初級翻訳・円太郎馬車 第2話

円太郎馬車

なるべく人の出そうなところへ行って売るんだ」
「売るって、何を売るんだい?」
「お精霊さまのときにぶら下げる、あの盆提灯だよ」
一段と声を低めて、今輔は言いました。
「あれを売るんだ。元日の朝なら、羽が生えたように飛ぶように売れていくぜ」
「ふーん、そうかなあ。だけど兄貴、俺もよく知らないけど、盆提灯って暑い時期に吊るすものだろう?」
「そうだよ」
「ほら、あの蓮の花の絵や萩の絵、それから夕顔の絵なんかがついている提灯だろう?」
「そうだよ」
「はて、あんなものが三両にもなるかなあ。いったいどういうわけで、暑い時期に使うものが今頃になって羽が生えたように売れるんだ……」
圓太郎はどうしても納得がいかないような顔をしていました。
「わからないヘチャムクレだなあ。暑い時期のものを、元日に先を見越して売るから、ずんと儲かるんじゃないか」
今輔はますます大真面目な顔で言いました。
「おい、考えてもみろよ圓太郎。一年中で一番めでたいのは正月だ。その次が盆だ。世間でも『中元大売出し』なんてワイワイ騒ぐだろう。いいか、そのめでたい正月に盆提灯を売りに出るんだ。たいてい縁起を祝って買うだろうじゃないか」
「あ、なるほど!」
「ことわざにも言うだろう。『盆と正月が一緒にきたようだ』って。その盆と正月を一緒にしたものを売ろうってんだ。儲からないわけがないや。これが売れなきゃ、東京は闇だよ」

おかしさをこらえて、彼は言いました。
「わかった、わかったよ。なるほど盆と正月か。そうだ、まったくその通りだ。ほほう、こいつは素晴らしい金儲けができそうだね!」
いつの間にか、圓太郎はホクホクと顔をほころばせていました。
「どうだ、いい案だろう。その代わり圓太郎、儲かったら俺にパイを一杯おごらなきゃダメだぞ」
「当たり前だよ! そのときには何でも兄貴の言う通りのものをおごってやるよ」
圓太郎はもうすっかり、新しい春がやってきたような明るい気分にさえなっていました。

そのとき、拍手の音が五つ六つ鳴り、勝次郎が下りてきました。入れ違いに今輔が高座へ上がっていきました。
が、圓太郎は腕を組んだまま、そのほうへ目もくれないでいました。目前に迫った金儲けのことを考えて、しきりと心が舌なめずりをしていたのです。

「お前さん、ねえ、お前さんてば」
歯切れのいい若い女の声が、耳元でしました。
ハッと圓太郎は我に返りました。色白で目鼻立ちがキリリと美しい女が、大太鼓の薄暗い陰にスッと立っていました。ついこの間母親に死なれ、今では圓朝の家に引き取られている下座のお八重でした。
「あ、お八重ちゃん」
柄にもなく顔中を真っ赤にして、圓太郎はドキマギしました。

「お前さん、さっきの話、本当に儲かると思っているの?」
勝次郎が帰ったあと、お八重は言いました。「うん」
圓太郎はコクンとうなずきました。

「ほんとに?」
牡丹の花のように可愛らしいお八重の顔が、じっと覗き込んできました。

「だって、盆と正月が一緒にくる商売を始めるんだぜ。古今亭の兄貴が太鼓判を押したんだから、儲からないはずがないだろ」

「まあ、じゃあやっぱりあんた、本気にしていたのねえ。注意してあげて本当によかったわ」

大柄な弁慶縞の着物の襟をキュッと合わせながら、お八重はホッとしたようでした。ランプの光に照らされて、パッチリとした美しい瞳が、心なしか少し潤んでいるように見えました。

「ねえ、圓太郎さん。よく考えてみてちょうだい。お盆っていうのは、お迎え火を焚いて仏様をお迎えするときなのよ。だからどこの家でもお坊さんを呼んでお経をあげるでしょう。盆提灯っていうのは、つまりそのときに吊り下げるものなのよ。死んだ人のために吊るす提灯が、どうしてめでたいの?」

「…………」

「そんなものを、こともあろうに元日の朝っぱらから盛り場へ持ち出して売ったら、『縁起でもない!』って半殺しにされちゃうわよ。それに売ろうと思っても、今どき盆提灯なんか、どこの提灯屋に置いてあるっていうの?」

「…………」

「第一、教えた人がいけないわ。よりによってあんた、あの『ホラ今』じゃないの」
彼女は高座の今輔のほうをチラリと見ました。

「世の中に、あんな法螺吹きがいるかしら。口から出まかせのでたらめばかり言って、しょっちゅうみんなを担いでいる人じゃないの。そんな人の言うことを、あんた本気で信じるの……?」

「あ、そうか! ホラ今か!」
圓太郎は、初めて「しまった!」という顔をしました。そういえばそうだ、普段からとても性格の悪い今輔の野郎だったっけ。ああそうだ、俺としたことが……。

「ねえ、わかったでしょう?」

「わかった、わかったよ。すっかりわかった。畜生、今輔の野郎、ひでえ奴だ。とんだ恥をかくところだった。本当に、本当に……」
しばらく悔しがっていましたが、圓太郎は「ありがとよ、お八重ちゃん」と言って、ペコリとひとつお辞儀をしました。

「あら、いいのよそんなお礼なんて。それより、わかってくれて本当に良かったわ。でも、これから先もこんなことはあるわよ。みんな本当に性格が悪いんだから、よっぽど気をつけなくちゃ……」

「うん、うん」
おとなしくうなずくと、圓太郎は言いました。
「じゃあ、ありがとう。また明日の晩に」
照れくさいのか、プイと立ち上がって、そのまま楽屋口から出ていこうとしました。

「あ、ちょっと待って、圓太郎さん。明日の朝早く、お師匠さんが『来てくれ』って言ってたわ。なんだかあんたに話があるんですって」

「えっ、師匠が? いけねえ、また小言かなあ」
日常生活がだらしない圓太郎にとって、小言は日常茶飯事でした。彼は少し心配そうな顔をしました。

「さあ、なんだか知らないわ。でもたぶん小言じゃないと思うわよ。もしも小言だったとしても大丈夫。そのときはわたしが謝ってあげるわ」

「うむ。何から何まで頼むよ」

「引き受けたわ。だから安心して……」
お八重はニッコリ笑いましたが、すぐにこう続けました。
「あ、そうそう圓太郎さん。あんた、春のお小遣いがないんでしょう? もしないんだったら、お師匠さんにおもらいなさいよ。言いにくいんだったらわたしから言ってあげてもいいし、もし少しのことなら、わたしだって何とかできるわよ」

「そ、そんなこと大丈夫だよ、お八重ちゃん。俺だってどうにかなるよ」
慌てて彼は手を振りました。

「そう、本当にいいの?」

「いいんだよ。じゃあ、明日の朝早く行くよ。でも今夜のこと、お八重ちゃん、師匠には黙ってておくれよな。じゃあ、さよなら」

ガラガラと格子を開けて、圓太郎は威勢よく表へ飛び出していきました。路地の溝板がカチカチに凍りつき、月が青く冷たい光を投げかけていました。路地の出口まで早足で行って振り返ると、格子につかまって見送っているお八重の、白くクッキリとした顔が小さく見えました。

圓太郎は、ゾクゾクするほど嬉しくなりました。特に今夜のお八重の心づくしを思うと、涙が出るほどありがたい気持ちでした。圓太郎は右手を上げて振ってみせました。

『俺は、お八重が好きなんだ』
圓太郎はそう思いました。

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