初級翻訳・ジストマ退治の話 第5話

ジストマ退治の話

もっとも、小林君のときの話を聞いてみても、みんな同じようになるはずだからそんなに心配いらないはずなのですが、なにぶんこちらの体力がものすごく弱っているので、やっぱり大いに心配になりました。
物理の実験とちがって、病気の治療は「やり直し」というわけにはいきませんので、どうしても慎重を期す必要があります。
そしてついに最後の一本を迎えたときは、武見さんにまた伊東まで来てもらい、まさに「悲壮な決心」で注射を打ってもらったのです。
うちの奥さんはのんきな性格なので、「もうこれでおしまいだね。めでたいことだね!」とはしゃいでいましたが、こっちはそんな余裕はまったくありませんでした。
夜、寝る前に注射を打ってもらって、そのまま布団にもぐりこんだのですが、夜中にふと目をさますと、骨のふしぶしがものすごく痛みだし、体中の骨がガッチリと固定されてしまったかのように、身動き一つできなければ寝返りもうてない状態でした。
やっとの思いでそのままの姿勢でおしっこをとってもらい、じっと我慢して朝を待ちました。
それでもありがたいことに、翌朝にはちゃんと起き上がれるようになり、一日くらい経つとだいたい元の体調に戻りました。
人間が死なないギリギリのラインで、虫のほうを死なせるという限界ぎりぎりの治療は、あまり気持ちのいいものではありませんね。
それから二、三日経って、便の検査をしてもらうために、例の親しいお医者さんのところへ便を届けました。
するとしばらくして、そのお医者さんがすごい勢いで我が家に駆け込んできて、「先生、おめでとうございます! タマゴが一つも見当たりませんよ。いやあ、不思議だなあ!」と、大騒ぎになったのです。
こうして本当にめでたく、「科学の力で病気が見事に治った話」が完成したというわけなのです。
その後、二、三カ月経ってから札幌へ帰り、遠心分離器を使って便の中のタマゴを集める検査をしてもらったのですが、やっぱりタマゴの姿は完全に消えてなくなっていました。
これくらいの成果をもって、私も自分の長年の病気をようやく「放免(完治)」することができたのでした。その病気がすっかり治ったという間違いのない証拠には、その後は健康について気をつかう必要がまったくなり、十年以上の年月が何事もなく過ぎ去っていったことが挙げられます。
その間にあの大きな戦争が起きて、いわゆる戦時の研究のためにずいぶん無理な体の使い方もしましたが、体には何も異常は起きませんでした。
戦争が終わったあとの混乱した時代には、毎月のように超満員になった東北本線に乗って東京へ通い詰めましたが、それも何事もありませんでした。
結局のところ、憎らしいくらいに丈夫になってしまったというわけなのです。
ところで、肝臓ジストマも、胃周囲炎も、どちらもできることならならないほうがいい病気です。
私の場合には、治療の途中で一度もトラブルがなく、順調に治っていきましたが、それでもまる六カ月もの時間がかかりました。
戦争に負けたあとのこの慌ただしい時代には、あまり向いていない病気だと言えます。
胃周囲炎のほうは、原因がよくわからないので仕方ないとしても、肝臓ジストマのほうは、銀座の某のお店でフナのお刺身を食べたことが原因でした。
ですから、あんな危ないものは食べないほうがいいのです。
銀座の某のお店に責任があると決めたのは、次のような調査にもとづいた結論からでした。
まず第一に、私メも小林君も一緒にそのお店でフナのお刺身を食べ、二人ともジストマに感染してしまいました。
それが第一の理由です。
そのときはほかにもお刺身を食べた人がいたので、その人のうんちをもらって、小泉さんに調べていただいたのですが、その結果はシロ(無罪)でした。
ただし、フナによって中に寄生しているものといないものがいるので、これだけでは食べていないという証明にはなりません。
運が悪いと、お刺身の一切れの中にだって百匹も二百匹も虫が入り込んでいる場合があるそうだからです。
もっとも、これだけの理由ではまだ不十分です。
伊東の海の魚はときどき川にも入ってくることがあるので、もしかするとジストマを持っているかもしれません。
そこで、私と同じものを食べていた妻のうんちも調べていただいたのですが、こちらにはタマゴは入っていませんでした。
さらに、もう一つ疑問がありました。
それは、肝臓ジストマの寿命はおよそ七年くらいだそうですが、私は昔、故郷の加賀へ帰るとフナのお刺身が大好きで、よく食べていたのです。
加賀の地方にはジストマはいないということになっていますが、それも本当かどうか怪しいものです。
ところで、いい調査の相手を思いつきました。
それは妻の兄で、金沢に住んでいて、釣りが大好きでフナのお刺身を毎日のように食べている男です。
そこで、その義理の兄のうんちを取り寄せて調べていただいたのですが、こちらにもタマゴはまったく見つかりませんでした。
以上の結果から、金沢のフナでもなく、伊東のお刺身でもない確率が非常に大きく、銀座の某のお店にあったフナである確率が極めて大きいという結論に達したわけなのです。
こんなつまらない調査をしなくても、これからはフナのお刺身さえ食べなければいいだけの話なのですが、二カ月もミルスの注射をしながら体をアンチモンに慣らしている間の退屈しのぎとして、調べてみたことなのです。
このお話の中で、人間を殺さずに虫だけを殺す限界ギリギリの薬と、その正確な薬の量はもちろん科学ですが、患者を単なる実験材料ではなく一人の人間としてしっかりと心得て診察を行う姿勢のほうが、もっと科学的だと言えます。
科学と非科学のちがいは、特別な機械を使うか使わないかにあるのではありません。
どんなことであれ、しっかりと目を開いて現実のものを見るか、それとも目をそむけて見ないふりをするかのちがいなのです。
このお話はもう十年以上も昔のことであり、医学のことは専門外ですので、病状の説明や、薬の名前などは、多少ちがっているところがあるかもしれません。
記憶違いの点ももちろんあることでしょう。
しかし、そういう細かい部分は科学の本質には関わらないことだと思って、図々しくこのような文章を書いたというわけなのです。
(昭和二十四年)

コメント

タイトルとURLをコピーしました