初級翻訳・打出の小槌 第2話

外村 繁

何でしょう、当ててごらんなさい」
「グリコ!」
「違うわよ」
お婆さんはそう言って、にこにことは首を横に振るのであった。
見ると、子どもたちは皆一様ににっこりと微笑みを浮かべ、一心に先生の方を見入っていた。
一瞬、危うく涙ぐむほど、私はありがたかった。
それから新入生たちは組ごとに分かれて教室に入った。
彼は教室の一番前の机に座って、受け口の唇をきゅっと結んで、それでも精一杯の顔をしていた。
けれど、さすがの彼も、学校では「安福」のすべもないらしかった。
相変わらず、友達のお父さんやお母さんから、栗や、柿や、サツマイモや、時にはレンコンやニンジンようなものまでもらってくることもあったけれど。
(レンコンの時には、胸いっぱい泥だらけのレンコンを抱え込んで、
「よいしょ、よいしょ」と言いながら帰ってきたので、私は驚いてそのわけを尋ねた。
「周一君のお父さんのお手伝いをしてたの」
そう言って、彼はすごく得意そうに、
「このレンコン、とっても柔らかくて、おいしいんだから」と付け加えたのである。)
その上、学校へ入学すると、嫌な勉強さえしなければならなかった。
彼は読書も算術も嫌いで、勉強に退屈すると、ごろりと寝転んでしまったり、時にはいきなり机の上に座ったりした。
そして家内がどんなに厳しく注意しても、けろりとしてなかなか取り合わなかった。
「本当に、机の上に座るなんて、そんな子どもは知りませんよ」と、家内はほとほと困り顔だった。
「あいつなりに、机を占領したつもりなのかな」
私もただ呆れて、そんなことを言ったりした。
また、ある勉強の時間のこと、家内がうつむいて答えか何かを調べていて、ふと気がつくと、肝心の彼がいないのである。
「洋、洋!」
だが、もちろん何の返事があるはずもなかった。
家内は急いで門の外へも出て呼んでみた。
けれど、もはやその辺には影も形も見当たらなかった。
私はもういっそ、むしろ家内の慌てぶりが面白くて、とうとうお腹を抱えて笑ってしまった。
そんな調子だから、彼の通知表には「乙」が四つもついている。
だが彼は、
「カモが三匹泳いでいます。
立て札も立っています。
魚取るべからず」などと言って、さりげなく「乙」の数ををごまかしたりしているのだ。
けれど、彼は図画と書道と手工(工作)は得意である。
ところが、いつ頃からか、彼は雑誌や新聞の懸賞に応募することを覚え出した。
そしてそれがまた不思議なほどよく当選して、いろいろな賞品を送ってくるのである。
不器用な兄たちは「また変な『安福』を始めやがった」とうらやましがるのだが、別に止めるわけにもいかず、かと言って彼のばあいには全然「賞品目当て」であることがあまりにもはっきりしているので困ってしまうのだ。
その上、調子に乗ると、彼は何でもかんでも書き散らすので、やっとのことでそうさせないようにした。
彼はまた、庭を掘って、いったいどこからもらってくるのか、野菜や草花を植えたり、種種雑多な物の種を蒔いたりし始めた。
おそらく、『さるかに合戦』の柿の種のようなことを、欲張って夢見ているのだろう。
「ハサミでちょんぎるぞ」などと、時々独り言のようなことを言いながら、畑のそばにたたずんだりしている。
今も、庭の真ん中の、一番日当たりが良さそうな場所を彼らしくずいぶんと広く掘り返して、ネギ一株、タマネギ一株、花の咲いた日野菜一本、小さなミカン、梅、ビワ、どんぐりの木が一本ずつ植えてある。
そしてちょうど、カボチャや、朝顔や、名前も知らない大きな白い豆の芽が、若い葉を開いたり、太い頭を持ち上げたりしているところだった。
周囲にはちゃんと縄が張ってあるのだが、夏にもなればいったどうなってしまうことかと思われた。
ある日の夕食の後、子どもたちの話の流れで、自分たちのいちばん好きなものを言い合うことになった。
「青ちゃんは?」
「そうだな、僕は自動車、いや飛行機だな」と次男。
それに続いて、七つになる郁子が、いかにも言うまでもないといった風儀ではっきりと答えた。
「あたしはお人形!」
「バカだなあ。
飛行機だったら、それを売れば、いくらでもお人形が買えるじゃないか」
「そう言えば、青ちゃんだって、飛行機よりもっと高いものだってあるよ」
長男がそう言って反論したが、話はすっかりくだらないものになってしまった。
だが、郁子はやはり重ねて言い張った。
「だって、あたしはお人形よ」
今度は洋の番になった。
「僕はね……」
彼はそう言って、うれしそうに、にっこりと両頬をふくらませた。
そして一気に声を弾ませて言い切った。
「打出の小槌!」
とたん、私も思わず顔をほころばせた。
「なんだよ、そんなもの、ダメだよ。
そんなもの本当はないんだから」
長男と次男とが躍起になって反対したが、どうやら彼らの負けのようだった。洋はいつの間にか立ち上がって、小槌を振るようなしぐさをしながら言いました。
「青ちゃん、どうだい。ほらね、おミカン出てこい、ぽんぽん! 大きなお兄ちゃんはお団子が好きなんだね。よし、今度はお団子だよ。お団子出てこい、ぽんぽんぽん!」
「バカだなあ、それならいっそ、打出の小槌そのものを出しちゃえばいいじゃないか」
長男がそう言いました。
私はふと、洋がどう答えるだろうかと思い、ハッと胸を突かれたような気持ちになりました。
洋はしばらく考えていましたが、ずるそうな、いたずらっぽい笑みを浮かべて言いました。
「いやだよ、いやだよ! それを出したら、おしまいだもん、たいへんだよ!」
「よし、洋がそんなにいじわるで欲張りなら、寝ている間に取っちゃうからな」
それを聞いて、洋は一瞬、言いようのないほど悲しそうな顔をしました。
私は思わず長男に言いました。
「なんだい、お兄ちゃんも。冗談だよ」
けれど、私にはそれが決してただの冗談ごとではないような気がしていました。
そして、ちょっとした焦りさえ感じていたのです。
しかし、洋は不意に元気を取り戻した声で、次々と叫び出しました。
「いいよ、お兄ちゃん、お兄ちゃん、どうだい! お城出てこい、ぽんぽんぽん! 戦車(タンク)出てこい、ぽんぽんぽん! 飛行機出てこい、ぽんぽんぽん! チョコレート出てこい、ぽんぽんぽん! お日さま出てこい、ぽんぽんぽん……!」
「バカだなあ、もう、バカだなあ……」
みんなはそう言いながら、ついに腹を抱えて笑い出しました。
「それじゃあ、お父さんは『小説出てこい、ぽんぽんぽん』かな?」
私も思わず釣られてそう言いましたが、急に何もかもがばかばかしくなってきて、思わずみんなと一緒に声を合わせて笑い出したのでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました