リルケの小説『マルテの手記』の中に、こんな忘れられない場面があります。パリのせまい裏通りで、苦しみながら孤独に暮らす主人公のマルテが、ある日図書館で一人の田園詩人のことを知るのです。山の中の静かで古い家で、花や小鳥や本に囲まれて暮らすその詩人の幸福な姿に、マルテは心の中でそっと憧れを抱くのでした。
この印象的な一節は、読んだ人の心にいつまでも残り続けますが、そのモデルとなった田園詩人こそがフランシス・ジャムだと言われています。
最近、ジャムの自伝を開いて読んでいたところ、その第3巻の冒頭に、ピレネー山脈の奥深く、スペインの国境にも近いオルテエズという村で、若い詩人であるジャムが母親と二人きりで静かに暮らし始めた新しいお家の様子が、とても楽しそうに描かれていました。
それは、初めての詩集『暁のアンジェラスから夕のアンジェラスまで』を世に出そうとしていた頃(1898年)のことで、その家への記念すべき最初の来客として、詩人のシャルル・ゲランがはるばる訪ねてきます。
そして二人は、キリスト教の祝日である「棕櫚(しゅろ)の日曜日」を一緒に過ごすのです。
そのときシャルル・ゲランがジャムに贈った詩の断片は、あの山奥の隠れ家のような暮らしぶりを、今でも私たちの目の前にありありと蘇らせてくれます――
おお、ジャム、君の家は君の顔にそっくりだね。
ツタのヒゲがからまって、松の木がそれを優しく覆っている。
風や冬の寒さにも、そして悲しみにも負けず、
君の心のように、いつまでも元気で若々しい。
君の中庭の低い塀はすっかり苔むしていて、
家はつつましい平屋建て、草は生え放題、
庭の井戸や月桂樹のまわりに青々と茂っている。
君の門の扉が、まるで命の消えかけた小鳥のようにギイと鳴くのを聞くと、
おだやかな感動が、ぼくの心をぽーっとさせてしまうんだ。
ぼくはずいぶん長い間、君を訪ねていなかったね、ジャム、
だけど、君はぼくが心に思い描いていた通りの君だった。
ぼくは見ただよ、君の犬が道の端にぐったりと寝そべっているのを、
そして、カササギのような黒と白の帽子の下から、
君のまっすぐな目が、もの憂げにぼくへ微笑みかけているのを。
君の窓は、何かを深く考え込むように地平線のほうへ大きく開いていて、
壁には君のパイプがかかり、本棚のガラス戸には、
詩人たちの本の向こうに、外の田畑の景色がそっくり映り込んでいる。
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ジャム、君の窓にもたれかかっていると、一目でぜんぶが見渡せるんだ。
別荘も、田畑も、地平線も、山の雪景色もね。
五月になって、君が外に出て詩を小声で口ずさんでいると、
空の青さで、君の家の屋根の雨どいの中までがいっぱいになってしまう……
なんと心地よい住まいだろう、我が友よ、ぼくはまたいつ君に逢えるのだろう?
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