初級翻訳・シグナルとシグナレス 第3話

シグナルとシグナレス

信号機は唾を飲み込んだり、「ええ、ええ」と咳払いをしたりしていましたが、ようやく喉の痛みが治ったようで、もう一度シグナレスに話しかけました。けれど、この時は風がまるで熊のように吠え、まわりの電信柱たちは、山いっぱいの蜂の巣をいっぺんに壊してしまったかのように、ガウンガウンと唸っていました。そのせいで、せっかくの信号機の声も、半分くらいしかシグナレスには届きませんでした。

「ねえ、僕はもう君のためなら、次の汽車が来る時に、一生懸命がんばって腕を下げないことだって、なんだってするんだからね。わかったでしょう?
君もそれくらいの決心はあるよね。
君は本当に美しい。ああ、世界中には僕たちの仲間だってたくさんいるだろう。
その半分は女の人だろうけれど、その中でも君が一番美しいんだ。
もっとも、他の女の人を僕はよく知らないんだけれどね。でも、きっとそうだと思うんだ。どうだい、聞こえるかい?
僕たちのまわりにいる連中はみんなバカだ。のろまだ。僕のところにいる『ぶっきりこ』なんて、僕が君に何を言っているのか知りたくて、ほらごらんよ、一生懸命目をパチパチさせている。あいつときたら、チョークよりも形が悪くてね。ほら、今度はあんなに口を曲げているよ。
あきれたバカだねえ。僕の話、聞こえるかい? 僕の……」

「若さま! さっきから何をべちゃべちゃ喋っているんですか。
しかも、シグナレスのようなやつに向かって、一体何をにやにやしているんです!」

いきなり、本線の信号機がついている電信柱が、イライラが爆発したのか、ゴーゴーと鳴る風の音に負けないくらいの大きな声で怒鳴りつけました。そのあまりの勢いに、信号機はもちろん、シグナレスまで真っ青になって、さっきまで曲げていた体をピタッとまっすぐに直しました。

「若さま、さあ、答えなさい。
役目として、ちゃんとお返事を聞かせてもらわなければなりません!」

信号機は、やっと少し元気を取り戻しました。
どうせ風のせいで何を言っても同じことだとわかっていたので、わざとこう言いました。
「バカめ。僕はシグナレスさんと結婚して幸せになるんだ。それからお前には、チョークのお嫁さんを世話してやるよ」
そう真面目な顔で言うと、その声は風下にいるシグナレスにはちゃんと届きました。シグナレスは怖いけれど、思わずくすっと笑ってしまいました。

さあ、それを見た本線信号機の電柱の怒りようと言ったらありません。
すぐにブルブルッと震え上がり、青白くのぼせきって、唇をキッと噛み締めると、ものすごい勢いで電報を打ちました。なんと一度東京まで信号を送って、風下にいる軽便鉄道の電信柱に、「信号機とシグナレスが何を話していたのか」「今、シグナレスが笑ったのは何に対してか」を問い詰めたのです。

ああ、信号機は一生の失敗をしてしまいました。
実はシグナレスよりも少し風下に、耳がとてつもなくいい、背の高い電信柱が立っていたのです。その電柱は知らん顔をして空を眺めながら、さっきからの二人の話を全部聞いていたのでした。
そこで、その電柱はすぐに東京を経由して、本線の信号機に全部返事をしてしまいました。

本線の信号機は、キリキリと歯ぎしりをしながらその報告を聞いていましたが、すべてを聞き終えると、まるで気が狂ったかのように怒鳴りました。
「くそっ、えいっ!
いまいましい!
あんまりだ!
犬畜生め、あんまりだ!
……ええい、若さま、わたくしだって男ですぜ。
こんなにひどくバカにされて、黙っているとお思いですか?
結婚だなんて、やれるものならやってごらんなさい。
電信柱の仲間はもうみんな反対です。
信号柱の連中だって、鉄道長の命令に逆らえるもんか。
それに、その鉄道長はわたしの叔父さんですぜ。
結婚なりなんなり、好きにやってごらんなさい。
えい、犬畜生め!」

本線の信号機は、すぐさま四方に電報を打ちまくりました。
そしてしばらくの間、顔色を変えてみんなからの返事を待っていました。
どうやら本当に、みんなから反対するという約束を取り付けたようです。それから、きっとあの叔父さんの鉄道長にもうまく頼み込んだに違いありません。
信号機もシグナレスも、あまりの出来事に、今さらながらポカンとして呆れてしまいました。

本線の信号機は、反対の準備が完全に整うと、今度は急に泣き声で言いました。
「あああ……八年の間、昼も夜も寝ないで面倒を見てやったそのお礼がこれか。
ああ情けない。もう世の中は乱れてしまった。
ああ、もうおしまいだ。
なさけない。メリケン国(アメリカ)のエジソンさまも、このあさましい世界を見捨ててしまわれたのか。
オンオンオンオン……ゴゴンゴー、ゴーゴゴンゴー!」

風はますます吹き荒れ、西の空が変に白くぼんやりとしてきました。何だか怪しいなと思っているうちに、チラチラ、チラチラと、ついに雪が降ってきました。
信号機は力を落として青白く立ちすくみ、そっと横目で優しいシグナレスの方を見ました。
シグナレスはしくしくと泣きながら、ちょうどやって来る二時の汽車を迎えるために、しょんぼりと腕を下げていました。そのいじらしいなで肩は、かすかに、かすかに震えておりました。空の上では風が「フイウー」と鳴り、涙など知らない電信柱たちは「ゴゴンゴーゴー、ゴゴンゴーゴー」と唸っています。
さあ、今度は夜になりました。
信号機くんは、しょんぼりと立っていました。
月の光が、雲を青白く照らしています。
雲はこうこうと明るく輝いています。
そこには透き通るような、小さな赤い火や青い火が浮かんでいました。
あたりはシーンとしています。
山脈は、まるで若い白熊の貴族の死骸のように静かに白く横たわり、遠くのほうでは、昼間の風の残り火が「ヒュウ」と鳴って通り過ぎていきました。
それでも、夜は本当に静かです。
黒い枕木はみんな眠りにつき、赤色の三角や黄色の点々など、色とりどりの夢を見ている時、若くてかわいそうな信号機くんは、ホッと小さなため息をつきました。
すると、半分凍えながらじっと立っていたやさしいシグナレスも、同じようにホッと小さなため息をつきました。

「シグナレスさん、本当に僕たちはつらいねえ」
たまらず信号機くんが、シグナレスにそっと話しかけました。
「ええ、みんなあたしがいけなかったのですわ」
シグナレスが青白い顔をして、うなだれて言いました。
みなさん、信号機くんの胸は、もう燃え上がるほど熱くなっています。
「ああ、シグナレスさん。僕たち二人きりで、遠くの遠くの、誰もいないところへ行ってしまいたいね」
「ええ、あたし、行けるならどこへでも行きますわ」
「ねえ、ずっとずっと空の向こうに、僕たちの婚約指輪よりも、もっと高いところに青い小さな小さな火が見えるでしょう。ほら、ね、あそこは遠いですねえ」
「ええ」
シグナレスは小さな唇で、今にもその火にキスをしてしまいそうなほど、うっとりと空を見上げていました。
「あそこには、青い霧の火が燃えているんでしょうね。その青い霧の火の中へ、僕たちいっしょに座りたいですねえ」
「ええ」
「けれどあそこには汽車はないんですねえ。それなら僕、畑でもつくろうかな。

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