初級翻訳・仏法僧鳥 第2話

仏法僧鳥

ここだってれっきとした霊場なんですから」
「承知しました」
 杉と檜が生い茂り、真昼でも木漏れ日さえ届かないような暗がりを作っているらしい場所へと歩き、柵のところで用を足した。
そのあたりにも小さな祠がいくつかすえられており、さまざまな神仏が祀られているようだが、夜なのでよく見えない。
老木の梢からはときどきミミズクやコウモリが鳴き声を上げ、あとはしんとして何の物音もしない。
それから一時間ほどが過ぎて、再び用を足しに来た。
用を足しながら、なんとなく耳を澄ませていると、向かって右手の山奥の方から、実にかすかな物音が聞こえてきた。
私は、「はてな?」と思った。
声は、「チャッ、チャッ」というふうに二声で区切れて聞こえるかと思うと、「チャッ、チャッ、チャッ」と三声のこともある。
それが、はるか遠くのかすかな響きでありながら、聴いているうちにだんだんと近づいてくるようにも感じられる。
かと思えば、鳥が二羽いるようにも思えてくる。
私はかつて木曽に一泊したとき、夜ふけに一度この鳥の声を聴いたことがあったので、そのときにはもう真っ先に「仏法僧鳥だ」と決めつけていた。
「O先生、ついにお鳴きになりましたよ。
T君もM君も、早く来ませんか」
 四人は杉の木の根元あたりにしゃがみ込み、木にもたれかかり、柵のところに体をぴたりと押しつけてその声を聴いている。
声は、木曽で聴いたものよりも、どうも澄んでいて朗らかだ。
私は心の中でひそかに、「少し美しすぎるんじゃないか?」と思いながら聴いていたが、そのときにはすでに心の中に疑いの芽が植え付けられていた。
しかし、声そのものは侮りがたい素晴らしいものだった。
その澄みきった切実な響きには、昼間に鳴く鳥には決して真似できない、夜鳥ならではの特別な魅力があった。
そうこうしているうちに、声はだんだんと近づいてきた。
よく聴いてみると、鳥は間違いなく二羽いて、互いに鳴き交わしているのだ。
鳥たちはかなり高い木のてっぺんで鳴いているようだが、少なくとも五、六町(約500〜600メートル)ほどの距離は離れているようだ。
私たちは約一時間、その声をじっと聴いていた。
「どうもありがたい。
本当に聴けてよかったですね」
 O先生はそうおっしゃった。
四人は踵を返して歩き出した。
「これでいよいよ、あの世の生まれ変わりも悪くはないってものだな」などと言い合いながら、石段を下りて無明の橋のあたりにさしかかったころだった。
「どうですか。
木曽で聴いたのと同じでしたか?」と、T君が突然私に尋ねてきた。
「いや、実は僕もさっきから少し美しすぎるんじゃないかと思って聴いていたんだがね」と私は答えた。
その間に、うじうじと面倒な理屈をこね回すような余裕もなかった。
「そうでしょう。
あれは怪しいですよ。
もしかすると、人間の手による人工のものかもしれませんよ。
ひどい奴らがいたもんだ」
 そう言いながらT君は笑った。
「Tさんは勘が鋭いからねえ。
でも、あれはどう考えても本物だと思えるな。
やっぱり疑わない方がいいんですよ」と、O先生が言われた。
「いや、僕が一つ見破ってみせますよ」T君も今度は少しむきになっていた。
四人はもう一度奥の院の陰へと引き返した。
鳥は相変わらず鳴き続けているが、先ほどよりももっと近くにきている。
その声はどこまでも澄みきっていて、まるで金属音が混ざっているかのように林間に反響している様子などは、もしかすると人工的なものなのかなという気もしてくる。だが、よくよく耳を澄ませてみると、何やら生き物の声帯をきゅっとしぼるような、生々しい肉声の響きも混じっているのだ。
私は、せっかく運良く聴けた仏法僧鳥なのだから、できることなら本物だと思いたい。
なんとかそう思い込もうとするのだが、やはり心の中で邪魔をするものがあって、本物か偽物かどちらとも決められないまま、二度目の踵を返した。
T君は帰り道の間も、「あいくらいの声なら、練習さえすれば人工でも作れる。それに、高山の寺が誰かにお高い給料を払って、一子相伝の技として練習させているのかも知れないさ」などという説を堂々と唱え続けた。
その結果、O先生を除いては、若い浄土宗のお坊さんであるM君も、そして私も、あの仏法僧鳥の声は人間が作ったものなのだろうという説にすっかり傾きながら、宿への帰路についた。
時刻はすでに十時半を過ぎていた。
その帰り道、一人の青年とすれ違った。
その青年もまた、比叡山上での歌の修行を私たちと一緒にし、会が終わったあとに一人で高野山にやって来て、まさに今から仏法僧鳥を聴きに奥の院へ向かう途中だというのだ。
「今ちょうどしきりに鳴いているところだから、めちゃくちゃタイミングがいいですよ。
ただ一つ君にお願いしたいんだがね、いったい何時ごろまで鳴き続けているのか、もしよかったら調べてくれないか?
僕たちはKという宿坊に泊まっているから、明日の朝にでもちょっと教えてくれたまえ」
 T君がその青年にそう頼み込み、何か企みでもあるような面持ちで歩き出した。
そのときにはいつの間にか大きな月が昇っていて、高野山の山全体を明るく照らし出していた。空気がどこまでも澄みきっているため、月の光がなんとも美しく、あくせくと忙しく追い立てられるような現実世界を生きる私たちの心にも、しんみりと染み入るものがあったのだった。私たちはそれでも提灯を下げたまま、ようやく宿坊へと帰ってきました。なんだか大きな発見でもしたような気分で、その夜はぐっすりと眠りました。

翌朝、T君は起きるなりすぐに高野山の地図を買ってきて、あれこれと調べ始めました。質素な朝食を済ませて横になっていると、そこに昨夜の青年が報告にやってきました。
青年が昨夜奥の院へ行ったとき、鳥の声はしきりに聞こえていたそうです。それが十一時半になるとぴたりと止み、午前一時まで二度目の鳴き声を待ち続けたものの、結局鳴くことはなかったといいます。
この報告は、T君の「人工説」を裏付けるには非常に有力な証拠となりました。それだけではありません。T君が調べた地図によると、昨夜鳥が鳴いていたという方角には、それほど深い森林はありません。むしろ「浅山」と呼ぶのがふさわしい場所でした。しかもそこには道が通っており、一軒か二軒の人家もあるのです。

「どうです。声の発生源はここですよ」

そう言ってT君は、大きな手の指で地図上の人家がある場所をぐいと押しつけました。青年は最初は何のことだか分からず、不思議そうな顔をしていましたが、それが仏法僧鳥の人工説だと知ると、いかにも「実に惜しい、残念だ」という表情をありありと浮かべました。
こうして、私たち三人と一人の青年を合わせた四人は、すっかり「人工説」に傾いてしまいました。

けれども、O先生だけはこの説を認めようとはされませんでした。

「それは、Tさんの説のように人工のものかもしれません。ですが、もし人工であったとしても、数百年間この秘密を誰にも漏らさず守り続けてきた山の人々は偉いものです。やはり本物の鳥だと思って聴くのがいいんですよ。それこそが空海様の徳というものでしょう。

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