町はずれの森の中に、一歩のかわいらしいモミの木が立っていました。
そこはとてもすてきな場所で、お日さまの光もたっぷりあたり、空気も新鮮で十分すぎるほどでした。
まわりには、もっと大きな仲間のモミの木やマツの木がたくさん立っていました。
けれども、小さなモミの木は「もっと大きくなりたい、早く大きくなりたい」と、そればかりを願ってじりじりしていました。
そんなわけで、あたたかなお日さまや、すがすがしい空気のことなんて、これっぽっちも考えていなかったのです。
農家の子供たちが、野イチゴやキイチゴをつみにきて、そのへんを歩きまわっておしゃべりをしていても、そんなことは気にもとめませんでした。
子供たちは、イチゴをかごにいっぱいつんだり、野イチゴをわらにさしたりすると、よく小さなモミの木のそばにすわって、こう言いました。
「ねえ、なんてちっちゃくて、かわいいんだろう!」
ところが、モミの木にしてみれば、そんなことは聞きたくもありませんでした。
つぎの年になると、モミの木は、長い芽だけ、一つぶん背が伸びました。
またそのつぎの年になると、さらに長い芽が一つ、また増えました。
モミの木からは、毎年新しい芽が出てのびていきますから、その節の数をかぞえれば、その木が何歳になったのかがわかるのです。
「ああ、ぼくも、ほかの木とおんなじように、もっと大きかったらなあ!」
小さなモミの木はため息をつきました。
「そうだったら、枝をうんとまわりにひろげて、てっぺんから広い世界をながめることができるのに! 鳥だって、ぼくの枝のあいだに巣をつくってくれるだろうなあ! 風が吹いてくりゃ、ぼくだって、ほかの木とおんなじように、じょうひんにうなずくこともできるんだがなあ!」
明るいお日さまの光も、鳥も、頭の上を朝から晩まで流れてゆく赤い雲も、モミの木の心を、すこしもよろこばせてはくれませんでした。
そのうちに、冬がやってきました。
あたりいちめんに、キラキラかがやくまっ白な雪が降りつもりました。
すると、ウサギが何度もとび出してきて、この小さな木の上をひょいっととびこえて行きました。
――ああ、まったくいやになっちまう!――
でも、冬が二度すぎて、三度めの冬になると、この木もずいぶん大きくなりました。
ですから、ウサギは、そのまわりをぐるっとまわって行かなければならなくなりました。
ああ、大きくなる! 大きくなって、年をとるんだ! 世の中に、これほどすてきなことはない、とモミの木は思いました。
秋には、いつもきこりがやってきて、いちばん大きな木を二、三本、切り倒しました。
これは、毎年毎年くり返されることです。
いまではすっかり大きくなった、この若いモミの木は、それを見ると、ぶるぶるっとふるえました。
なにしろ、大きいりっぱな木が、メリメリポキッと、恐ろしい音をたてて、地べたにたおれるのですからね。
それから、枝が切り落とされると、まるはだかになってしまって、ひょろ長く見えました。
こうなれば、もうもとの形なんか、ほとんどわからないくらいです。
やがて、木々は車にのせられて、ウマにひかれて、森の外へ運ばれていってしまいました。
いったい、どこへ行くのでしょう? そして、これからどうなるのでしょう?
春になって、ツバメやコウノトリが飛んでくると、モミの木はたずねてみました。
「あの木がみんな、どこへ連れていかれたか、あなたがた、知りませんか? 途中で会いませんでしたか?」
ツバメは、なにも知りませんでした。
しかし、コウノトリは、なにか考えこんでいるようでした。
そして、やがてうなずきながら、こう言いました。
「そうだ。きっと、こうだろうよ。ぼくがエジプトから飛んできたとき、新しい船にたくさん出会ったんだ。船には、りっぱな帆柱があったけど、きっと、あれがそうだよ。モミのにおいもしていたしね。みんな、高く高くそびえていたよ! これが、きみに教えられることさ!」
「ああ、海をこえていけるくらい、ぼくも大きかったらなあ! その海ってのは、いったいどんなものですか? どんなものに似ているんですか?」
「そいつを説明しだしたら、とっても長くなっちまうよ」
コウノトリはこう言うと、むこうへ行ってしまいました。
「おまえの若さを楽しみなさい」
お日さまがキラキラかがやきながら言いました。
「おまえの若々しい成長を、しあわせに思いなさい。おまえの中にある若い命を楽しみなさい」
すると、風はモミの木にキスをして、露はその上に涙をこぼしました。
けれども、モミの木には、なんのことかさっぱりわかりませんでした。
クリスマスのころになると、ずいぶん若い木が、幾本も切りたおされました。
その中には、ほんとに小さな若い木もあって、このモミの木ほど大きくもなければ、年もそんなにちがわないものもありました。ところが、モミの木は、ちっとも落ち着いてはいられません。
やっぱり、どこかへ行きたくて、行きたくてたまらなかったのです。
切られた若い木々は、どれもこれも、よりによって美しい木ばかりでした。
そして、いつも枝をつけたまま車にのせられました。
そして、馬にひかれて、森の外へ運ばれていってしまうのです。
「みんなどこへ行くんだろう?」と、モミの木はたずねました。
「ぼくより大きくもないのになあ。それに、ぼくよりずっと小さいのだってあった。どうして、みんな枝をつけたままなんだろう? どこへ行くんだろう?」
「ぼくたちは知ってるよ。ぼくたちは知ってるよ」と、スズメたちがさえずりました。
「ぼくたちはね、むこうの町で、窓からのぞいたんだよ。みんなどこへ連れていかれたか、ぼくたちは知ってるよ! とってもとってもりっぱに、きれいになっていたよ。ぼくたち、窓からのぞいてみたんだもの。あったかい部屋のまんなかに植えられて、そりゃあ、きれいなものでかざられていてね。金色にぬったリンゴや、ハチミツの入ったお菓子や、おもちゃや、それから、何百っていうろうそくで、きれいにかざられていたよ!」
「で、それから――?」と、モミの木は、枝という枝をふるわせて聞きました。「それから? ねえ、それからどうなったの?」
「それから先は、ぼくたち見なかったよ。だけど、くらべるものもないくらい、とってもすてきだったよ!」
「ぼくも、そういうすばらしい道を進んでいくようになるだろうか?」と、モミの木はうれしそうにさけびました。「海の上を行くよりも、このほうがずっといい! ああ、たまらないや! クリスマスだったらいいのになあ! もうぼくだって、こんなに大きくなって、去年連れて行かれた木ぐらいになっているんだもの!――ああ、早く車の上にのりたいなあ! あったかい部屋の中で、きれいに、りっぱになれたらなあ!」
「だけど、それから――? うん、それからは、もっといいことが、もっときれいなものがくるんだ。そうでなきゃ、ぼくをそんなにきれいにかざってなんかくれやしないだろう。
初級翻訳・モミの木 第1話
アンデルセン ハンス・クリスチャン
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