初級翻訳・恐竜島 第10話

恐竜島

耐えがたいほどの蒸し暑さの密林の中で、人間を恐ろしいとも思わぬ蠅や蚊や蟻の群れと戦いながら、二時間あまりも同じ場所にじっとしていることは、それだけでも耐えがたいことでした。
玉太郎はあきらめて、そこを立ち去りました。
彼は密林の中をくぐり抜けて、元の海岸へ出ました。
もしやそこにラツールが先にかえって来ているのではないかと期待していましたが、それもやはりだめでした。
海岸で待っていたのは、壊れた筏だけでした。
彼は砂の上に腰をおろして、ぼんやりと考えこみました。
ラツールもいなくなった。
ポチさえ、どこに行ったかわからなくなった。
絶海の孤島に、自分ひとりだけが取り残されている。
このままでいれば、干からびてしまうか、病気になるかして、白骨と化してしまうだろう。
玉太郎は心ぼそさに耐えきれなくなって、砂の上にたおれました。
そして大きな声をあげて泣きました。
泣きつかれて、眠ってしまいました。
どのくらい眠ったかわかりませんが、ふと目がさめました。
脚のところへ、がさがさと何かがはいりこんできたので、びっくりして目がさめたのです。
貝でした。
一枚貝でした。
いや、手にとってみると、それは一枚貝を自分の家として住んでいるヤドカリでした。
「なーんだ。
ヤドカリか」
ヤドカリは、玉太郎の手のひらの上でしばらくじっとしていましたが、やがて急に足をだして、あわてて這い出しました。
そして手のひらからぽとんと下に落ち、草の中にかくれました。
玉太郎は、草の中からそのヤドカリをさがしだして、波打ち際へほうってやりました。
「そうだ、ぼくはひとりぼっちじゃない。
この島にはヤドカリもいるし、蠅もいる。
蚊もいる。
蟻もいる。
それに魚もたくさんいる。
ひとりぼっちじゃないぞ」
玉太郎は立ちあがると、胸をたたきました。

電球の魔術

玉太郎の心は、ようやく落ち着きを取りもどしました。
「もう、じめじめした考えはやめよう。
これから先の運命は、神様におあずけして、自分は残りの生活が続くあいだ、ほがらかに生きていこうや」
さとりの心が、玉太郎を救いました。
彼はそれから、急に元気になりました。
口笛をふきながら、ぶらぶら海岸の白い砂の上を歩きまわりました。
波打ち際に、光るものがありました。
なんだろうとそばへよって見てみると、それは電球でした。
「こんなところに電球がある」
彼はそれを拾いあげました。
べつに変わったところもない普通の電球です。
しかし、およそこの無人島には似合わないものでした。
「漂流して、この島へ流れついたんだよ。
やっぱりモンパパ号の遺物なんだろう」
電球なんかこの島に用がないと思いましたが、彼はそれを拾って手に持ちました。
この電球が、やがてこの島の生活になくてはならないものになろうとは、玉太郎は気づいていませんでした。
波打ち際をすすむほどに、漂流物はそのほかにもいろいろとありました。木片、箱、缶、そして缶詰など、少しずつではありましたが、漂流物を拾い集めることができました。
やがて、石垣のある場所に出ました。誰かが手作業で積み上げた石垣であることは間違いありません。しかし、その一部は崩れていました。そこから海水が入り込み、内側は入江のようになっていました。石垣の端っこに、「カヌー」と呼ばれる丸木舟が、ひっくり返された状態で捨てられていました。なぜ捨てられていたのか、玉太郎には分かりませんでしたが、これはスコールのときに大きな波が起こり、この丸木舟を石垣の向こう側から打ち上げたものなのでしょう。玉太郎はそばへ寄って、このカヌーをじっくりと観察しました。外側に出ている腕木が折れていました。これを修理すれば、自分は自分の舟を持つことができる。希望が一つ増えました。そのあたりで引き返すことにして、また元の場所へ戻りました。ポチも帰ってきておらず、ラツールの姿もやはりそこにはありませんでした。
仕方がない。お腹がぐうぐうと鳴りました。椰子の木の根元を探して椰子の実を拾い、穴を開けて中の水を飲みました。それだけでは足りません。さっき拾った缶詰をナイフでこじ開けてみました。すると、思いがけず「ソーダ・クラッカー」というビスケットのようなものが、ぎっしりと詰まっていました。塩味が強くきいています。
「ああ、よかった。これだけあれば四、五日は食べてつないでいける」
玉太郎の元気は倍にふくらみました。食べました。かなり大きな角缶だったので、あとはまるでそのまま保存食のようになりました。お腹が満たされると眠くなり、また眠ってしまいました。その間に蚊に食われて目が覚めました。太陽が西に傾いていました。やがて夜がやってきます。
「そうだ。火がほしい」
火がないと、こうした土地の夜は怖いと以前から聞いていました。ところが、マッチがありません。ライターもありません。これでは火のない生活を送らなければならないのです。困った。大いに困り果てていると、ふと気がついたことがありました。それは学校で理科の実験をしたときのことです。ガラス球に水を入れ、それをレンズにして太陽の光の当たるところへ出し、その焦点が結ばれたところに黒い紙を持っていくと、その紙が燃え出したことがありました。さっき拾った電球がある。そこへ目が行ったとき、あの実験を思い出したのです。
玉太郎は電球を握りしめ、波打ち際の方へ行きました。そこで石を拾い、注意深く電球の口金のところを叩きました。シュッという音とともに、中へ空気が入っていきました。その電球を海に浸すと、海水が穴から中へ流れ込みました。やがて中はいっぱいになりました。これでいいのです。穴のところを手で押さえ、玉太郎は林の方へ戻ってきました。そして傾いた太陽の光をこの水入りの電球で受け、その焦点を、そこに散らばっている枯れ草の黒ずんだ部分に落としました。すると枯れ草はすぐに煙を上げていぶり出しました。そこへ息を吹きかけました。草は赤い炎を上げてメラメラと燃え出しました。
「あッ。火をつかまえたぞ!」
玉太郎は、鬼の首でもとったかのように喜びました。やがてこの島に闇が訪れます。その夜、玉太郎はどんな夢を見ることになるのでしょうか。

伯爵の昔話

深い闇の海上で、シー・タイガ号はエンジンを止めました。ちょうど午前一時でした。乗組んでいる人々の中で、目を覚ましていない者はひとりもいませんでした。みんな張り切った顔をしていますが、甲板に出ている顔が誰のどんな顔をしているのかは分かりません。この一千トンにも満たないボロ船は、団長であるセキストン伯爵の命令により、完全に灯火管制をしていました。
「間違いなくここなのかね。ねえ船長」
伯爵は、身分に似合わない品の悪いガラガラ声で船長に呼びかけました。
「何度お聞きになっても、ここですよ。おっしゃった通りの地点で、間違いありません。それに、ご覧の通り、あの島の形は、お預かりしている水夫ヤンのスケッチと同じ形をしていますからねえ」
「その島の形じゃが、わしにはよく見えんでのう。これは八倍の双眼鏡だがね」
「見えないことはありませんよ。しばらくじっと見ておいでになると、島の輪郭がありありと見えてきます。私たちには肉眼でちゃんと見えているんですからねえ。

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