初級翻訳・人造人間エフ氏 第4話

人造人間エフ氏

「おや、変てこな飛行機が、この汽船をねらっているぞ」
 とつぜん二人の背後で、大きな声がしたので、正太とマリ子は、なにということなしにびっくりして、ふりかえった。
するとそこには、いつの間に来たのか、甲板椅子のうえに、一人の老人の紳士が腰をおろしていた。
その老紳士は、顔中髭だらけで髭の中から鼻と眼がのぞいているといった方がよかった。
そして太い黒枠の眼鏡をかけていた。
「あっ、飛行機がなにか放りだした。
おや信号旗らしい。
はて、これは変てこだわい」
 老紳士は、あたり憚らぬ大声でわめいた。
なるほど汽船の上空五百メートルぐらいの高度に、四枚の信号旗を下にひいた風船が、ゆらりゆらりと流れてゆく。
なんの信号旗か。
誰にむけ、何をしらせようとする信号旗なのであろうか。
汽船ウラル丸のうえに落ちた不安な影!

   老紳士のしんぱい

 飛行機は、船のはるかうしろを、ぐるぐるまわっている。
なにかを待っているらしい。
四枚の信号旗だけが、あとにのこって、ゆっくりと下へおちてくる。
「おじさん。
あの信号旗は、どういうことをしらせているの」
 正太は、顔中ひげだらけの老紳士にたずねた。
「おお、なにかわけのわからぬ信号旗じゃよ」と老紳士は、いった。
「えっ、それはどういうこと」
「わけのわからぬ信号だよ。
つまり暗号信号なんじゃ。
あたりまえの信号でないのじゃ」
「暗号なの。
暗号で、どういうことをしらせているの」
「わからん子供じゃなあ。
暗号だからなにをしらせているのか、わからんのじゃ。
ただわかることは、これからきっと、この船になにかたいへんなことがおこるだろうということだ」
 そういっているとき、また一つ、へんなことがおこった。
――老紳士のいったとおりだった。
そのへんなことというのは、誰がやったのかしらないが、船のうえから海のうえにむかって、ボールのようなものがぽんぽんと二つ、なげられた。
そのボールは、海のうえへおちると、どういう仕掛がしてあったのか、たちまちぱっと火がついて、たくさんの煙をむくむくとはきだした。
一つのボールからは、黄いろい煙、もう一つのボールからは赤い煙が、ずんずんと波のうえにたちのぼるのであった。
「ほら、はじまった。
誰か、船のなかから、へんじのかわりにあの煙をだしたのだ。いよいよこれは大変なことになったぞ」
 おじいさんの紳士は、船のふちにすがりついて、その煙をじっとにらみつけました。
 飛行機は、煙が上がるのを待っていたかのように、この時キュッと向きを変えて、やってきた方へとすごい勢いで帰っていきました。
「船長さん、船長さん!」
 おじいさんは、今度は船長さんを大声で呼びつけました。
 しかし船長だって、このおかしな事件を知らないわけではありませんでした。船員から知らせを受けて、さっきから操舵室(そうだしつ)に出てきて、この様子をすべて見て知っていたのです。
「やあ、大木(おおき)さん。
あなた、あまりそんなにさわがないでください。
お客さんの中には、気の弱い方もいらっしゃいますからね」
 大木さんというのが、このおじいさんの苗字(みょうじ)でした。
「だって、こんなことがあって、さわがずにいられますかね。
だから私は、船が出る前から、船長さんにあれほど注意しておいたのじゃ。
きっとこのウラル丸は、港を出る前から、悪いやつらに狙われていたんだ。
うっかりしていると、このウラル丸は沈んでしまいますぞ!」
 おじいさんは、目の色を変えて怒っていました。
犯人は一体誰なんだ!?

 船長は、わざと落ち着いた様子を見せて、
「大したことはありません。
いざとなったら、軍艦(ぐんかん)がすぐに助けに来てくれますよ」
 と言うのですが、大木のおじいさんはちっとも気がおさまりません。
「だったら、すぐに手はずを整えたほうがいい!
この船には、わしがこんな歳になるまで汗水(あせみず)たらして働いて作った全財産が、荷物として積まれているのじゃ。
船が沈んでしまったら、わしの一生はおしまいなんだ。
あれは一体なんだ! あの信号旗は何なのだ!
それから、この船から投げ捨てた赤と黄色の煙の信号は、あれは一体どういうことなんだ!」
「あの煙のことは、私も怪しいと思ってすでに調べさせています。
誰がそれを海の中に投げ込んだか、今すぐにわかりますよ」
 船長はそう言って、下甲板(したかんぱん)の方をちらりと見ました。
さっき一等運転士を船内へやって、調べさせていたのです。
 その時、一等運転士の顔が、階段の下からひょっこりと現れました。
そのうしろから、何人もの船員たちが、一人の中国人コックをつかみながら上がってきました。
「船長!
こいつです、あの煙の出るボールを海の中に投げ込んだ犯人は……!」
 一等運転士は、中国人コックの張(ちょう)を指さしました。
「なんだ、張か。
お前は、なぜあんな煙の出るボールを海の中に投げ込んだんだ?」
「い、いえ、船長さん!
わたし、悪いことしてないアル!
わたし、なにも知らないアル!」
 張は、力いっぱい首を横に振りました。
すると、うしろにいた船員が、張の背中をドーンと強く殴りつけました。
「こら、嘘を言うな!
お前がボールを投げ込むところを、俺はうしろからちゃんと見ていたんだ。
隠そうたって無駄だぞ!」
「えっ、あなた見ていたアルか?
そ、それ、嘘じゃないカ?」
「お前こそ大嘘つきめ!
よし、本当のことを言わないなら、言えるようにしてやるからな!」
 と、船員がコックの腕をグズッとつかむと、張はすぐにめそめそと泣き声を立てました。
「あ、あぁ、わたし、言うあるよ、言うあるよ!
あたし、ボールをたしかに海へ投げ込んだアル!」
「それみたことか! 一体なぜ投げ込んだんだ?」
「それは……わたし知らないアル!
よその人に、ボールを海へ投げ込むの、頼まれたあるよ。
わたし、お金ももらったアル。
そのお金も、わたし要らないからあなたにあげるアル!」
「だれが、お金をくれと言った!」と、船長がここで割って入りました。
「よし、わかったぞ、張。
お前は一体だれに頼まれて、あの煙の出るボールを投げ込んだんだ?
どんな人だったのか、それを言え!」
「それを言うと、わたし殺されるアル!」
 張は、ガタガタと震えだしました。
張の白状

「それを言うと殺されるって、いったい誰に殺されるというんだ?」
 と、船長がきびしく問い詰めました。
「そ、その子どもにですよ!」
 張はそう言ってハッと口を手で押さえましたが、もう手遅れでした。
「えっ、子どもだって?」
 船長はびっくりして聞き返しました。
「それを頼んだのは子どもなのか!? おい、返事をしろ!」
 張は、歯の根も合わないほど、ガタガタと震えています。
「わたし、言わない、言わないアル……!」
「何を言っているんだ!
お前に頼んだのは子どもだと、もう自分で白状しちまったじゃないか。

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