膝の上にはせいぜい百枚くらいしか乗っていないのに、いつまで数えても百枚のままなのです。
僕はぼう然として、この女の顔と十円札を見つめていました。
すると耳元で、白い男が大きな声で「洗いましょう」と言いました。
ちょうどいいタイミングだったので、椅子から立ち上がるなり、帳場の格子の方を振り返ってみました。
けれども格子のなかには、女も札も、何も見当たりませんでした。
代金を払って店の外へ出ると、入り口の左側に、小判型の桶(おけ)が五つほど並んでいて、そのなかに赤い金魚や、模様の入った金魚、痩せた金魚や太った金魚がたくさん泳いでいました。
そして、そのすぐ後ろに金魚売りが座っていました。
金魚売りは自分の前に並べた金魚を見つめたまま、頬杖をついてじっとしています。
騒がしい往来の賑わいには、ほとんど関心がないようです。
僕はしばらく立ち止まって、この金魚売りを眺めていました。
けれども、僕が見ている間、金魚売りはぴくりとも動きませんでした。
第九夜
世の中がなんだか騒がしくなってきました。
今にも戦争が始まりそうな雰囲気です。
焼け出された裸馬が、昼も夜もなく屋敷の周りを暴れ回り、それを足軽たちが一日中、大勢で追いかけているような気分になります。
それなのに、家の中は森のように静まり返っています。
家には若いお母さんと、三歳になる子供がいます。
お父さんはどこかへ行ってしまいました。
お父さんがどこかへ行ったのは、月の出ていない夜中のことでした。
床の上でわらじを履き、黒い頭巾をかぶって、勝手口から出て行ったのです。
そのときお母さんが持っていた雪洞(ぼんぼり)の明かりが、暗い闇に細長く伸びて、生垣の手前にある古いヒノキの木を照らしました。
お父さんはそれきり、二度と帰ってきませんでした。
お母さんは毎日、三歳になる子供に「お父様はどこ?」と聞いています。
子供は何も答えませんでした。
しばらくすると「あっち」と答えるようになりました。
お母さんが「いつ帰ってくるの?」と聞いても、子供はやっぱり「あっち」と答えて笑っていました。
そのときは、お母さんも一緒に笑いました。
そして「すぐに帰ってくるよ」という言葉を何度も繰り返して教えました。
けれども子供は「すぐに」という言葉だけを覚えたようです。
時々「お父様はどこ?」と聞かれると、「すぐに」と答えることもありました。
夜になって辺りが静まり返ると、お母さんは帯を締め直し、鮫鞘(さめざや)の短刀を帯の間に差し、子供を細帯で背負って、そっと裏門から出て行きます。
お母さんはいつも草履を履いていました。
子供は、その草履の音を聞きながら、お母さんの背中で眠ってしまうこともありました。
土塀の続く屋敷町を西へ下り、なだらかな坂を降りきると、大きなイチョウの木があります。
そのイチョウを目標にして右に曲がると、百メートルほど奥に石の鳥居が見えてきます。
片側は田んぼで、片側は笹やぶばかりの道を鳥居まで来て、それをくぐり抜けると、暗い杉の木立に入ります。
そこから四十メートルほど敷石の上を進んで突き当たりに行くと、古い拝殿の階段の下に出ます。
鼠色に洗い出された賽銭箱の上には、大きな鈴の紐がぶら下がっています。昼間に見ると、その鈴のそばに「八幡宮」と書かれた額が掲げられているのが見えます。「八」の字が、まるで二羽の鳩が向かい合っているような書体で書かれていて、面白いなと思いました。
そのほかにも、いろいろな額が飾ってあります。
たいていは、お城の家来たちが弓矢の試合で射抜いた的を、射抜いた人の名前と一緒に奉納したものが多いです。
たまには、刀を納めたものもあります。
鳥居をくぐると、杉の木の上で、いつでもフクロウが鳴いています。
そして、母さんの履いているわらじが、地面を踏んで「ぴちゃぴちゃ」と音を立てます。
その音が拝殿の前で止まると、母さんはまず鈴を鳴らしてから、すぐにしゃがんで柏手を打ちます。
たいていこの時、フクロウは急に鳴くのをやめます。
それから母さんは、一心不乱にお父さんの無事を祈ります。
母さんの考えでは、お父さんは立派な侍なのだから、弓矢の神様である八幡さまに、こうして一生懸命にお願いをすれば、聞き入れてもらえないはずがない、と信じきっているのです。
子供の僕は、よくこの鈴の音で目を覚ましてしまいます。周りを見ると真っ暗なので、急に背中で泣き出してしまうことがあります。
その時、母さんは口の中で何か祈りながら、背中をゆらゆらと揺らしてあやそうとします。
するとうまく泣きやむこともあります。
また、ますます激しく泣き立てることもあります。
どちらにしても、母さんは簡単には立ち上がりません。
一通りお父さんの身の上を祈り終えると、今度は細い帯をほどいて、背中の子供を滑り落とすように背中から前へ回し、両手で抱きかかえながら拝殿へ上がっていきます。そして「いい子だから、少しの間、待っていなさいね」と言って、必ず自分の頬を子供の頬にすりつけます。
そうして細帯を長く伸ばして子供を縛り、その端を拝殿の欄干(らんかん)に結びつけます。
それから階段を下りてきて、二十間(約36メートル)ほどの敷石の上を、行ったり来たりして御百度参りをします。
拝殿に縛り付けられた子は、暗闇の中で、細帯の長さが許す範囲で、広縁の上を這い回っています。
そういう時は、母さんにとってはずいぶん楽な夜です。
けれども、縛られた子が「ひいひい」と泣き出すと、母さんは気が気ではありません。
御百度参りの足が、とても速くなります。
息もひどく切れます。
どうしようもない時は、途中で拝殿に上がってきて、いろいろとなだめておいてから、また御百度参りをし直すこともあります。
こうして、幾晩も幾晩も母さんが気を揉んで、夜も眠れずに心配していたお父さんは、実はとっくの昔に浪士たちによって殺されていたのです。
こんな悲しい話を、僕は夢の中で母さんから聞きました。
第十夜
庄太郎(しょうたろう)という男が女にさらわれてから七日目の夜、ふらりと帰ってきました。急に熱が出て、そのまま床に就いていると、健さんが知らせに来ました。
庄太郎は町内一のハンサムで、とても善良な正直者です。
ただ一つ、彼には道楽がありました。
パナマ帽をかぶって、夕方になると果物屋の店先に腰をかけて、通りかかる女の人の顔を眺めているのです。
そして、しきりに感心しています。
そのほかには、これといった特徴もありません。
あまり女の人が通らない時は、通りを見ないで果物を見ています。
果物にはいろいろあります。
水蜜桃(すいみつとう)や、リンゴ、ビワ、バナナなどをきれいに籠に盛って、すぐにお見舞いに持って行けるように二列に並べてあります。
庄太郎はこの籠を見ては「きれいだなあ」と言っています。
「商売をするなら果物屋に限るな」とまで言っています。
そのくせ、自分はパナマ帽をかぶって、ぶらぶらと遊んでばかりいます。
「この色がいい」と言って、夏ミカンなどを品評することもあります。
けれども、自分でお金を出して果物を買ったことは一度もありません。
もちろん、ただで食べるようなもしません。
ただ、色ばかりを褒めているのです。
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