初級翻訳・子猫 第2話

子猫

それはともかくとして、私はこんな調子で、お腹の赤ちゃんや三毛の体に何か悪い影響が出やしないかと心配でしたが、特にどうすることもできないので、そのままにしておきました。

いったいどんな子猫が生まれるんだろうかということが、うちの子どもたちのあいだで何度も話題になりました。
みんなそれぞれ勝手な希望を言い合っていました。
そして、自分たちの小さな頭の中で、やがてやってくるであろう「奇蹟の日」を想像して、待ち遠しくてたまらない様子でした。
今度生まれた子猫は、みんなうちで飼ってほしいというお願いを両親に提出する子もいました。

ある日、家族のほとんどが博覧会の見物に出かけました。
私はお留守番をして、めずらしく静まり返った1階の居間で仕事をしていましたが、いつものとは違う、三毛の鳴き立てる声が妙に耳につきました。
ごはんをねだるときや、外から帰ってきた主人を見つけて鳴くときとは、ちょっと様子が違っていたのです。
なんだか不安で落ち着かないといった様子で、私のそばへ来たかと思うと縁側に出たり、またおしいれの部屋の中で何かを探すようにうろうろしては、悲しそうな声を上げて鳴いていました。
猫の出産なんて一度も経験したことのない私にも、このいつもの様子とは違う三毛の動きが何を意味しているのかは、はっきりと直感できました。
そして、「これは困ったことになったぞ」と思いました。
妻はいないし、うちにいる私の母も、年齢のいっていないお手伝いさんも、みんな猫の赤ちゃんが生まれるときにどういう処置をしたらいいかなんて、まったく知識を持っていなかったからです。

ともかくも、古い柳の行李(こうり)のフタに古い座布団を入れたものを、茶の間のタンスの影に用意して、その中に三毛を座らせてみました。
しかし、ふだんから自分のすわる場所や寝る場所に対してものすごく気難しいこの猫は、そんな慣れないお産の部屋になんて一瞬たりとも落ち着いていられませんでした。
そして、何かにとりつかれたみたいにあたり中をうろうろと歩き回っていました。

お昼を過ぎてから二階に上がっていると、階段の下からお手伝いさんが大きな声を上げて、猫のただならず異変を知らせてきました。
あわてて下りていってみると、三毛は居間の縁の下で、土ぼこりにまみれたネズミ色の塊(かたまり)を一生懸命になめまわしていました。
それはもう生きているとも思えないようなナマズのような塊でしたが、ときどき見かけによらない甲高い赤ちゃんみたいな声を出して鳴いていました。
三毛はすっかりどうしていいかわからず、途方にくれているように見えました。
赤ちゃんの首すじをくわえて庭の方へ行こうとするかと思うと、途中で地面におろしてまたなめまわしたりしています。
そしてとうとう、その土まみれで、気味悪くぬれよごれた小さな生き物をくわえて、私たちの居間に持ち込んできたのです。
そして私の座布団の上におろすと、まるで人間でいう産婆さんのように、生まれたばかりの赤ちゃんのお世話のようなことをしようとするのでした。

私は急いでさっきの柳の行李のフタを持ってきて、お母さんと子供をその中にいれてあげましたが、ほんのちょっとの間もそこにはいてくれなくて、すぐにまた座敷じゅうを引きずり回すのでした。
困り果てた私は、裏の物置へその行李を持っていって、そこに母子を閉じ込めてしまいました。なんだか残酷なような気もしましたが、家じゅうの畳を汚されてしまうのは私には我慢できないほどイヤだったのです。

物置の戸を激しい勢いでひっかく音がしているなと思っていると、突然、高い無双窓(むそうまど)に三毛の姿が現れました。
子猫をくわえたまま立ち上がって、窓のすきまから外へ出ようとまるで狂ったようにもがいている姿は、本当にものすごい迫力でした。
そのときの三毛のポーズと、恐ろしいほどの目つきは、今でも忘れることができないほど私の頭に焼きついています。
私はあわてて戸を開けてやりました。
よく見ると、子猫の体がまっ黒になっていて、三毛の四本の足もちょうど脚絆(きゃはん)をはいたみたいに黒くなっていました。
このあいだずっと、板塀の土台を塗るために使った防腐剤のペンキを入れたバケツが、物置の窓の下においてあったのです。
その中に子猫を落としてしまったものだと思われました。
頭から油をかぶった子猫は、もう明らかに呼吸が止まっているように見えましたが、それでもまだかすかにピクピクと動いているのがわかるほどの状態でした。ひどく冷酷な人間である私は、三毛がその防腐剤まみれの足と子猫で家じゅうの畳を汚して歩き回ることに何よりも困ってしまい、すぐに三毛を抱えてお風呂場へ行き、石けんで洗い始めました。しかし、あのねばねばした油が密生した毛の奥までしみ込んでいて、なかなか簡単には落ちそうにありませんでした。
そのうちにもう命の気配も感じられなくなった子猫を、私たちはすぐ裏庭の桃の木の下に埋めました。
土をかぶせてしまったあとで、「もしかしたらまだ生きていたんじゃないか」という不安な気持ちがわき上がり、何ともいやな気分になりました。
しかし、もう一度それを掘りかえして確かめてみるだけの勇気は、どうしても出ませんでした。
黒い油にまみれたあのおそろしい塊に、ふたたび命が戻ってくるなどとは思えなかったのです。

そうこうしているうちに、家族みんなが博覧会から帰ってきて、留守のあいだに起きた大事件について私から話を聞いている最中、三毛はまた第二、第三の出産を始めました。
私はすべての後始末を妻にまかせて、二階へと上がりました。
机の前に座ってやっと落ち着いてみると、ただでさえ病気がちで弱っている自分の神経が、ものすごい興奮のせいでひどく疲れ切っていることに気がつきました。
あとから生まれた三匹の子猫は、みんなまもなく死んでしまいました。
物置に閉じ込められてからの、三毛のはげしい体と心のパニックが、この死産の原因になったのではないかと私は疑いました。
この疑いは、いつまでも私の心の奥底に、小さな傷跡のように残り続けました。
桃の木の下で三匹のきょうだいと一緒に眠っているあの子猫に対する一種の不安も、おそらくこれからずっと私の良心をチクチクと刺激し続けることでしょう。

お産のあとの回復の様子も、普通ではありませんでした。
三毛はすっかり食欲をなくし、元気がなさそうに目をしょぼしょぼさせながら、一日中背中を丸めて座っていました。
体に触れてみると、全身の筋肉が細かくブルブルと震えているのが感じられました。
これはこのまま放っておいては危ないと思い、すぐに近所の動物病院へ連れて行かせました。
おなかに赤ちゃんがまだ残っているらしいので、手術をして、しばらく入院させたほうがいいということでした。
十日ほどの入院中、子供たちが毎日交代で見舞いに行きました。
子どもたちが帰ってくると、三毛の様子がどうだったかを聞いてみるのですが、いつも要領を得た答えは返ってきませんでした。
あまりひんぱんに見に来ると猫の神経を刺激して病気にさわると、お医者さんから注意されて帰ってきた子もいました。

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