どう?」
「わあっ、うまい、うまい」
並木がまたさきに歓声をあげ、大吉もさんせいらしい笑顔でうなずいた。
日曜日は朝から曇っていた。
ふりさえしなければ、一本松から一里の道を歩くにはかえって都合がよかった。
歓迎会は一時からというので、十二時にはもう家を出た。
以前ならば十五分ほどバスにのればゆけた道を母子はてくてくと歩きだした。
珍らしいことなので、出あう人がきいた。
「おそろいで、どちらへ?」
返事をするのは並木ときまっていた。
並木は少しふざけて、
「ぴくにいくんだよ」
それはピクニックというのをわざとそういったのであるが、だれにも通じなかった。
ききかえすものもなかった。
それがまた、二人にはおもしろくてたまらなかった。
向こうから知った人の姿があらわれるたびに、
おそろいでどちらへ、
と二人は、母子三人だけに聞こえる声でいう。
すると、かならずそれはあたった。
「おそろいでどちらへ?」
「ぴくにいくんです」
並木はすごく早口でいって、とっととゆきすぎた。
大吉がおっかけていって、二人はしゃがみこんで笑う。
こんなことは生まれてはじめてなので、二人はうきうきしていた。
何度も同じことをくりかえしているうち、もうたずねる人もなくなったころには、隣りの村にさしかかっていた。
本村にさしかかり、お母さんと別れねばならぬ場所が近づくと、さすがのきょうだいも少し不安になったらしく、かわるがわるきいた。
「お母さん、ぼくらのピクニックのほうが早くすんだらどうしよう」
「そしたら水月の下の浜で、石でも投げてあそんどればいい」
「本村の子が、いじめにきたら」
「ふん、並木もいじめかえしてやりゃあいい」
「ぼくらより強かったら」
「かいしょうのない、大きな声でわあわあ泣くといい」
「笑われらァ」
「そうだ、笑われらァ。泣き声がきこえたら、お母さんも水月の二階から手たたいて笑ってやらァ」
「お母さんの歓迎会、浜の見える部屋?」
「たぶんそうだろう?」
「そんならときどき顔出して見てなあ」
「よしよし、見て、手をふってあげる」
「そしたら、大石先生とこの子じゃと思うて、いじめんかもしれん」
並木に大石先生といわれたことで、大石先生は思わずにやりとなり、
「へえ、大石先生か、このお母さんが……」
岬では泣きみそ先生といわれているといおうとしてやめた。
別れ道へきていた。
そこから二人は八幡山へ登るのだった。
十間ほどもいってから、大吉が叫んだ。
「お母さん、もしも、雨降ってきたら、どうしようか?」
「あんぽんたん。
二人で考えなさい」
水月まではもうあと十分たらずだった。
まっすぐに歩いてゆくと、向こうから早苗とミサ子が子どものように走ってきた。
「せんせえ」
ろくにあいさつもしないで、両側からとびついてきた。
「先生、めずらしい顔、だれだと思います?」
早苗がいった。
「めずらしい顔?」
「一ぺんにあてたら、先生を信用するわ。
な、ミサ子さん」
二人はいたずらっぽくうなずきあって笑った。
「ああこわい。
信用されるかされないか、二つに一つのわかれ道ね。
さてと、めずらしいといわれると、さしずめ、ああ、ふたりでしょう、富士子さんに松ちゃん?」
「わあ、どうしよう!」
早苗は子どものように大声をあげた。
「あたったの? 二人ともきたの?」
「いいえ、ひとりです。
ひとり。
あてて? わあ、もうわかったわ。
いるんだもん」
三人はもう水月の前にきていた。
見ていたのか玄関には小ツルやマスノをまん中にして、ずらりとならんでいたのだ。
黒めがねの磯吉にどきんとしている大石先生の肩へ、いきなりしがみついて泣きだしたのは、マスノの横に立っていた、どことなくいきなつくりの着物をきた女だった。
「せんせ、わたし、松江です」
名のられるまえに、先生もすぐ気がついた。
「まあ、ほんとに珍らしい顔。
よくきたわねマッちゃん、ほんとに、よく。
ありがとうマッちゃん」
松江はしゃくりあげながら、
「マスノさんから手紙もらいましてな、こんなときをはずしたら、もう一生仲間はずれじゃと思うて、恥も外聞もかなぐりすててとんできました。
先生、かんにんしてください」
それこそ恥も外聞もなく泣きだすのをみると、マスノはわざと衿がみをつかんでひきもどしながら、
「これ、マッちゃんひとりの先生じゃありませんぞ。
さ、いいかげんで、上へ行こう、行こう」
やっぱり海に向かった座敷だった。
「ソンキさん、こんにちは」
先生は磯吉の手をとって、いっしょに階段をあがろうとした。
「あ、先生、しばらくでした」
「七年ぶりよ」
「そうですな。
こんなざまになりましてな」
磯吉は、ちょっと立ちどまってうつむいたが、ひかれるままに先生とならんで階段をあがった。
曇っていた空は少しずつ晴れまを見せ、ま昼の太陽は海の上にぎらぎらしていた。
二階はまぶしいほどのあかるさなのに、山に面した北窓のほうは今にも降ってきそうな、奇妙な空模様である。
しかし、八畳を二つぶっとおした部屋に、さわやかな風はみちわたり、肌にこころよくしみとおるようだった。
「ああら、眺めのいいこと、ちょっとォ……」
てすりのそばからだれにともなくふりかえった小ツルは、きゅうに口をおさえてあとをいわなかった。
磯吉を見たからだ。
そのまの悪さをすぐに、ふっ消すように、マスノはれいのゆたかな声で、
「さ、先生はここ。
ソンキさんとならんでください。
こっちがわがマッちゃん。
ふたりで先生をはさんで、堪能するだけしゃべりなさい。
あとはめいめい勝手にすわって」
投げだすようにいってはいるが、それはじつに思いやりのあるマスノのはからいであることを、先生はひそかに感じた。
「先生を、一年生みんなでおむかえしたつもりですの。
ですから……」
ちらりと磯吉を見て、マスノもやはりあとをいわずに床の間を指した。
そこにはハガキ型の小さな額縁にいれた一本松の下の写真が、木彫の牛の置物にもたせかけてあった。
早苗がかんたんではあるが、あらたまった挨拶をすますと、マスノはまたまを置かずにいった。
「さ、あとは無礼講でいきましょうや。
昔の一年生になったつもりで、なあ、ソンキ」
きちんとかしこまった磯吉はにこにこしながら膝をさすった。
さっきから、きっかけをつかもうとあせっていた松江は、先生にすりよっていって、その顔をのぞきこむようにしながら、
「せんせ、千里がお世話になりまして。
それ聞いたときわたし、うれしいてうれしいて。わたしはもう先生の前に出られるような人間ではありませんけど、でも、たとえどんなに軽蔑されても、わたしは先生のこと忘れませんでしたの。
あの弁当箱、今だって持ってますから、大事に」
そう言って、ハンカチーフを目にあてるのを見ると、マスノはからかうような調子で、
「なーにをマッちゃんがまた、お酒も飲まんうちにひとりでブツブツ言ってるの。
やめた、やめたそんな愚痴。
先生の前で言うことじゃないわ。
昔にかえって!」
ポンと松江の肩をたたくと、松江はムキになりながらも、明るさを加えて言った。
「だから昔話をしてるのに。
初級翻訳・二十四の瞳 第43話
二十四の瞳
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