初級翻訳・塔上の奇術師 第3話

塔上の奇術師

五色にチカチカと輝くダイヤモンド、真っ赤なルビー、青く澄んだサファイア、エメラルド、そのほかにもスミ子ちゃんが名前も知らないような宝石が、ずらりと並んでいました。

「ほほう、これはすばらしい」

お客さまも思わず感嘆の声を上げ、宝石箱に釘付けになっています。
淡谷さんはその宝石を一つひとつ取り出しては、それを手に入れるまでの苦労話を聞かせてくれました。
宝石を眺めるのに三十分ほどかかりましたが、その半ばを過ぎたころから、スミ子ちゃんはまたしても不安でたまらなくなってきました。
さっき屋根の上に立っていたこうもり男は、いったいどこへ行ったのでしょう。
もしや家のなかに忍び込み、どこかの隙間からこの部屋を覗いているのではないか。
スミ子ちゃんが思わずあたりを見回し、庭に面したガラス窓のほうを見たその時です。

「アラッ!」

と叫んで、スミ子ちゃんは立ち上がりました。その顔色は真っ青でした。

「アッ、スミ子、どうしたんだ。気分でも悪いのか?」

お父さんがびっくりして、スミ子ちゃんを抱きかかえるようにしました。
スミ子ちゃんは、いったい何を見たのでしょうか。

恐ろしい電話

窓の外の真っ暗な庭に、なんだか奇妙なものが動いていたのです。
闇のなかに真っ黒い影がいるためはっきりとは見えませんが、間違いありません。
今日の夕方、家の屋根の上に立っていた、あの恐ろしいこうもり男に違いありませんでした。
体にぴったりと張り付いた黒いシャツを着て、こうもりの羽根のような黒いマントを両側に広げ、黒眼鏡をかけた顔が、ぼんやりと白く浮かび上がっているのです。
それを見たスミ子ちゃんは青ざめてよろよろと倒れそうになったため、お父さんの淡谷さんは驚いて駆け寄り、スミ子ちゃんを両手で抱き寄せました。

「どうしたんだ。しっかりしなさい」

「あそこに……」

スミ子ちゃんは、窓の外の暗闇を指さしました。

「何もいやしないじゃないか。いったい、何がいたというんだ?」

お父さんは窓ガラスの向こうの暗闇をじっと凝視しましたが、怪しいものの姿は見当たりません。
こうもり男は、すばやく庭の木の茂みに身を隠したのかもしれません。

「夕方、屋根の上に立っていたあれよ。こうもりみたいな人よ。いま、あの木の前で黒い羽根を広げていたのよ」

スミ子ちゃんは怯えきった声で、ささやくように言いました。

「何を言っているんだ。誰もいやしないじゃないか。スミ子、幻を見たんだよ。こうもりのような男が、この世にいるはずはない。気のせいだよ。さあ、こっちへおいで」

お父さんはそう言って、スミ子ちゃんをテーブルのほうへ連れ戻しました。
そうは言ったものの、淡谷さんも泥棒が宝石を狙っているのかもしれないと思うと少し心配になり、急いで宝石箱に鍵をかけ、書斎の金庫のなかにしまって暗号の鍵を回しました。
暗号の鍵というのは、金庫の扉にダイヤルがついていて、その周りにABCからXYZまでの二十六文字が刻まれており、自分だけが知っている順番に合わせて回さなければ開かない仕組みになっているのです。
淡谷さんの暗号は「SUMI(スミ)」でした。
かわいいスミ子ちゃんの名前を暗号にしていたのです。
淡谷さんはS、U、M、Iの順にダイヤルを回し終えると、元の席に戻りました。
二人の客はしばらく話をしたあとでいとまを告げて帰りましたが、淡谷さんはなんとなく気がかりで、金庫のある書斎に残って安楽椅子に腰掛け、煙草を吸っていました。その時、部屋の隅に置いてあった電話のベルが、けたたましく鳴りはじめました。
淡谷さんはなぜかハッとした様子で立ち上がり、受話器を耳に当てました。

「淡谷庄二郎さんは、いらっしゃいますか?」
「わたしが淡谷庄二郎です。あなたはどなたですか?」
「あなたのお嬢さん、スミ子ちゃんの知り合いの者です。『こうもりのような男』と言えば、スミ子ちゃんには分かりますよ」

淡谷さんの顔色がサッと変わりました。ああ、やっぱりスミ子ちゃんの言ったことは本当だったのかと思うと、急に背筋が寒くなってきました。

「き、君は誰だ! 私に何の用があるんだ!」
「用事は他でもありません。あなたが大切にしている、二十四個の宝石が欲しいのです。もちろん、あなたはそれをくれるはずはありませんね。ですから、ぼくが勝手に持ち出すのですよ。びっくりするといけないから、前もってお知らせしておきます。時間も決めておきましょう。明日の夜の十時までに、きっと頂戴します。いくら厳重に見張っていても無駄ですよ。銀行の金庫に預けるのも危険です。それを運ぶ途中が危ないですからね。まあ、せいぜい用心してください。だが、いくら用心しても無駄ですよ。ぼくは魔法使いですからね」
「わかった。君は予告する盗賊というわけだな。だが、いったい君は誰だ。予告するほどの勇気があるなら、名前を言ってもいいだろう。第一、名も名乗らないというのは礼儀がないのではないか」
「ぼくの名が聞きたいのですか?」
「うん、聞きたい」
「聞かなければよかったと、後悔するかもしれませんよ」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。さあ、名乗りたまえ」
「じゃあ、名乗りましょう。びっくりしないように、気を落ち着けて聞いてください。ぼくはね……怪人四十面相です。ハハハハ……、ほらご覧なさい。あなたはびっくりして、口もきけないじゃありませんか。……では、明日の晩の十時ですよ。さようなら」

そして、電話はぷっつりと切れてしまいました。
残念ながら淡谷さんが、あまりの驚きに口もきけなかったのは本当のことでした。ああ、なんということでしょう。あの恐ろしい「怪人四十面相」から電話がかかってきたのです。
四十面相の元の名は、「怪人二十面相」でした。予告をしたら必ずその通りにやってのける、まるで魔法のような賊です。この怪物と戦って引けを取らない人物は、名探偵・明智小五郎ただ一人でした。
淡谷さんは以前、明智探偵に事件を頼んだことがあるので、明智とは知り合いです。すぐに明智探偵事務所の電話番号を調べて、ダイヤルを回しました。電話に出たのは、小林少年でした。

「ぼく、助手の小林です。明智先生は神戸で事件があり、旅行中です。五日ほど東京へは帰りません。どんなご用でしょうか。なんでしたら、ぼくが伺ってもいいのですが……」

それを聞くと淡谷さんはがっかりしましたが、小林という少年もなかなか腕利きだと聞いていましたので、ともかく小林君に来てもらうことにしました。

**奇妙な疑い**

夜更けでしたが、小林少年は自動車を飛ばしてやってきました。
そして淡谷さんと相談したうえで、宝石は銀行へは預けず、このまま書斎の金庫の中に置いておくこと。書斎には淡谷さんをはじめ、家の者や小林少年が絶えず見張りを続けること。そのほかに、警視庁の中村警部に頼んで三人の刑事を呼んでもらい、淡谷邸の内外を見張ってもらうことなどを決めました。

さて、その翌日は朝から小林少年と三人の刑事がやってきました。小林君は淡谷さんと二人で金庫の番をし、刑事たちは廊下や庭を絶えず歩き回ることになりました。

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