初級翻訳・地底獣国 第9話

久生 十蘭

この計画は、企画・軍部・建設・地理・交通の各技術委員を網羅した「全同盟科学研究計画会」の秘密会議において、細部にわたって厳密に話し合われ、前代未聞の作戦計画として決定されました。
この恐ろしい攻略路が完成したあかつきには、ソ連邦は日本帝国に対して、次のような広範囲にわたる軍事的優位を持つことになるのです。

第一に、優勢な日本海軍によって日本海を封鎖され、ウラジオストックのソビエト海軍基地が閉じ込められる事態を裏からくぐり抜け、日本領土内に兵器・兵員・食糧を運ぶための、無限の自由と安全を手に入れられること。
第二に、ウラジオストックを放棄し、さらに日本領である樺太(からふと)にソ連空軍の基地を進出させることで、日本の海軍と空軍の戦略を根底からかき乱せること。
第三に、カムチャッカの作戦基地から繰り出される素早い水上艦や潜水巡洋艦、そしてアムール川沿いのニコライエフスク基地から飛び立つ航空巡洋艦の活動によって、日本海軍の作戦と並行しながら、自国の沿岸防衛だけでなく、日本沿岸を封鎖する重要な作戦を実行できること。

地底旅行を開始する前夜、調査隊の一同が翌日の天幕での送別晩餐会の準備に追われていた隙に、博士は自分の天幕に篁(たかむら)を呼び入れ、この探検の真の目的と、六人に対する探検隊の無慈悲な計画を手短に打ち明けました。そして、自分の命を守るためではなく、自分の研究結果をこの目で見届けるために、探検隊を脱走して六人と行動を共にしたいと申し出たのです。
それは、並大抵ではない危険を意味していました。
溶岩トンネルの入り口は、巨大な安山岩の岩盤で塞がれています。
追跡者が追いつくまでにそれを破壊することができなければ、そこで一人残らず惨殺されてしまうからです。
篁は、眉一つ動かさずに博士の話を聞いていました。
一分ほど考えてから、すぐさま返事をしました。
「いらしてくだせえ。あんたのために死ぬんだば、皆も嫌だとはいわねえすべ」
あの夜、六人の漁師たちが早々に天幕へ引き上げて寝てしまったのは、探検隊の連中が酔いつぶれている隙に、火口壁の暗い道の中へ、手動の岩掘り機と博士の観測機械類をこっそりと運び入れておくためでした。
探検隊の一行に見送られて暗い坂道へ入ると、一同は飛ぶようにして安山岩の岩盤のところまで走っていきました。
周囲の岩壁が崩れていたせいで、見上げるほど巨大な輝石安山岩が暗い道の真ん中に落ちてきており、行く手をガッチリと塞いでいたのです。
真夜中ごろ、博士が天幕から脱走してくる予定でしたが、それまでに残された時間は、わずか十二、三時間しかありませんでした。その短い時間のあいだに、鋼鉄のような強さを持つこの大岩盤に、どうやって穴を開けるか? ほとんど見込みは立っていませんでした。
六人のうちの亀井という漁師が、須田と頭を突き合わせて何か相談していましたが、突然、
「んだば、それでやってみるか。うまくいくかもしれねど!」
と叫ぶと、岩を砕く道具をかついで安山岩のてっぺんまで登っていき、天井の岩石とくっついている部分に穴をあけはじめました。
まずは一番上から掘りはじめ、次に真ん中、そして下のほうへと掘り下げていく、日本式のトンネル掘りでした。
六人の漁師たちの前職は、実にさまざまでした。
クジラの銛(もり)打ち、土木作業員、毛皮剥ぎ職人、坑道掘りの専門家、猟師、船大工……。
そう、坑道掘りの専門家だった亀井金太郎と、土木作業員の須田松吉の経験が、この危うい瞬間に役立ったのです。
探検隊の学者たちが十カ月もかけて成功しなかったことを、二人はわずか十時間ほどでやり遂げてしまいました。
博士がやって来たときには、岩盤の頂上に、どうにか人が通れるくらいの穴があいていました。
それから、さらに二時間。
みんなで力を合わせて石を集め、その通路を塞ぎ終えると、わたしたちは奇妙な地底旅行の最初の一歩を踏み出したのです。

六、「嘆きの河」

「第八観測点 bis.(午後三時〇分)
経緯儀(角度を測る機械)による方位角。北緯六十二度二十一分、東経百四十度。226メートル。羅盤方位 SE60度。測距計、九〇・三キロ。温度三一・六度。
深度一二七メートル?――相変わらず、塩基性玄武岩、輝石安山岩、そして橄欖(かんらん)石。
温度の上昇率は四四・七……」

第六日(六月二十五日)
もしこれが海底なら、どれほど深く沈んだとしても、皮膚で太陽のわずかな光を感じることができるでしょう。
しかし、この地球のおなかの中では、わたしたちの感覚は、日光のかけらさえも感じることができません。
今日で六日目になりますが、変化のない退屈な暗い下り坂、永劫(えいごう)の闇の中を歩き続けています。
どこまで行っても、同じようなアーチ形の天井と、輝石安山岩の壁。
前に進んでいるのではなく、同じ場所をぐるぐると回っているだけではないか、という妙な錯覚に襲われます。
耐えがたい退屈と激しい焦り。それは、意志の力を草の葉のように揉み砕いてしまいます。
「たしかに前へ進んでいるんだ」と自分に言い聞かせるには、人間を超えたような強い意志を奮い起こす必要がありました。
今日は三度も観測を繰り返しました。
経緯儀と測距計だけが、わたしたちが進んでいることを証明してくれます。
第七観測点の八八・三キロという記録と比べれば、わたしたちは確かに二キロだけ日本の方へ近づいていることがわかります。
精密な科学機械が、わたしたちの前進を証明してくれるのです。
それを信じる一方で、地底の異常な圧力や磁気の力が、機械を狂わせているのではないかという疑念から逃れるのは難しいことでした。
追跡者は、今日もまだ追いついてきません。
わたしの計算では、少なくとも三日前の夕方には追いついてくるはずでした。
いったい、彼らは何をしているのでしょう。彼らの間で何が起きたというのでしょうか。
彼らが到着すれば、それはわたしたちの死を意味します。それなのに、来るべきものが来ないという計算外の事態が、わたしをイライラさせるのです。

第七日(六月二十六日)
追跡者は、今日も追いついてきません。
今日になって、わたしはその理由に気づきました。
追跡者の中に、ナターシャ・イワーノヴナが混ざっているのです。
彼らが最初のハンデキャップを取り戻せないのは、そのためだったのです。
しかし、それにも限度があるはずです。
ナターシャのせいで追いつけないとわかれば、モローゾフ教授はナターシャを置き去りにして、追跡を急がせるでしょう。ですから、わたしたちは追跡者の速度を計算する基準を変えるわけにはいきません。
今日の午後、洞窟の壁に、ジュラ紀の蘇鉄(そてつ)類や松柏(しょうはく)類の、熔岩樹型(木が溶岩に包まれてできた跡)を発見しました。
この溶岩トンネルに入ってから八日目、はじめて生物の痕跡に出会ったのです。
一千万年前の蘇鉄と松の彫り物。
わたしは異常なほどの感激をもって、それを眺めました。
これらは、わたしたちを慰めてくれただけでなく、この恐ろしいほど単調な旅に、何かの変化が起きようとしていることをかすかに教えてくれているようでした。

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