初級翻訳・旅の仲間 第9話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

ところが、お姫さまはというと、顔の色はすっかり青ざめています。
しかも、お葬式に出かけるときのような、まっ黒な着物を着ているのです。
「あたしは、いま、なにを考えていますか?」と、お姫さまは、ヨハンネスにたずねました。
そこで、ヨハンネスは、ハンカチのつつみをほどきました。
ところが、どうでしょう。
ほどいたとたん、だれよりもさきに、自分のほうがびっくりしてしまいました。
なにしろ、おそろしい魔法使いの首が、ころがり出たんですからね。
あまりのものすごさに、だれもかれもが、ふるえあがりました。
お姫さまは、石の像のように、じっとしたまま、ひとことも口をきくことができません。
それでも、とうとう、立ちあがって、ヨハンネスに手をさし出しました。
とにかく、ヨハンネスは、ぴたりと言いあててしまったのですからね。
お姫さまは、だれの顔も見ないで、深いため息をつきながら、言いました。
「あたしは、あなたの奥さまになりますわ。
今夜、結婚式をあげましょう」
「よかった、よかった。
では、そういうことにいたそう」と、お年よりの王さまは言いました。
人々は、ばんざい、ばんざい、とさけびました。
軍楽隊は、音楽をかなでながら、通りを行進しました。
教会の鐘が鳴りわたりました。
菓子屋のおかみさんたちは、砂糖菓子の子ブタから、黒い喪章を、またはずしました。
いまは、町じゅうに、よろこびがみちあふれていましたから。
おなかにカモとニワトリをつめて、まる焼きにしたウシが、三頭も、広場のまん中に持ち出されました。
だれでも、それを一きれずつ、切りとっていいのです。
ふんすいからは、すばらしくおいしいブドウ酒がほとばしり出ました。
パン屋で一シリングのパンを買うと、大きなこむぎパンを六つも、おまけにくれました。
それも、ほしブドウ入りの、上等のこむぎパンをです。
夜になると、町じゅうにイルミネーションがつきました。
兵隊たちは、お祝いの大砲をうちました。
子供たちは、かんしゃく玉を鳴らしてあそびました。
御殿では、にぎやかな宴会が開かれて、食べたり、飲んだり、かんぱいしたり、とんだり、はねたりで、たいへんな騒ぎです。
おじょうひんな紳士がたと、美しいお嬢さんたちが、ひとりのこらず、手をとりあってダンスをしました。みんなの歌う声は、遠くのほうまで聞こえてきました。
さあさ、そらそら、きれいな娘さん、
みんなでそろって、踊ろうよ。
さあさ、太鼓を鳴らしておくれ。
かわいいこの子よ、くるっとまわれ。
トントントンと、踊ろうよ、
靴のかかとのとれるまで。
けれども、お姫さまは、まだ魔女のままでした。
ですから、ヨハンネスのことを、ちっとも好きになれません。
旅の仲間は、それに気がつきました。
そこで、ハクチョウの翼から抜き取った三枚の羽と、水薬の少し入っている小さなびんとをヨハンネスに渡して、こう言いました。
「水をいっぱい入れた大きなたらいを、花嫁さんのベッドのそばに置かせなさい。
そして、お姫さまがベッドに入ろうとしたら、ちょっと押してごらん。
そうすれば、お姫さまは水の中へ落ちるから。
そこでだね、水の中には、前もって羽と水薬を入れておいて、その中にお姫さまを三度ほど沈めなさい。
そうすれば魔法の力がとけて、お姫さまはおまえのことが好きになるよ」
ヨハンネスは、旅の仲間の言うとおりにしました。
お姫さまは、水の中に入れられると、大声で叫び立てました。
けれども、みるみるうちに大きな黒いハクチョウになって、目をぎらぎらさせながら、ヨハンネスの手の下でもがきはじめました。
二度目に水から出てきたときには、黒いハクチョウはもう真っ白になっていました。
ただ、首のまわりにだけ黒い輪がついていました。
ヨハンネスはまごころをこめて神さまにお祈りをしながら、もう一度ハクチョウを水につけました。
するとその瞬間、ハクチョウは世にも美しいお姫さまの姿にかわったではありませんか。
お姫さまは前よりもずっとずっときれいでした。
そして美しい目に涙をいっぱいためて、
「魔法をといてくださって、ありがとうございました」と、ヨハンネスにお礼を言いました。
あくる朝、お年寄りの王さまはご家来をみんな連れてきました。
お祝いを申しあげに来る人たちは、いつまでもいつまでもつづきました。
いちばんおしまいに、旅の仲間が来ました。
見れば、手に杖を持ち、背中にはいのうをしょっています。
ヨハンネスはくりかえしくりかえしキスをして、
「どこへも行かないでください。
いつまでもぼくといっしょにいてください。
だって、ぼくがこんなにしあわせになれたのも、みんなあなたのおかげなんですから」と、言いました。
ところが、旅の仲間は頭をふって、静かに、やさしく言いました。
「いやいや、わたしの時はおわったのだよ。
わたしはおまえさんに、かりていたものを返しただけなのさ。
おまえさん、いつか死んだ男を、わるいやつらがひどいめにあわそうとしていたのを、おぼえているかね。
あのときおまえさんは持っているものをみんなそいつらにやって、死んだ男がお墓の中で静かに休むことができるようにしてやったね。
その死んだ男が、じつは、このわたしなんだよ」
こう言いおわると、旅の仲間の姿は消えてしまいました。

ご婚礼のお祝いは、まる一月もつづきました。
ヨハンネスとお姫さまは、おたがいに心から愛しあいました。
お年寄りの王さまはそれからのちも、それはそれは楽しい日々をすごしました。
かわいらしい小さなお孫さんたちをひざの上であそばせたり、しゃくをおもちゃにさせたりしました。
いっぽう、ヨハンネスは、この国じゅうの王さまになっていました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました