、窓ガラスを叩き割れ!」
警官は井上君をひょいと抱き上げ、自分の肩にまたがらせました。井上君はナイフの柄でいきなりバスの窓ガラスを叩き割って大きな穴をあけ、そこから手を入れて留め金を外し、ガラッと窓を開けました。のぞいてみると、バスの中は電灯が消えて真っ暗です。もう格闘は終わったのか、ひっそりとして何の音も聞こえません。
「おじさん、大丈夫ですか!」
井上君が怒鳴りました。すると闇の中から「うう……」という苦しそうな声が聞こえてきました。ああ、笠原団長はやられてしまったのでしょうか。そして骸骨男は、闇の中にうずくまって、入ってくるやつに飛びかかろうと待ち構えているのではないでしょうか。その時、人の動く気配がしました。いつまでもゴソゴソと動き回っているのです。
「不思議だ。消えてしまった。暗くてわからない。明かりを、明かりを!」
笠原団長の声のようです。
「懐中電灯をどうぞ!」
井上君が言うと、警官が懐中電灯を渡してくれました。井上君はそれをつけて、窓からバスの中を照らしました。丸い光の中に、四つん這いになっている笠原さんが照らし出されました。その光に驚いたように、笠原さんはよろよろと立ち上がりました。
ああ、その姿! パジャマは揉みくちゃになってところどころ破れ、顔にも手にもかすり傷ができて血が流れ、パジャマにも血がいっぱいついています。その血だらけの顔が、懐中電灯の光の中で大きく映し出され、ヌーッとこちらへ近づいてきました。
「それを貸してくれ……」
井上君は言われるままに懐中電灯を笠原さんに渡しました。笠原さんはそれを振り回してバスの中をあちこち調べていましたが、「不思議だ。消えてしまった。どこにもいない……」とつぶやいています。
「骸骨男がいなくなったのですか?」
井上君が尋ねます。
「うん、いなくなった。消えてしまったんだ」
その問答を聞いた警官が、下から怒鳴りました。
「ともかく、入り口のドアを開けてください。鍵がかかっているのです」
笠原さんはよろよろとドアの方へ近づくと、鍵穴にはめたままになっていた鍵をカチッと回し、ドアを開きました。待ち構えていた警官たちが手に手に懐中電灯を持って、バスの中へなだれ込んでいきました。しかし、いくら探しても骸骨男はいないのです。笠原さんは顔の血を拭きながら説明しました。「わたしがベッドでうとうとしていると、あいつはいきなり喉を締めつけてきたのです。
もちろん、あいつですよ。
骸骨の顔をした怪物です。
わたしはびっくりして跳ね起き、あいつと取っ組み合いをしました。
わたしも相当力は強いほうですが、あいつの腕ときたら鋼鉄の機械のようです。
死に物狂いの戦いでした。
だが、わたしは向こうの隅へ押しつけられたとき、隙を見て両足で、あいつの腹を力まかせに蹴飛ばしたのです。
さすがの怪物も、よほどこたえたと見えて、こちらの隅に転がったまま起き上がることもできません。
わたしは、その上から飛びついていったのです。
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