初級翻訳・大根の葉 第2話

壺井 栄

「健ちゃんと克ちゃんと、どっちがお母さんの言うことをよく聞くかなあ?」
「けん!」
「よし! じゃあ健ちゃんはおばあちゃん家、行かないね。」
お母さんはちゃっかり論法でせめてきた。
思わず油断して引っかかってしまった健ちゃんは、あわてて足をダンダンと踏み鳴らして、
「えい、えい、健は神戸に行くんだい! おばあちゃん家になんか行くもんか、行かないもんか、克ちゃんが行けばいいさ、健は行かないもんか!」
と、縁側をものすごい勢いで踏み鳴らした。
お母さんは急にこわい顔になり、健ちゃんの肩から手をパッと離した。
そして立ち上がると、くるりとむこうを向いた。
「それじゃあ、健ちゃんはひとりで留守番しててね。ねえ克ちゃん、おばあちゃん家に行って太郎ちゃんや秀子ちゃんと遊ぼうね、ねえ克ちゃん。」
お母さんは背中の克子ちゃんに首をねじるようにして話しかけながら歩きだしたが、ちょっと引き返してきて、健ちゃんの着物が入った風呂敷包みを抱えこんだ。
「それじゃあ健ちゃん、さようなら。――克ちゃんはお話が好き。健ちゃんはバカだなあ。」
お母さんは丸い背中を見せて、今度は振り返りもしずに歩いていった。
飛び石を敷いたところを通りすぎ、お隣の家の鶏小屋の前を通りすぎた。
右に曲がって、とうとうその後ろ姿が見えなくなってしまった。
「お母さあん! お母さんが行っちゃったあ!」
健ちゃんは力いっぱいの大声で泣きだし、縁側からころげ落ちそうになりながらすべりおり、はだしでダーッと駆けだした。
ふと見ると、鶏小屋のそばからお母さんの顔がひょっこりのぞいている。
笑いながら「おいで、おいで」と手招きをしている。
健ちゃんはピタッと立ち止まり、泣くのをやめると、くるりとむこうを向いた。
うつむきながら親指をくわえて、「ああ、ああ」と言っていると、お母さんの下駄の音が近づいてきた。
こんどこそあきらめたような顔をして、お母さんが戻ってきた。
克子ちゃんを背中からおろしてオシッコをさせ、縁側に腰かけておっぱいを出した。
克子ちゃんは手探りでママのおっぱいを探しあて、そこに顔をすりつけていった。
眉間の筋肉がもりあがるほど眉をしかめ、目を伏せたまま、ごくっ、ごくっとのどもとを鳴らしながら飲んでいる。
「克ちゃん、お目々をあけてごらん。ねえ、お目々をあけてよ。」
まるで物事がよくわかる子に話すようにお母さんは顔を近づけていった。
もうすぐ誕生日が来るというのに、克子ちゃんはおもちゃを見せても知らんぷりだし、指をひらひらさせて目の近くまで近づけていっても、まばたきひとつしない。
そのくせ、目玉はひっきりなしにくるくると動かしている。
よく見ると、黒目が魚の目のようにギラリと白く光っている。
それでいて、明るいところではいつも眉をひそめ、目をしっかり閉じたままうなだれて、顔を上げようともしなかった。
同じ時期に生まれたほかの赤ん坊たちはみんな愛嬌よく育ち、だんだん賢くなっていくのに、克子ちゃんはいつまでたっても笑わない、真面目くすんだ顔をしていた。
赤いガラガラを見せても自分から手を出そうとはせず、手に握らせてふって見せると、その音を聞いてはじめてニコッと笑うのだった。
どこを見ていいか定まらない瞳をくるくる動かしながら、力まかせにガラガラをふりまくっては、にこにこした。
だけど、何かのはずみでそれを落としてしまっても、ふたたび誰かに握らされるまでは自分から手を伸ばそうとはしない。
落としたガラガラがまた自分の手に戻ってくることなんて、頭の片隅にもないのだ。
泣きもしず、静かな表情でただ、眼球だけを忙しそうに動かしているだけだった。
ものを見て喜ぶことも、はしゃぐことも、何か欲しくて泣いて訴えることも知らない。
丸々と太っていて風邪ひとつひかない健康な体でありながら、克子ちゃんの心の世界は、ただ食欲に関すること以外は、その成長をピタッと止められているようだった。
それさえもおっぱいの感触以外はすべて受け身だった。
お母さんがあてがって、唇にふれて初めて口を開けるのだった。
「おとなしい、いい子だね」と村の人たちにほめられるたびに、お母さんはひとり、胸が締め付けられるようなつらい思いをしていたのだった。克子はまだお母さんの顔をじっと見て覚えることはできなかったけれど、お母さんの声をきくと嬉しそうにしたり、泣いたりするようになっていました。
ちょうど二、三か月前、お正月のお休みを利用して、あちこちの目医者さんをまわって診てもらったのです。
四、五年は待つしかないねと、お医者さんたちが申し合わせたかのようにみんな首を縦に振らず、匙を投げたような診断ばかりでした。でも、たったひとりだけ、神戸のお医者さんだけが、「目で見えてはいないけれど、光と闇のちがいは分かっているはずだ」という診断をくだしてくれたのです。
目をぐるぐると動かしているのは、どうにかして自分の目で外の世界を見ようとする、視神経の一生けんめいな努力のあらわれなんだと説明されました。だから、その視神経の一生けんめいな働きが消えてしまわないうちに、一日も早く手術をしたほうがいいと言われたのでした。
「この子は一生けんめいものを見ようとしているのに、それをそのままにして放っておくと、視神経はもうダメだとあきらめてしまい、見ようとする努力をしなくなってしまうのです。」
そう聞いて、お母さんは声をあげて泣きました。
嬉しかったのです。
けれど、その場ですぐに手術を受けられるほどお金持ちではないお母さんは、いったんはあきらめて帰るほかありませんでした。
ちょうど冬のまっさかりで、毛糸の編み物屋さんで働くお母さんにはたくさんのお仕事がたまっていたし、それを途中で投げ出すわけにはいかなかったのです。
健ちゃんたちのお父さんは、ずいぶん長い間しっかりとしたお仕事が見つからなくて、そのせいで、お母さんがお母さんと子ども二人のくらしを自分の手で支えなければならなかったのです。
四、五年前に器用さをいかして始めた毛糸の編み物の内職が、いつの間にか本当の仕事になり、かたわらで小さな毛糸屋さんまで営むようになって、お母さんのお仕事はちょうど一番忙しい時期でした。
昼も夜もずっと編み棒を動かしていました。
お父さんはときどき家に帰ってくるけれど、すぐにまたどこかへ行ってしまい、健ちゃんたちはいつもお母さんと子ども三人でのくらしでした。
そんな毎日の中で、どうして高額な手術を受けたり、三週間も病院に入院したりすることができでしょうか。
それでも、どうしても手術を受けさせてあげたい。
お母さんは、お医者さんが言った「視神経の努力」という言葉がどうしても頭から離れず、毎日手がちぎれそうになる思いで春を待ち望んでいたのでした。
病名は「先天性白内障」、いわゆる「そこひ」というもので、お父さんの実家の人たちはみんな、克子はもう一生目が見えないんだと思い込んであきらめていましたが、お母さんだけは希望をすてませんでした。
たとえ少しだけでも、自分の目で世界を見られるようにしてあげたいと強く願っていたのです。
そして、いよいよ今日はその神戸の病院へ向かう日だったのでした。
「克ちゃんや、どうしてそんなにお目々をあけないのお。

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