初級翻訳・吹雪物語 第41話

吹雪物語

手もなく、足もなく、毛もなく、うねうねと屈伸するだけの、生臭い臭気を放つ肉体を。
その肉体が、この執拗な意志を持つ者の肉体でもあり得るのだ。
湯の宿の一夜の情景について思うたびに、卓一は、もはや旅行に出かけることが最も自然な状態にある自分を見出さずにはいられなかった。
ひとつの白い美女の肉体について考えてみるがいい。
空想の中に芽生えた命の火を見れば、「行く」と一言答えることが、最も自然な言葉だったのだ。

しかし卓一は、素直にはなれなかった。
彼の心は、すでに彼自身の意志ではなかった。
空想の息苦しささえ、すでに自分の所有物ではないような不快感を消しがたい。
ある執拗な肉体が持つ意志なのだ。
彼はその暗さを憎み、その醜怪さを憤らずにはいられなかった。
「行きたくないのだ」と、卓一は冷たく突き放した。
その言葉すら、心地よかった。
「再びこの話に触れるのはよそう」
「そうですか」木村重吉は、落胆して言った。
「ですが、こだわることは、最も無意味だと思うのですが」
「こだわっているのは、君自身だ」
「違います!」木村重吉は突然叫んだ。
その顔は、急に血が上っていた。
「違います!」と彼は叫びを繰り返した。
「こだわっているのは、編集長です!」

叫びと共に、木村重吉は振り返った。
そして、「ああ」と、彼は思わず大きな溜息を漏らしていた。
同室の豪傑たちも、その溜息の物悲しさに、思わず顔を上げたほどだった。けれど、木村重吉は周囲の人々の存在になど、まったく気づいていませんでした。
放心しきった様子で自分の席に戻ると、その日は一日中黙り込んでいました。
翌日のことです。
木村重吉は、卓一の机のふちに両手を突きました。
「昨晩、嘉村さんを訪ねました」彼は冷ややかな口調で卓一に言いました。
「僕たちは温泉へ行かないことにしたと伝えてきたのです。ですが、あの人は、一人でも温泉へ行くそうです」
一息でそう報告すると、くるりと背を向け、彼はすでに立ち去る姿勢になっていました。

卓一の心は、しかし突然変わっていました。
卓一は時おり仕事の手を休め、木村重吉の姿を目にするたびに、ある一つの考えが浮かぶようになっていたのです。
彼に向かって、唐突にこう言いかけてみようかと思うのでした。
「一緒に、温泉へ行こうじゃないか」と。
木村重吉のあの執拗な意志についても、もはや気にかかることはほとんどありませんでした。
そして、それを唐突に言い出すことに対しても、心理的な抵抗は極めて薄く、むしろ自由なことのように思えました。
ゆとりと気楽さが、かえって強く感じられたのです。
木村重吉が一応の断念をしたことで、卓一はその執拗な意志という重荷から解放されたのでしょうか。
おそらく、それだけが理由というわけではないでしょう。
湯の宿の一夜の情景について考えてみてください。
その想念の息苦しさや荒々しさ、そしてこの現実への再現が不可能であると分かっていてもなお燃え上がる情熱に注目すれば、木村重吉の意志の負担など、もはや妨げにはならないことが分かるのです。
執拗な彼の意志にまとわりつく暗さや醜怪さも、卓一自身の想念が持つ荒々しさに比べれば、影のように薄いものだということが直ちに理解できたからです。
そして卓一は、木村重吉をふと見るたびに、「一緒に旅行に出かけようか」と、突然言い出したい誘惑にかられているのです。
まるでその誘惑にかられるために、わざわざ木村重吉を見ているかのように。

翌日から、会社は休みに入りました。元旦のことです。
大念寺の離れへ、木村重吉が新年の挨拶にやってきました。
「道順ですから、嘉村さんのお宅からこちらへ回ってきたのです」木村重吉は卓一に言いました。
「あの人は、明日、温泉へ出発すると言っていました」
卓一は、すでに静かに答えていました。
「僕たちも、出かけよう」と。
その一言を木村重吉に伝えるために、数日間も自分の中で葛藤していたことなど、まるで夢のようでした。
あまりにも、こだわりが消えていたのです。
しかし、卓一自身もその変化を不思議に思うことすらありませんでした。
すべてがただ、自然でした。静かでした。
彼は心の中でひたすら冷ややかに思っていました。
今年は珍しいほどの大雪です。
やがて彼らが訪れるであろう温泉も、すでに雪の下でしょう。
そして心の奥底を見つめると、凍てついた山々の虚しさが映し出されます。
その夜更け、谷川の音も、雪の下で響くことでしょう。
ありふれた後悔で心を暗くするには、それもまた似つかわしい月並みな景色です。
そして卓一の物思いは、ただ憂鬱のために黒ずみ、心はどこまでも深く、重さの中へ沈み込んでいくのでした。

翌日。三人は温泉へと出発しました。
木村重吉は、二人の愛人の表情があまりにも変化がないことに、やがて驚くことさえ忘れ、その空気に巻き込まれている自分に気づいて溜息をつきました。
二人の顔から目をそらして雪山を眺めるとき、山々が目覚めるような感覚を覚えるため、彼らもまた爽やかな心持ちの中にいる人々なのだと思えました。
この人たちの物憂さが、なぜこれほど新鮮に映るときがあるのでしょうか。
あの雪の山々を見よ。雪の下に埋もれたあの谷川の音を聞け。
朝や夕暮れに見せる、彼らの物憂げな姿が、その沁みわたるような空気の中に同じ姿を宿しているのが不思議でなりませんでした。
この人たちは、すでにそれぞれの心を失ってしまったのでしょうか。
思うこともなく、言うべき言葉もないのでしょうか。
それとも、山々や谷川のあの爽やかな物憂さを、ただ映し出しているだけなのでしょうか。

ある朝、卓一と由子が雪の上で話を交わしていました。
二人の笑い声も、手に取るように分かります。
木村重吉は、それをしばらく窓から眺めていました。
これが人の世のありふれた姿なのか――木村重吉はそう思わずにはいられませんでした。
しかし、なおもそれは道端の風景の一つにすぎないのではないでしょうか。この人たちは。
木村重吉は思いました。
人らしく振る舞うことを禁じられた人たちなのだ、と。
人々は常に自分のために一つのバランスを作り出そうとするのに、この人たちは、まるでそれぞれのバランスのために自分を馴らし、変貌させているようです。
生き生きとした血の流れを忘れた人たち。そして、晴れない石のような心を解き放つことのできない人たち。
彼らのふるさとは、家ではありませんでした。血のつながりでもありませんでした。あるいは、風景ですらありませんでした。
あの冬空にこもる、多くの言葉の悲しい充満、その虚しさと頑なな無言こそが、おそらく彼らのふるさとなのでしょう。
「ほら。私の手の温かさが、この雪にだけ伝わらないの」
ある日、雪の上に立っているとき、由子が生き生きと言いました。そして掌に握りしめた雪の玉を、木村重吉の掌に渡した。
「人の心ほど冷めたくもないくせに」
その澄みわたる美しさに、木村重吉は驚くのであった。
そしてこのような狭い世界に住む人の悲しさを、憐れまずにはいられなかった。
左門が思い惑ったあげく、大念寺の離れを訪れたころ、卓一は漸く帰る汽車の中にいたのであった。
すでに左門の衰えが、目立っていた。

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