初級翻訳・三人兄弟 第1話

三人兄弟

一 三筋の別れ道

 まだ天皇陛下の都が京都にあった頃で、今から千年も昔のお話です。
 都から二十里ばかり北に離れた、丹波の国のある村に、三人の兄弟がおりました。
 一番上の兄を一郎次と言いました。
 真ん中を二郎次と言い、末の弟を三郎次と言いました。
 兄弟と申しましても、十八、十七、十六という一つ違いで、背の高さも同じくらいでした。顔の様子や話し方まで、どれが一郎次でどれが二郎次だか、他人には見分けがつかないほどよく似ていました。
 不幸なことに、この兄弟は小さい時に両親と別れてしまったため、少しばかりあった田や畑もいつの間にか他人に取られてしまい、今では誰も気にかけてくれる人もおらず、他人の仕事などを手伝って、ようやくその日その日を暮らしておりました。
 ですが、貧乏ではありましたが、三人とも大の仲良しでありました。
 ある夜のことでありました。
 一郎次は、何かひどく考え込んでいましたが、ふと顔を上げて、
「こんなにして、毎日この先の見込みもなく、ブラブラ暮らしているよりも、いっそのこと都へ行ってみようかしら。都には、面白いことや賑やかなことがたくさんあるそうだが」
と、言いました。
 それを聞くと、二郎次も三郎次も声をそろえて、
「それがいい、それがいい。都へ行けば、きっといいことがあるに違いない」
と、申しました。
 一郎次は、
「それなら善は急げと言うから、明日にも出発しよう」
と、言いました。
 そしてその晩は、みんなでいろいろと出発の用意をいたしました。
 あくる日は、秋の空が気持ちよく晴れ渡って、太陽までが三人の出発を祝っているようでありました。
 三人は元気よく村を出て、南へ南へと都のほうを目指して急ぎました。
 途中で一晩泊まりました。
 村を出て二日目の朝、大きな峠を登りますと、その峠の頂上から遥か彼方に、朝もやの中に数え切れないほどの家々が地面いっぱいに並んでいるのがかすかに見えました。
「ああ、都だ!」
と、三郎次が大喜びの声を上げました。
 それから兄弟三人は、前よりもいいっそう足を早めて、峠を駆け下りました。
 ですが、峠を下りてから都まではよほどあるらしく、歩いても歩いても、黄色い稲田が道の両側にどこまでも続いていました。
 大きなイチョウの木が、道の脇に一本立っていました。ふと見ると、今まで一本道だった道が、そのイチョウの木の所から三筋に分かれているのに気がつきました。
 兄弟はちょっと困ってしまいました。
「どの道が一番近いのかな」
と、一郎次が言いました。
「真ん中の道が一番近そうだ」
と、二郎次が言いました。
「いや、左の道が一番近そうだ」
と、末の弟が言いました。
 すると、一郎次は何か考え込んだあとで、
「私は、一番右の道が近いように思うんだ。だが、どの道を行っても、都へ行き着けるのは確かだ。兄弟が一緒に揃っていては、奉公口を見つけるのにも都合が悪くはないだろうか。それよりも、みんな別れ別れに、自分の近いと思う道を歩いて、それぞれの運を試してみようか」
と、言いました。
 「それはいい思いつきだ」
と、二郎次はすぐに賛成しました。
三郎次は、兄たちと別れるのはちょっと悲しかったのですが、もともと元気のよい若者ですから、
「それなら、そうすることにしよう」
と言いました。
 それで、一郎次は右の道を、二郎次は真ん中の道を、三郎次は左の道を進むことになりました。
 別れる時に、二郎次は兄と弟を振り返りながら、
「たとえここで別れても、兄弟がそれぞれ都で出世すれば、必ずどこかで会えるに違いない」
と、元気よく言いました。

二 右の道

 まず初めに、右の道を進んだ一郎次のお話をいたしましょう。
 一郎次は二人の弟と別れて足を早めて歩きましたが、その道は大層景色のよい道で、両側には美しい秋の草花が咲き乱れていました。
 二里も歩いた時、黄色い稲田の向こうに、青空にそびえ立つ五重の塔が見えました。
 「ああ、もう都もすぐだぞ!」
と、一郎次は小躍りして喜びました。
 ところが、ちょうどその時でした。
 道の行く手に砂煙が立ったかと思うと、その砂煙の中から一頭の白い牡牛が、太い鉄のような角を左右に振り立てながら、飛ぶように走ってきました。
 きっとこの牛は何かに驚いて、気が狂ってしまったのでしょう。両の目は炎のように真っ赤で、目の前にあるものは何でもその角で突き飛ばそうとするような勢いです。
 一郎次は、その恐ろしい勢いを見て体を道の脇へよけようとしましたが、牡牛はかえって一郎次のほうへまっすぐ突き進んできて、ハッと思う間もなく、一郎次を二つの角で引っ掛けたかと思うと、一間余りも投げ飛ばしたまま、また砂煙を蹴立てて走っていきました。
 投げ飛ばされた一郎次は、右の脇の下に刀でえぐられるような痛みを感じました。
 彼は、もう死んでしまうのではないかと思いました。
 「ああ、俺は一番損な道を来てしまったものだ……」右の道を来たために、都の入口で死ななければならないのだろうか。
と、心の中で思いました。
しかし、そのうちに傷の痛みがどんどん強くなって、いつの間にか気が遠くなってしまいました。
何時間経ったのか、何日経ったのか、一郎次にはわかりませんでした。
ふと目を覚ますと、自分はとても立派な御殿の中に寝かされていました。
自分の体の上には、生まれたときから一度も見たことがないほど美しい、絹のお布団がかけてありました。
枕元には、銀のお椀に入ったお薬が置いてありました。
そしてふと気づくと、お部屋の中に美しい女性が一人座っていました。
あまりにも様子が変わっているので、一郎次は驚いて起き上がろうとしましたが、右のわきの下がまた急にズキッと痛みました。
一郎気が目を覚ましたのを見て、その女性は、
「やっとお気が付きましたね。どうぞご心配なさらないでください。ここは、左大臣である藤原道世(ふじわらのみちよ)様のお屋敷でございます。
実は昨日、道世様が鞍馬(くらま)のお寺へお参りに行かれる途中、お車を引く牛が暴れ出して、あなたにそんな大けがを負わせてしまったのです。
道世様はそれを大変お気の毒に思われ、『お寺へ参る途中で人を殺しては仏様に申し訳ない、できるだけ手厚く看病して、あの若者を治してやれ』とおっしゃいました。それであなたをこの御殿へ連れて来て、都で一番のお医者様に看病をさせているのですよ」
と、言いました。
一郎次は、夢ではないかと驚きました。
左大臣の藤原道世と言えば、天皇陛下の第一番の家来であり、丹波国の田舎にまでその名が知れ渡っている、とても偉い人でした。
その女性は、しばらくするとこう言いました。
「道世様がこうおっしゃっていました。
『この若者は、遠い田舎から都へ出て来て、親類もいない者に違いない。傷が治ったら、家来にして使ってやろう』とね」
それを聞くと、一郎次は傷の痛みも忘れてしまうほど喜びました。
左大臣である道世様の家来になることは、田舎の百姓の子である一郎次にとって、この上ない大出世でした。
一郎次の傷はほどなくして治りました。
そして約束の通り、左大臣の家来になりました。

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