そんなボロボロの体で栄養が十分にいきいわなかったら、死んでしまいますよ」
という、これ以上ないほど力強いお返事でした。
「そうか、そりゃあ万歳だ! 中谷さん、銀座へ肉を食いに行こうぜ!」と岩波さんは大喜びで凱歌(がいか)をあげ、私と小林君を連れて、大急ぎで銀座へとタクシーを走らせたのでした。
三年ぶりに、おそるおそる牛肉を食べてみましたが、やっぱりものすごく美味しかった。
私もなんだか急に楽しくなってきて、お肉をたくさん食べて、体の中にふたたび力がみなぎってきたような気がしながら、意気揚々と伊東の家へと引き返したのでした。
あのとき「そりゃあ万歳だ!」と言ってくれた岩波さんは、今やもう故人となってしまいましたが、「あと半年の命」と言われていたこの私は、厚かましくもこんな文章を書いています。
さて、「ベレルガール」というのは、なんとも不思議なお薬でした。
マッチの頭くらいのとっても小さな粒を、二粒だったか四粒だったか忘れましたが、とにかくそれを夜明けの朝五時頃に飲むのです。
そうすると、午前中はずーっとうつらうつらとして、完全に眠っているわけでもなく、かといってすっきり目が覚めているわけでもない、そんなフシギな心地よさで布団の中にいられるのでした。
もっとも、長年どうしようもなかった悩みがついに解決したという安心感から、心がゆるんでいたせいもあったのかもしれません。
薬を飲むのは一日にたった一回だけで、しかもその飲む時間が早朝の五時という尋常ではないところも、なんだか少し気に入っていました。
一方で、クエン酸ソーダが入った粉薬のほうは毎食後に飲むもので、こちらはごくふつうの飲み方でした。
ところで、本当に不思議なことなのですが、約三週間のあいだ、その「午前中のうつらうつら」を続けながらクエン酸ソーダを飲み続けていたら、あれほど苦しかった「胃袋の存在」が、いつの間にかまったく気にならなくなってきたのです。
人間の体なんて本当にシンプルなもので、理屈通りにちゃんと治るものなんだなと、ちょっと気恥ずかしくなると同時に、これをきっかけに西洋医学をあまりバカにするのはやめようと心に決めました。
三週間に一遍くらいのペースで東京へ出ていき、武見さんに診てもらうたびに、「あなたは本当にお手本のような素晴らしい患者さんだ。すごく順調に治っていますよ」と褒められました。
結局、二カ月くらい経った頃には、胃の不快な症状はすっかり消え去り、おしっこの中に出ていた胆汁もまったく出なくなりました。
これで、肝臓ジストマ退治に向けた「準備工作」はひとまず完了です。
ここからはいよいよ、本番である肝臓ジストマ退治にとりかかるというわけなのです。
胃袋のほうは驚くほどきれいに治りましたが、なんといってもこちらは三年越しの闘病生活の後であり、何千匹というジストマたちがまだ肝臓の中でがんばって居座っていますから、そう急に体全体の栄養状態まで完璧によくなるというわけにはいかなかったのです。そこでまずは、体をアンチモンという薬に慣れさせるのがいいということになりました。
それには「ミルス」という、日本で作られたアンチモン注射のお薬がありました。これは効き目も弱い代わりに、そのぶん副作用も少ないので、まずはそれで体を慣らすことにしたのです。
武見さんの考えでは、一日おきに二十五本くらい注射すればいいだろうということでした。
途中で風邪をひいたり、おなかをこわしたりしたらお休みしなければならないので、まずは二カ月の我慢が必要でした。
もっとも、こちらの注射は危なくないので、伊東にある親しいお医者さんにやってもらえばよく、その点は簡単でした。
ただ、二カ月のあいだ他のトラブルを起こさないように気をつけるのには、ちょっとまいってしまいました。
ときどきうんちを調べて検査してもらいましたが、なかのタマゴは相変わらずたくさんあって、減る気配すら見えませんでした。
結局二カ月かかって、この注射は肝臓ジストマの退治にはまったく役に立たないということを証明して、おしまいになってしまったのです。
そのあいだ体の方は、相変わらずだいたい調子がよく、副作用もほとんどありませんでした。
「もうこれでおしまいにして次へいこう」ということになり、いよいよ本番の「ファーディン」という強力な薬にとりかかることになりました。
こちらの注射は十本だったと記憶していますが、四日おきくらいに、お尻の筋肉へ注射するのです。
薬の量も多いし、アンプルの見た目もなんだか厳めしいし、そのうえ前々から「きついぞ」とおどかされていたので、ちょっとこわかったです。
そのため、記念すべき最初の一本目は、武見さんにわざわざ伊東まで来てもらって、自分の家で打ってもらうことにしました。
もっとも、武見さんのほうではすっかり自信があったようです。
昔、ファーディンで亡くなってしまった例があるという話を聞いていたので、その副作用を防ぐための研究を、なんと猫を使って事前にしてくれていたのです。
ふつう、こういう副作用を防ぐときは、カルシウムをいっしょに注射するのが当たり前のやり方でした。
実際にやってみると、なるほど確かに副作用はないのですが、それと同時に肝心のアンチモンまで効かなくなってしまい、これでは全く意味がありません。
そこでいろいろ考え抜いた末、ビタミンCとグルタチオンという成分をいっしょに注射すれば、副作用も少なくなり、しかもアンチモンもしっかり効くという素晴らしい結果が得られたそうなんです。
それにもちゃんと科学的な理屈があったのですが、くわしい内容はすっかり忘れてしまいました。
それにしても、注射のあとはなるべく動かないほうがいいということだったので、お部屋に布団を敷いてもらい、その上で両腕にビタミンCとグルタチオン、そしてお尻にファーディンを打ってもらって、そのままぐっすり眠ることにしました。
目を覚ましてみると、なーんともありません。
第一本目は見事に大成功したのです。
「これなら大丈夫だ!」ということで、二本目からは東京へ出かけ、ちょうど文理大の藤岡君のお母さんが慶応病院に入院していたので、その病室の隅を少しだけ借りて、しばらくそこに寝かせてもらいながら、注射を続けていきました。
五本目くらいまでは、これといって何ごともありませんでした。
そしてうんちを調べて検査してもらうと、タマゴの数はあまり減っていないけれど、少し小さくなっているということでした。
それを聞いて大いに勇気づけられ、だんだんと注射を進めていくと、今度は少しずつ副作用が出てきたようでした。
ちょっと熱が出たり、体のふしぶしが痛んだりして、あまり気持ちがよくありません。
薬の成分がだんだん体の中にたまってきたからなのでしょう。
しかし、「ここからが本当に薬が効く証拠だ」とはげまされて、我慢して注射を続けました。
便の中のタマゴがものすごく小さくなったということは、中の虫たちがかなり弱っているに違いないと言われ、それを大いに頼りにしてがんばりました。
しかし、後になればなるほど、副作用はますますひどくなっていきます。
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