初級翻訳・大洪水 第1話

中谷 宇吉郎

今度アメリカの東部海岸地方をおそったハリケーンは、ものすごい猛威をふるいました。
ハリケーンというのは、日本の台風とそっくりなもので、ふつうはメキシコ湾で生まれ、アメリカの東海岸に沿って海の上を北東へすすみ、大西洋へ抜けていく性質を持っています。
それが、ここ最近になって陸地の上を通るものが増えてきて、被害が急に大きくなってきたのです。
その理由は、まだ分かっていません。
今度のハリケーンの大きな特徴は、ものすごい勢いで、大量の雨をともなっていたことで、あっという間に大洪水が押し寄せてきました。
八月二十九日号の雑誌『ライフ』には、ぞっとするような写真がたくさん載っています。
ブラック・ストーン川があふれてポケット市をおそっている場面などは、とても信じられないような光景です。
三階建ての大きな建物が両側にらんでいて、その間を洪水が、まるで荒れ狂う波のような勢いで押し寄せてきます。
建物にぶつかった水は、二階の高さにまで届くほどの激しい波となって飛び散っています。
ただの川の増水ではなく、まるで巨大な滝が押し寄せてくるような感じです。
被害の大きさはまだ正確には分かっていませんが、十億ドルは軽く超えているだろうと言われています。
亡くなった人も非常に多く、高い場所にあったはずの避暑地までが水の中に沈んでしまい、あっという間に何十人もの観光客が溺れて亡くなったという記事も載っていました。
一分間に一フィート(約三十センチ)くらいのすごいスピードで水がやってきたそうで、身ひとつで逃げるすきすえなかったようです。
アメリカはもともと自然災害の多い国ですが、今回は東部のとても栄えている場所がおそわれたため、とくに大さわぎになっています。しかし昔から洪水といえば、日本などとはくらべものにならないほどのケタ違いの水が、いつもやってきていました。
今世紀の初めごろ、コロラド川が大はんらんを起こして、現在のソールトン湖という湖を作りましたが、そのときできたソールトン湖、つまり水たまりの広さは、日本の琵琶湖の二倍近くもあったのです。
ミシシッピ川の支流であるミズーリ川も、はんらんすることでとても有名な川で、毎年のようにものすごい大洪水を起こしていました。
日本だけが水害の国というわけではないのです。
しかしコロラド川は、ボルダー・ダムが完成したおかげで、洪おそろしい大さわぎも今では昔話になってしまいました。
ミズーリ川も、いま工事が進められているピック・トムソン計画が完成すれば、すっかりおとなしい川になってしまうことでしょう。
そのほかにもTVA(テネシー川流域開発公社)をはじめとする、何十もの川の開発計画によって、洪水はだんだんと減りつつあります。
そんなところにやってきたのが、今回のハリケーンの大さわぎです。
さすがだなと感心させられるのは、アメリカ政府がすぐにその対策を始めたことです。
まずはハリケーンがどうやって発生するのか、そしてどうすれば正確に予報できるのかを徹底的に研究する必要があるということで、五百万ドルの研究費を出すことを決め、それはすでに議会でも認められました。
いくらアメリカでも、この手の研究のために五百万ドル(当時の金額で十八億円)もの大金をパッと出すなんて、今までに聞いたことがありません。
少なくとも、私は聞いたことがありませんでした。

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