初級翻訳・三人兄弟 第2話

三人兄弟

正直で賢い一郎次のことですから、ぐんぐん出世していき、十年経つか経たないうちに「検非違使(けびいし)」という役職になりました。
そして名前も「左衛門尉清経(さえもんのじょうきよつね)」と改めました。
検非違使というのは、ちょうど警察署長と裁判所長を合わせたような、大変権力があって偉い役職で、盗賊や悪者を捕まえて裁判にかけるのが仕事でした。
一郎次はこんな風に大出世しましたが、真ん中の道を進んだ二郎次と、左の道を進んだ三郎次とはどうなったでしょうか。

三 真中の道

真ん中の道を進んだ二郎次は、兄と弟と別れてからは、駆け出したい気持ちで足を早めて急ぎました。
しかし、真ん中の道が一番近いと思ったのは、とんだ勘違いだったようで、二里歩いても三里歩いても道の両側には竹やぶばかりが続いていて、寂しい田舎道がどこまで行っても途絶えません。
そのうちに、早く暗くなる秋の日がいつの間にかすっかり暮れてしまい、人通りのない街道はとても寂しくなりました。
三人兄弟の中で一番気が強い二郎次も、これにはすっかり困ってしまいました。
「この様子では、今夜のうちにはとても都へ着けそうにない。どこかで一晩泊まることにしよう」
と思いました。
ちょうどその時、道の脇にお地蔵様のお堂があったので、その縁側に上がってそこで一夜を明かすことにしました。
ところが真夜中ごろのことでした。
ぐっすり眠っている二郎次の肩をゆすぶって、
「おいおい」
と起こす人がいました。
二郎気が驚いて起きてみると、見知らぬ男が自分の肩に手をかけていました。
ちょうどその時、空高く上ってきたお月様の光でその男の顔を見ると、それは武士らしくいかにも強そうな男でした。
その男は、二郎次が目を覚ましたのを見ると、
「おい、お前は一体どこの者だ。なぜこんな所で寝ているのか」
と聞きました。
二郎次は少しおずおずしながら、丹波の国から都へ行くわけを話しました。
すると、その武士は親切そうな笑顔を作って、
「それはちょうどいい。わしの仕えている殿様は、お前のような若者なら何人でもお抱えになるのだ。わしの殿様に仕える気はないか」
と言いました。
それを聞くと、二郎次は小躍りして喜び、すぐにでもお仕えしたいと答えました。
やがて、二郎次は武士に連れられて、その殿様のお屋敷へ行くことになりました。
しかし不思議なことに、武士は都のほうへは行かずに、道から左へ折れて、小川に沿った細い道をどんどん進んで行くのでした。
二郎次はちょっと不思議に思って、
「そのお殿様というのは、都にお住まいではないのですか」
と聞きました。
すると、武士は何気ない顔をして、
「都にもお屋敷はあるが、今はみぞろが池のそばに住んでいらっしゃるのだ。お前が都見物に行きたいなら、明日でも連れて行ってやろうぞ」
と、言いました。そのうちに、道の行く手に、月の光に照されて鏡のように光る大きな池が見えてきました。しかしその池の水際には、蘆(あし)やよしが沢山生い茂っている上に、池のぐるりには大木が生い茂り、大蛇でも住みそうな気味の悪い大池でありました。
二郎次は、こんな寂しいところに殿様のお館があるのだろうかと不思議に思いました。すると武士は、
「私から離れないようにせよ」
言いながら、大木の森の中の細い道をずんずん歩いて行くのです。
そうして二、三丁(約200〜300メートル)ほど来た頃です。急に今までの森がなくなったかと思うと、池に沿って広い平地があり、その平地の真中には、それはそれは立派な御殿が建っていました。
二郎次にとっては、生まれて初めて見るほどの美しく大きな御殿でありました。
先に立って歩く武士は、
「さあ、お前も遠慮なく入るがよい」
と言いながら、その御殿の中へつかつかと入って行きました。
玄関から何間(なんげん)もの部屋を通り過ぎたと思う頃、一つの大広間にたどり着きました。
その大広間では、銀の皿に立てられた灯りが幾十となく輝いて、昼のように明るく照らされていました。
見ると、その広間の中には、どれもこれも強そうな男が三十人ばかり集まってお酒の宴会をしていました。
そして一番高い上座には、身の丈が六尺(約180センチメートル)もあるような大男が、胡座(あぐら)をかいて座っていました。
それはそれは猛々しく強そうで、獅子でも虎でも一掴みにしそうな男でした。
二郎次を連れて来た武士は、その大男の前へ二郎次を進み出させると、
「この若者が奉公をしたいと申しますので、連れてまいりました」
と報告しました。するとその大男は、
「よしよし」
と、破れ鐘のような野太い声を出してうなずきました。
それからは、二郎次も皆と一緒にお酒を飲んだり、ごちそうを食べたりしました。
それは生まれて初めて食べるようなごちそうを、お腹いっぱい味わうものでした。
二郎次は心の中で、
「その日のうちに働く場所が決まって、その上こんなおいしいごちそうが食べられるとは、これほどうまい話はない。自分が進んだ真ん中の道は、一番幸運な道だったな」
と思いました。
それは次の日の夜のことでした。
昨日二郎次を案内して来た武士がやって来て、
「今晩は、お殿様が都へお出でになるのだ。お前もお伴をさせてやる」
と言いました。
しばらくすると、いよいよ出発ということになりました。
お殿様という六尺近い大男は、立派な白い馬にひらりとまたがりました。
その後から、位の高い家来が六、七人ほど馬に乗って続きました。
その他の残った者たちは、それぞれお殿様の馬を囲むようにして行列を作って歩きました。
不思議なことに、どの男もどの男も、弓や長刀(なぎなた)といった武器を持っていました。
二郎次にも、「お前にはこれを貸してやる」と言って、一本の太刀が渡されました。
二郎次は、「こんなに夜遅く、お殿様は一体どこへ行くのだろうか」と不審に思いながらも、黙って後をついて行きました。
やがて、大きな川にかかっている橋を渡ると、そこはもう都の中であるらしく、立派な家々がずらりと並んでいました。
その中で、一行は一番立派な家の前にピタリと止まりました。
そして、みんなで何やらヒソヒソと相談を始めました。
二郎次は、「お殿様の都のお屋敷というのは、もしかしてこの家のことなのだろうか」と思っていました。すると、五、六人の男たちがヒョイッと仲間の列から離れたかと思うと、その立派な家の塀をスルスルと素早く登っていきました。
「オヤオヤ」と二郎気が驚いているうちに、塀を登って中に入った男たちが内側から門を「ギイッ」と開き、残りの仲間たちも長刀や太刀を抜き放って、「ドヤドヤ」と門の中へ激しく押し入っていきました。
二郎次はあまりの恐ろしさにブルブルと震えていましたが、昨日案内をしてくれた武士がそばにやって来て、こう言いました。
「どうだ、驚いたか。俺たちがお殿様と呼んでいるのは、この頃都でも名の知れた『鬼童丸(きどうまる)』という大泥棒なのだ。お前は一度、ここに奉公すると言ったのだから、今さら逃げるわけにはいかないぞ。さあ、俺と一緒にここで見張り番をするんだ!」
これを聞いた二郎次は、腰を抜かすほどびっくり仰天しました。

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