遠かったあ……!」
仁太が口火を切ったのをきっかけに、みんなも口ぐちに言いはじめました。
「みんなで約束して、だまって来たんよ、なあ!」
「一本松が、なかなか来んもんで、コトヤンが泣きだしたところじゃったんよ」
「せんせ、一本松ってどこ? まだまだ遠いん?」
「足、まだ痛いん?」
笑っている先生のほほを、涙がとめどなく流れていました。
なんだ、一本松も先生の家もすぐそこなんだとわかると、また元気な歓声がわき起こりました。
「ほお、そうだったんか! 一本松、やっとここまで来たもんなあ!」
「もう引き返そうかと思ったくらい遠かったなあ」
松葉杖をとりまいてみんなでおしゃべりしながら先生の家へ歩いていくと、先生のお母さんもびっくりして、急にてんてこまいの大忙しになりました。
かまどの下に火をくべるやら、何度も外に飛び出すやら、そうして一時間ほども先生の家におじゃましていたでしょうか。
そのあいだに、おいしいキツネうどんをごちそうになり、おかわりまでする子もいました。
先生は大喜びで、「みんなで記念の写真を撮ろうよ!」と言い、近所の写真屋さんに頼んで、わざわざ一本松まで出かけました。
「もっとみんなの顔を見ていたいけど、もうすぐ日が暮れちゃうからね。
おうちの人たちが心配しているわよ」
帰りたがらない子どもたちをやさしくなだめて、やっとのことで船に乗せたのは、もう四時をすぎていました。
短い秋の日は傾きかけて、岬の村は、まるで何ごともなかったかのように、夕ぐれのやさしい色の中に包まれようとしていました。
「さよならァ――!」
「さよならア――!」
松葉杖をついて浜辺に立ち、見送ってくれる先生に向かって、船の上からはいつまでも絶え間なく声がかけられました。
三人の大人たちが町から村へと探し回っているころ、十二人の子どもたちは、思いがけない大冒険の道をとおって、無事に村へと戻ってきたのでした。
わあい!
やあい!
時ならぬ沖合からの元気な叫び声に、岬の村の人たちはびっくりして腰を抜かしそうになりました。
お説教して叱ってみたものの、結局は大笑いになってしまい、大石先生の人気はますます上がったのでした。
その翌々日、チリリンヤの大八車(だいはぐるま)には、とってもめずらしい荷物が積みこまれたのです。あまりにも細かくて小さなものばかりだったので、チリリンヤはそれをリンゴの空箱にまとめて村を出ていきました。
道すがら、いろんな用事を済ませながら一本松までやってくると、リンゴの箱をそのままかついで歩きだしました。
腰の鈴がリリンリリンと、足を一歩踏み出すごとに鳴りつづけ、やがて、リッ、と鳴りやんだその場所が、大石先生の家の縁先でした。
チリリンヤの鈴の音は、どこからか、大切なものが届けられるときのあいさつなのです。
長々と言い訳をする必要はあまりありませんでした。
「はーい。
お米が五合に、豆がひと升。
こいつは軽いぞ、もしかしたら煮干しかい。
ほい、もう一つお米が一升で、豆が五合――」
小さな袋をいくつも取り出して、縁側の板の間にどんどん積み重ねていきました。
どの袋にも名前が書いてあります。
それはみんな、恩をしっかり覚えている岬の村の人たちから、大石先生へのお見舞いのお米や豆だったのです。
四 わかれ
写真ができあがりました。
一本松を背景にして、松葉杖によりかかった先生を、十二人の子どもたちが、立ったりしゃがんだりしながらとりまいています。
磯吉、竹一、松江、ミサ子、マスノと順々に見ていって、仁太のところへきたとき、思わずふきだしてしまいました。
あまりにも仁太がきばりすぎているからでした。
止めている息が、いまにも、うううと漏れて、うなりだしそうなくらいにかたくなになっています。
気をつけをしたその姿勢は、だれが見たって笑わずにはいられないものでした。
マスノとミサ子のほかは、生まれて初めて写真を撮ったということで、だいたいみんな体がかたくなっています。
その中でも仁太と吉次はとくべつでした。
仁太とは反対に、体をすくめ、顔をそむけ、おまけに目をつぶっている吉次は、ふだんの気の小ささがそのまま写真に映し出されているようで、かわいそうにさえ思えました。
かわいそうに、キッチンはこわかったんだろうな、写真機の中から何が飛び出してくるかと思ったんだろうな……。
ひとりで写真をながめて笑っているところへ、本校の校長先生がやってきました。
その声をきくと、今度は大石先生のほうが、思わず気をつけの姿勢のようになって玄関に出ていきました。
松葉杖は手元からはなれていましたが、まだまだ足を引きずるような歩きぶりを見て、校長先生はちょっと眉をよせ、気のどくそうな顔で見つめました。
「ひどい目にあいましたな」
「はあ、でも、ずいぶんよくなりました」
「痛いですか、まだ?」
どう返事をしていいか困って答えずにいると、校長先生が返事をさいそくにきたとでも思ったのか、お母さんがかわって答えました。
「いつまでもご迷惑をかけまして、すみません。
もうずいぶん楽になったようですけど、なんしろ、自転車に乗れないものですから、いつまでもぐずぐずしておりまして、はい」
しかし校長先生のほうはそんなつもりではなく、お見舞いをかねて嬉しい知らせを持ってきたのでした。
友人の娘でもある大石先生のことも、今日は親しみを込めて名前で呼び、
「久子さんも片足を犠牲にしたんだから、岬の分校での勤務はもうよいでしょう。
本校へもどってもらうことにしたんじゃがな、その足じゃあ、本校へもまだ出られないでしょうな」
と言いました。
お母さんは急に涙ぐんで、
「それは、まあ」
と言ったきり、しばらくあとの言葉が出てきませんでした。
思いがけない喜びであり、急にお礼の言葉も出てこなかったのです。
それを何とかごまかそうとするかのように、さっきからやっぱりだまったままの娘の大石先生に気づくと、
「久子、久子、いったいどうしたの。
ぼんやりして。
お礼を言いなさいよ」
と言いましたせっかちなお母さんでした。
しかし、大石先生としては、せっかくのこの校長先生のはからいが、あまりうれしくありませんでした。
これがもし半年前のことだったら、飛び上がって喜んだでしょうが、今ではもう、そう簡単にはいかない事情が生まれてきていたのです。
だから、口をついて出た言葉は、お礼ではありませんでした。
「あのう、もうそのこと、決まったんでしょうか。
後任の先生のことも」
それはまるで、とんでもないことですと言わんばかりの口調でした。
「決まりましたよ。
昨日の職員会議でね。
いけないかね?」
「いけないなんて、そんなこと言う権利ありませんけど、でも私、やっぱり困ったわ」
もしそこにお母さんがいたら、大石先生はきびしく叱りつけられたかもしれません。
しかしお母さんは、茶菓子でも買いに行ったのか、すでに出ていったあとでした。
校長先生はにこにこ笑って、
「いったいなにが困るんですか?」
と尋ねました。
「あの、生徒と約束したんです。
また岬へもどるって」
「こりゃおどろいた。
しかし、どうやって通うつもりかね。
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