「おまえがね、その形をつくりだすことができたら、おまえを自由にしてあげるよ。そのうえ、わたしは全世界とあたらしいスケート靴とを、おまえにあげるよ」
しかし、カイには、それがどうしてもできないのです。
「わたしは、これから、暑い国々へ行ってくるよ!」と、雪の女王は言いました。「そこへ行ったら、黒い鉄なべをのぞいてこよう」――黒い鉄なべと言ったのは、エトナとかベスビオスとか言われている、火をふきだす山のことだったのです。――「わたしは、それをちょっと白くぬってやるんだよ! そうすると、レモンやブドウのために、とってもいいからね」
こう言って、雪の女王はとんでいきました。
こうして、カイは、たったひとりのこされて、何マイルも何マイルもある、広々とした、氷の大広間のまんなかにすわっていました。そして、氷のかけらを見つめて、じっと考えこんでいました。しまいには、からだの中がミシミシいうほど、かたくこおりついてきました。それでも、じっとすわっていました。このようすを見れば、だれでも、カイはこごえ死んだのだろう、と思うことでしょう。
ゲルダが大きな門をくぐって、お城の中へはいってきたのは、ちょうどこの時でした。お城の中は、身を切るような風が吹いていました。けれども、ゲルダが「夕べの祈り」をとなえると、吹きまくっていた風も、まるで眠ろうとでもするように、みるみるうちに静まってしまいました。そこで、ゲルダは、寒々とした、なに一つない大広間にはいりました。――そのとき、そこにカイの姿が見えました。
ゲルダには、それがカイだとすぐに分かりました。
ゲルダはカイの首に飛びついて、力いっぱい抱きしめながら叫びました。
「カイちゃん! やっと会えたね、カイちゃん! ああ、とうとう見つけたわ!」
ところが、カイは冷たく凍りついたまま、かたまってじっと動きません。
――それを見て、ゲルダは熱い涙をはらはらとこぼしました。
その涙がカイの胸に落ちて、氷のように冷え切った心臓の中へと染みこんでいきました。
そして、氷のかたまりを溶かして、その中に刺さっていた小さな鏡のかけらを、すっかり溶かしきってしまったのです。
カイはゲルダを見つめました。
そのとき、ゲルダは讃美歌を歌いました。
「バラの花 かおる谷間に あおぎまつる おさな子イエスさま!」
この歌を聞いたとたん、カイはわっと泣き出しました。
そして、あんまり激しく泣いたので、目の中に残っていた鏡のかけらが、ポロリと転がり落ちました。
すると、カイはゲルダのことに気がついて、うれしそうな声をあげました。
「ああ、ゲルダちゃん! 大好きなゲルダちゃん! ――きみは長いあいだ、どこへ行っていたの? それに、ぼくは今、どこにいるんだろう?」そう言いながら、あたりを見回しました。
「ここは、なんて寒いんだろう! なんて広々として、がらんとした場所なんだろう!」
そう言って、カイはゲルダにしっかりとすがりつきました。
ゲルダは、うれしくてうれしくて、泣きながら笑いました。
その様子があまりに幸せそうだったので、床に散らばっていた氷のかけらまでがうれしくなって、くるくると踊り回りました。
やがて、踊り疲れて静かになると、どうでしょう。
今度は、あの言葉がちゃんと正しく並んでいるではありませんか。
そう、雪の女王が「これができたら自由にしてやるし、全世界と新しいスケート靴をあげよう」と言っていた、あの言葉が完成していたのです。
ゲルダがカイの頬にキスをすると、その頬に赤みがさしてきました。
目にキスをすると、カイの目はゲルダと同じように、キラキラと輝き出しました。
手と足にキスをすると、カイはすっかり元気になりました。
もうこうなれば、雪の女王がいつ帰ってきても大丈夫です。
カイを自由にするという約束の言葉が、光り輝く氷のかけらで、今、はっきりと示されているのですから。
それから、ふたりは手を取り合って、この大きなお城を出ました。
ふたりは歩きながら、おばあさんのことや、屋根の上のバラの花のことを話しました。
ふたりが歩いていくと、風はすっかり静まり、太陽がキラキラと顔を出しました。
赤い実のなっている茂みのところまで来ると、そこにはトナカイが待っていてくれました。
しかも、今度はもう一匹、若いトナカイもいっしょにいます。
見ると、そのトナカイは子供たちに温かいお乳を飲ませて、その口に優しくキスをしてあげていました。
二匹のトナカイは、ゲルダとカイを背中に乗せて、まっさきにフィンランドの女の人のところへ連れて行ってくれました。
そこでふたりは、暖かい部屋で体を温め、帰り道を教えてもらいました。
それから、ラップランドのおばあさんのところへ行きました。
おばあさんはふたりに新しい服を縫ってくれて、そりの準備もしてくれました。
二匹のトナカイは、そりと並んで走り、国境のところまで送ってくれました。
ここまで来ると、ようやく緑の草が大地から顔をのぞかせていました。
ここでふたりは、トナカイとラップランドのおばあさんに、お別れをしました。
「さようなら!」と、みんなで口々に言いました。
そのうちに、最初の小鳥がさえずりはじめました。
森には緑の芽がもえ出ていました。
その時、森の中からひとりの娘が、立派な馬に乗って現れました。
その馬には、ゲルダは見覚えがあります。
――そうです、あれは以前、金の馬車を引いていた馬です。
――娘はキラキラ光る赤い帽子をかぶり、腰にはピストルを二丁さしていました。
あれは、あの小さな山賊の娘でした。
娘は家にいるのが退屈になったので、まずは北のほうへ行ってみようと思ってやってきたのです。
そして、もしそこがおもしろくなければ、次は別の場所へ行ってみようと考えていたのでした。
娘はすぐにゲルダに気がつきました。
ゲルダのほうでも、すぐに分かりました。
ふたりは、どんなによろこんだか分かりません。
「おまえさん、なかなかやるじゃないか。
ずいぶんあっちこっち、ほっつき歩いてきたんだろう?」と、娘はカイに向かって言いました。「おまえさんをさがしに、世界のはてまで行くほどの価値があったのかい?」
けれども、ゲルダは娘の頬を優しくなでながら、王子さまと王女さまのことをたずねました。
「あの人たちは、外国へ旅行に出かけたよ」と、山賊の娘は言いました。
「じゃあ、カラスさんはどうしたの?」と、小さなゲルダはききました。
「うん、あのカラスは死んじゃったよ」と、娘は答えました。
「おかみさんのカラスは、後家さんになってね、足に黒い毛糸の切れっぱしをつけて歩いているよ。とんでもなく悲しんでるんだ。なにもかも、ばかばかしいことばかりさ! ――だけどおまえさんは、あれからどうしたんだい? それから、このひとをどうやって見つけたの? それを話しておくれよ」
そこで、ゲルダとカイは、いままでの出来事をふたりで残らず話しました。
「なるほどね、それで、ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ、ぺちゃっとね!」と、山賊の娘は言いました。
それから、ふたりの手をしっかりにぎって、いつかふたりの住む町を通ることがあったら、必ず訪ねていくよと約束しました。
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