初級翻訳・打出の小槌 第1話

外村 繁

――ぼくのところの三男坊(3番目の男の子)は、家族みんなの人気者で、とっても愛嬌(あいきょう)があるんだ。
あだ名は「たゆ」、それから「安福(やすふく)」とも呼ばれている。
どうして「たゆ」なのかというと、この子はさる年生まれなのに、どうしても「さる」と言えなくて、「たゆ」って言っちゃうからなんだ。
もう一つのあだ名「安福」のほうは、ぼくのふるさとの村にある「安福寺(あんぷくじ)」という禅寺(ぜんでら)からきている。ある夏、ぼくたちが実家に帰っていたときのこと。ぼくの家は真宗(しんしゅう)という別の宗派だから、ふだんはそのお寺とは何のお付き合いもないのに、なんと「たゆ」は一人だけでその安福寺へ遊びに行ってしまったんだ。それだけじゃなく、両手にお菓子をいっぱいはちきれんばかりに抱えて帰ってきたことがあった。
ちょうどそのとき、同じように実家に帰ってきていたぼくの弟が、その姿を見て、
「たゆの安福さんだねえ」と言いながら、お腹をかかえてゲラゲラと笑い転げてしまったんだ。
それからというもの、「たゆ」は「安福」とも呼ばれるようになって、誰かからちゃっかり何かをもらったり、得をしたりすることを「安福する」と言うようになったんだ。
「たゆ」は本当に、この「安福」の名人だから、お父さんとしては困ってしまう。
ぼくが道を歩いていると、ときどき思いもよらない家の二階から、聞き覚えのあるかわいらしい黄色い声で、
「お、と、お、ちゃーん」と呼ぶ声がする。
びっくりして見上げると、やっぱり「たゆ」が、やったぞと言わんばかりのうれしそうな笑顔で、窓から顔をのぞかせているんだ。
今年の お正月も、お昼ご飯の時間になっても、彼だけがどうしても帰ってこなかった。
妻や長男が、あちこち心当たりのある場所を一つ一つ探してみたけれど、どこにもいない。
毎日のように遊びに行くお隣の家は、そのお家の子どもたちがみんな外でそろって遊んでいたから、まさかそこには行っていないだろうと思った。
ぼくも一緒になってあちこち探し回って困り果てていると、お隣の子どもの一人が、
「洋ちゃん、なんだかうちの中にいるみたいだよ」と言うんだ。ぼくは不思議に思いながら、お隣の家を訪ねてみた。
すると、どうだろう!
「たゆ」はお隣のおじさんのひざの上にちょこんと乗って、こたつにあたりながら、みかんやおせんべい、お菓子などをたくさんもらって、まさに「大安福」の真っ最中だったんだ。
こんなふうに、「たゆ」の「安福」のエピソードは数えきれないほどある。
それに「たゆ」は、そのあだ名の通り、ちょっとしたその場の思いつきや、人のものまねがとっても上手なんだ。
ぼくのふるさとは江州(滋賀県)なので、彼はあっという間に江州のなまり(江州弁)を覚えてしまった。
気が強くてしっかり者であるぼくのお母さん(おばあちゃん)も、彼のことがかわいくてたまらないらしく、少し手を焼きながらもニコニコしている。
おばあちゃんが何か失敗した話などをしていると、「たゆ」はチラリと顔を出して、
「ほら、ごらん。だめじゃないの」なんて、ちょっと小生意気な江州弁を言い残して、タタタッと走り去ってしまうんだ。
またあるとき、妻が神奈川にある実家へ子どもたちを連れて、二、三日出かけていたことがあった。
そこから帰ってきてしばらくの間、彼は話す言葉の最後に、いつも変な言葉をつけてしゃべっていた。
「郁ちゃん、行こうよ。べ」
ぼくは最初、何のことかさっぱりわからなかった。けれど、それが神奈川の田舎言葉である「〜べえ(〜しよう)」の真似なんだとやっと気づいて、思わずブッと吹き出してしまったんだ。
「たゆ」は、実はちょっとクールで薄情なところがあるくせに、見た目はすごく人懐っこくて、少しも人見知りをしない。
「安福」というあだ名をつけてくれた「めえ叔父さん」(メガネをかけている叔父さん)とも大の仲良しだ。
ぼくの友達が家に遊びに来ても、まるで自分の友達のように仲良くなってしまう。
普段は無口な友人のNさんでさえ、
「こいつは面白いなあ」と言って、二人でよくおしゃべりや言い合いをして遊んでいる。
けれど、ぼくは彼のこういう性格を、彼が「三男坊」であることとあわせて考えると、なんだかただ笑っているだけでは済まないような、ちょっと複雑な気持ちにもなるんだ。
――
そんな彼が幼稚園に入ったばかりのころ、幼稚園から帰ってくるなり、とっても真面目な顔をしてこう言った。
「幼稚園の紙芝居にはね、箱がないんだよ」
それは、街の紙芝居屋さんが持っている、水飴を入れる引き出し箱のことだった。どうしてこの子は、そんなちゃっかりしたことばかりに気がつくんだろうと、ぼくはあきれるやら、ちょっと情けないやらで苦笑いしてしまった。
けれど幼稚園には、幼稚園ならではの、いろいろな「安福」の種が転がっていた。
ある日、彼は歯磨き粉の会社が配っているカードを一枚もらってきた。そして、朝と夜、とっても熱心に歯を磨き始めたんだ。
もともとだらしのない性格で、ふだんは顔を洗うことさえめんどくさがり、洋服のボタンもいつもかけ忘れて外れっぱなしだった。けれど、そのカードをもらってからは、忘れてしまいそうなのに、なかなか忘れずに歯を磨き続けた。
そして歯を磨き終わると、「お母さん、早く!」とうるさく急かして、そのカードにスタンプ(判)を押してもらうんだ。でも、カードの終わりが近づくにつれて、歯の磨き方はだんだん雑になっていって、ときにはハブラシをくわえるだけの真似っこになって怒られたりもしたけれど、なんとかカードいっぱいにスタンプがたまった。
彼はうれしそうに、そのカードを幼稚園へ持って行った。
それからしばらくして、彼は幼稚園から一枚の立派な表彰状と、子ども向けの歌やダンス、漫才などが楽しめる「表彰式」への招待状をもらってきたんだ。
その表彰状には、「あなたは、むし歯になりやすい子どもの歯の時期に、よく気をつけてお口と歯をきれいにすることに努めました。よってここに表彰します」というような、とってもお堅くてものものしい言葉が書かれていた。
次の日曜日には、ふだんはめったにお出かけしない妻までがおしゃれな着物に着替えて、彼を連れて表彰式へと出かけて行った。そして帰り道、彼は両手いっぱいの大きなお土産袋をもらって、ホクホク顔で帰ってきたんだ。
去年のこと、彼もいよいよ小学校に入学した。ぼくは入学式の日、彼を連れて学校へ行った。
受付の先生のところへ行くと、先生は彼を見て、
「おや、外村くんの弟さんですか。まあ、なんてかわいらしいんでしょう」と言って、彼の頭をなでてくれた。
それから、校庭で校長先生や先生たちのお話が始まった。先生たちは、学校が決して恐ろしい場所ではなく、面白くて楽しい場所であるようにと、子どもたちの幼い頭に印象づけようと一生懸命のようだった。
その時、先生は桃太郎のお話をされた。
それも非常に面白い語り口調で。
例えば、お爺さんが柴を担いで山から帰ってくると、いきなりお婆さんは言うのであった。
「お爺さん、お爺さん、とってもいいものがあるんですよ。

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